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第4章 再会-1

 目を覚ましたチャイナ少女は開口一番鋭い声を発した。

「矢倉診療所。あなたは八幡神社で倒れて真悟に運ばれてきた。憶えてない?」

「診療所? お前、医者か?」

「世間一般ではそういうことになるわね」

「ならば、これが医者のすることなのか?」

 チャイナ少女はベッドにくくりつけられ自由を奪われていた。再び暴走し、他の患者さんに迷惑がかかったらいけないということでの苦肉の策だった。

 しかし、今は昼休憩中で患者さんは一人もいない。チャイナ少女をベッドにくくりつける必要はない。本当は僕の身を案じての策なんだってことはわかっていた。

 といえば聞こえはいいけど、母さんの表情が嬉々としているのを見ていると好んでやっているとしか思えない。千里眼さんを包帯でぐるぐる巻きにした時にも思ったけど、母さんって絶対サディストだ。

 僕は安全確保のため――意味があるのかどうかは疑問だが――一メートルほどの距離をおいて丸イスに座っていた。眼前には右肩の千里眼さんを乗せた紫が仁王立ちしている。いつになく迫力のある姿だ。

 ピリピリとした空気が伝わってくる。

「絶対安静の患者にはこれくらいのことはするわね」

 絶対ウソだ、と僕は胸中で突っ込んだ。

 チャイナ少女は風邪をひいていた。夜の雨に打たれたせいだろう。昼間は汗ばむくらい暑くても日が暮れるとまだ肌寒く感じる季節だ。ましてや、雨に濡れた体をそのまま放置していたのなら尚更だ。おそらく八幡神社の拝殿の中で休んでいたんだろう。そこにタイミングよく僕が現れ、襲いかかろうとして飛び出したまではよかったけど、高熱のせいで気絶してしまった。

 というのが僕の見解だ。

「私は病気などしていない。さっさと解け」

「熱が下がったのは薬の効力による一時的なもの。動けばまたぶっ倒れるわよ。二、三日は安静が必要。しかも、最近まともに食事してないでしょう? 病気をなめんじゃないわよ」

「…………」

 チャイナ少女は無言で母さんを睨みつけた。威嚇のつもりなんだろうけど、そんなものがあの人に通用するわけがない。

「で、あなた名前は?」

 チャイナ少女はすっかりすねてしまい、そっぽを向いた。

 紫、どうだい? チャイナ少女の心を読むことはできたかい?

「それが……できないのです。おそらく心を無にすることができるのではないかと思われます。お役に立てずに申し訳ございません。」

 紫は数歩下がって僕の後ろに立つと小声でそっと耳打ちしてきた。

 さすがは妖怪退治のプロといったところだろうか。どんな修行をしてきたのか素人の僕には想像もつかないけど、それなりの修行を積んできたってことなのかな。

 僕がチャイナ少女を背負って帰ってきた時、母さんは母親ではなく医者の顔になっていた。そして、紫の時と同様に何も聞かずに治療を優先させた。

 チャイナ少女の処置が終わってから、僕らは今後のことについて会議を開いた。

 とりあえずチャイナ少女と和解することが先決だ。しかし、先刻も問答無用で僕を殺そうとしたことから、それが最大の難関であることは誰の目にも明らかだ。

 どうすればチャイナ少女と和解することができるのか?

 まずは敵を知る。

 そう言ったのは、母さんだった。

 確かに一理ある。

 そこで僕らはいろいろと作戦を考えた。

 僕はよくないこととは承知しているけど、紫にチャイナ少女の心を読んでもらうことを頼んだ。彼女が何を考えているか知りたかった。それを知ることによって和解の突破口が見つかればいいと思った。

 だが、そんな簡単にはいかなかった。

 僕は小さなため息をついた。

 仕方ない。不本意だけど、ここは当初の予定通り母さんに任せることにしよう。

 母さんに任せなさい、と意気揚々と言っただけで作戦の内容を教えてくれなかったことに一抹の不安が残るけど。

「私、慈善事業で医者をやっているわけじゃないの。カルテだって作成しないといけないし、治療費だって請求しなきゃいけないの。でも、あなたお金持ってなかったわね。あ、そうだわ。あの刺繍が施されたチャイナドレス、売ればけっこうな値段になるかもね。それとも短剣の方が高値になるかしら? 柄は黄金だものね」

「あの服も短剣も(バイ)家の証だ! 売るなど言語道断! そもそも治療をしてくれと私が頼んだわけじゃない。お前が勝手にしたことだろう」

 チャイナ少女はそっぽを向いていた顔をこちらに向けると牙を剥いた。

 さすが母さん。

 年の功というべきか、それとも、こういう手合いの扱いは慣れているのか。

 どちらにせよ、チャイナ少女の苗字が白ということがわかった。流暢な日本語をしゃべっているけど、やはり中国人なんだ。

「あのチャイナドレスの刺繍、白澤(はくたく)でしょう? 鬼神妖怪の知識において黄帝を唸らせたという聖獣で、病魔除けになると信じられている。あなたの一族は白澤を信仰する、妖怪退治のエキスパートといったところかしら?」

「…………」

 沈黙は肯定に取れた。

 にしても、母さんはすごいな。あのチャイナドレスの刺繍だけでそんなことまでわかっちゃうなんて。僕は牛みたいな変な動物の刺繍だな、くらいにしか思わなかった。チャイナドレスの刺繍といったら、龍や鳳凰をイメージするのが僕の中での一般論だ。

「だったら、治療費はそちらに請求することにするわ。その方が何かとお得みたいだし」

「やめろ! そんなことをしたら、私はまた」

 チャイナ少女は慌てて言葉を切った。

「おばあさまに叱られる」

 紫が呟いた。

 きっとチャイナ少女を言おうとしていた言葉の続きだろう。動揺することによって無心が保てなくなってきているのかもしれない。

「どうやらあの娘には兄がいるようです」

 お兄さん? もしかして、そのお兄さんって?

「断言はできませんが、真悟様に四凶のお一人様を封印した者と同一人物の可能性は高いと思われます」

 鼓動が速くなる。

 僕は居ても立ってもいられなくて丸イスから立ち上がると、チャイナ少女へと詰め寄った。

 キミのお兄さんって、僕ののどちんこに妖怪を封印した人なのか?

「真悟様、落ち着いてください。この娘には真悟様の声は聞こえません」

 紫にそう言われて僕は我に戻った。

 そして、自己嫌悪に陥った。

 何だかんだとかっこつけてみたところで、やっぱり怖くてたまらないんだ。この不安を一秒でも早く拭い去りたかった。

 チャイナ少女はそんな僕の顔を見て鼻で笑った。僕の狼狽する姿を見て、逆に彼女が冷静さを取り戻してしまったようだった。

 失態だ。

 ごめん、僕はここにいない方がいいみたいだ。

 逃げるように診察室兼処置室から出て行こうとしてドアを開けた瞬間、誰かとぶつかった。

「杏樹先生、角南茅結ただ今帰還いたしました!」

 僕の心情とは裏腹に明るい声で、矢倉診療所の看護師、角南千結さんが大きなスーツケースを持って入ってきたのだった。




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