第3章 ひとときの幸せ-1
鬱陶しい雨の月曜日。
あれから三日が経過していた。その間に暦は六月から七月へと変わっていた。でも、梅雨明けはもう少し時間がかかりそうだ。
予想通りチャイナ少女からの再襲撃はなく、晴天に恵まれた週末は悲惨な結末を迎えた僕の部屋の修復と片付けで終わった。
母さんは今日くらい学校を休んだ方がいい、と言った。
学生の本分は学校に行き、勉強することだ、と僕は思っている。それに僕が学校に行かなかったら学校は学校としての価値がなくなってしまう。過疎化に少子化がプラスされた萬島には小学生は二年生が二人、三年生が五人、五年生が二人の計九人いるが、中学生は僕一人しか存在しなかった。来年には小学校と中学校は廃校となり、子供たちはフェリーに乗って本土の学校へ通わなければいけなくなる。つまり萬島中学校の最後の卒業生が僕となるわけだ。
その前に、今日から期末テストだったりする。週末はバタバタしてて勉強が全然できなかったのが痛いな。
というわけで、雨が降ろうが槍が降ろうがチャイナ少女が襲ってこようが僕は学校に行かなければばらないのだ。
ならば儂が用心棒になってやろう、と言い出したのは千里眼さん。
そして。
私は通訳としてお供させていただきます、と言い出したのは紫。
よって、通学中の僕の傘の下には、紫と僕の肩に乗った千里眼さんの三人、いや、二人と一匹といった方がいいのだろうか。ともかく、何とも窮屈である。
僕は上目遣いにちらっと紫の横顔を見た。
全治一週間と思われたケガは驚異的な回復力で昨日には完治した。傷跡もキレイに消えている。さすがは妖怪といったところだろうか。
「真悟様、私やっぱり変でしょうか?」
伏し目がちに訊いてくる紫。
僕は首をぶんぶんと横に振った。
すごく似合ってるよ。
「ありがとうございます。真悟様にそう言っていただけるととても嬉しいです」
セーラー服姿の紫ははにかんで頬を朱色に染めた。
時間を遡ること一時間前。
僕は朝食を食べていた。そんな僕の目の前に紫がいきなりセーラー服姿を現れて面を食らった。
白地に紺色のセーラーカラーのトップスは梅雨の湿気臭さを吹き飛ばすくらいの爽快感がある。胸元の赤いスカーフに自然と視線が集中してしまう。スカート丈は膝下五センチくらいと長い。昭和の香りを漂わせる制服だ。
そして、一番驚いたのは紫のトレードマークでもある引きずりそうなくらい長かった銀糸の髪が腰の辺りまで短くなっていたことだ。
両肩から垂れ下がった三つ編おさげにメガネでもかけたらそれこそ一昔前のクラス委員長って感じだ。
僕は思わず見惚れてしまい、くわえていた食パンを落としそうになった。
「いいでしょう?」
紫の背後にいた母さんがしたり顔を見せた。紫のセーラー服姿があまりにもインパクトが強すぎて母さんがいたことにすら気付かなかった僕である。
『母さん、紫のその格好はどうしたの?』
「ケガが完治したのにいつまでも寝巻きのままってわけにはいかないでしょう?」
『だからってあんなセーラー服どこで調達してきたんだよ? 髪まで勝手に切っちゃって』
「髪はケガした時に切り刻まれていたからキレイに切りそろえてあげただけよ。セーラー服は母さんの高校時代の制服。紫ちゃんは背が高いからサイズもぴったり。取っておいてよかったわ。まさかこんな形でこの制服が日の目を見る日がくるなんて」
どこか遠い目をする母さん。ん十年前にタイムスリップしちゃってるよ。
僕の冷ややかな視線に気付いた母さんは小さく咳払いをすると、
「カモフラージュでもあるのよ」
付け加えた。
つまり紫が妖怪であると島民に知られるとパニックになる可能性があるので、東京から療養にやってきた病弱な娘という設定でとりあえず誤魔化してしまおうというのだった。
そんな設定が必要なのか、って疑問に思ったけど、この後、僕はその設定の有り難味を思い知らされることとなるわけだ。