第3章 ひとときの幸せ-6
僕たちは来た道を引き返して、Y字路で家とは逆方向の南に向かった。
土地勘のない紫は無言で僕の後をついてくる。僕の企みに気付いているからかもしれないけど。
不安要素だった千里眼さんも僕の左肩で首を左右に動かして警戒しているものの何も言ってこない。やはり地上からだと自分の居場所が把握できていないようだ。
車が一台通れるような――小型の市営バスだって通っている――路地を抜けて、僕らは萬島八幡神社にやってきた。
その名の通り、八幡神を祭神とする神社で、元旦には島民が一斉に初詣に訪れる。萬島三つの観光スポット、最後の一つがここだ。
八幡神は武神の神とも言われているらしく、毎年一月になるとお弓神事という伝統行事がある。島外から見にやってくる人も少なくないという。
射手は島内から選抜され、十五メートル先の的に向け太鼓の合図と共に次々と射的を行う。的の中心にはかわらけと呼ばれる丸い素焼きの皿が付けられていて、命中すると祝儀がもらえる。
今年は板垣のおじさんが選ばれて、かわらけに見事命中させて祝儀をもらって喜んでいた。ちなみに、祝儀の金額は五円だ。
「いつからここはお主の家になったんじゃ?」
怒気を含んだ声が僕の左肩から聞こえてきた。
「覚、お主もここに来ることを知っておったのか?」
「いえ、私は。その……申し訳ございません」
知っているとも知らないともどちらにも取れる曖昧な返事をする紫。実際、どっちだったのかは僕にもわからない。
千里眼さんは僕の左肩から飛び立つと、紫の頭部を嘴で突っついた。
僕は慌てて千里眼さんを鷲掴みにして紫から引き離すと、頭を下げた。
すいません。今日はどうしてもここに寄りたかったんです。
僕は学校帰りに萬島八幡神社に時々立ち寄る。
ここに来ると僕が東京にいた時に通っていた神社を――規模が全然違うけど――を思い出す。
僕の願いを聞いてくれなかった腹いせに自殺を図ろうとした神社。
僕は罪悪感とトラウマを克服する意味も兼ねて、幸せな日々を送ることができることに感謝してここへお参りをするようにしていた。
今日は紫と巡り合わせてくれたことへのお礼をどうしてもしたかったんだ。
「昔から人間は見たこともない奴らを神と崇める。愚劣な生き物じゃな」
千里眼さんは吐き捨てるように言った。まるで神様を知っているみたいな口ぶりだ。
「はい、私も存じております。先代の長はヒダル神様といって、山を越えようとする旅人を餓死へと導く妖怪でした。お会いしたことはありませんが、他にも貧乏神様や疫病神様などがいらっしゃいます」
貧乏神と疫病神なら僕も知っている。何だか神様のイメージに悪影響を及ぼすような名前ばかりが連なったなぁ。
「来てしまったものはしょうがない。とっととお参りでも何でも済ませてくるのじゃ」
ありがとう、千里眼さん。
僕は足早に拝殿へと赴くと、鈴を鳴らして二拝二拍手一拝する。
神様、紫に会わせてくれてありがとうございます。それと、できればあのチャイナ少女に早く会わせてください。よろしくお願いします。
次の瞬間。
拝殿の観音扉が開き、人影が飛び出してきた。
言わずと知れたチャイナ少女である。その右手には短刀が握られていた。
神様が僕の願いを聞き入れてくれたのは有り難いけど、いきなりこのシチュエーションでは話し合いも何もあったもんじゃない。
「真悟様!」
紫が駆け寄り、かばうように僕の前に立つ。
僕は思わず息を呑んだ。
短刀の切っ先が紫の喉笛に突き刺さる直前で止まった。
直後、チャイナ少女はその場に倒れ伏した。