勇人君の新たな悩み
「阪神淡路大震災」で大人気だった悩める高1生「勇人」君のその後、第2弾です!(…この際、連載にした方が早いかな(^^;))
「なぁ…子供って、どうやって作るん?」
勇人の部屋で遊んでいるクラスメートの「亮」が言った。勇人とオンラインゲームをしていた「謙」が、驚いて手を止めた。
「お前知らんの!?」
亮はニヤニヤしている。
「なんや、わかってんやん!」
謙がほっとしたように言った時、勇人が「やられちまうぞー」と言った。
「うわ、待って!」
謙は慌ててコントローラーを操作した。
「おい、向こうえらい怒ってんぞ。「キルユー」だってさ」
「え?まじ?」
「ミスター!敵!」
勇人が、オンライン上の仲間に言った。その仲間はフランス人だ。お互い英語は片言だが、単語なら通じる。
「ミスター!ウォッチアウト(=危ない)!」
「なぁなぁ」
亮が謙の腕を引いて言った。
「子供って、どうやって作るん?」
勇人が面倒くさそうに言った。
「こうのとりが、連れてくるんや」
「!?」
謙と亮が驚いた目で勇人を見た。謙が笑いながら言った。
「そのこうのとりは、子供をどうやって作るんや?」
「だから、別のこうのとりが連れてきた子供を…」
「あほか!」
謙達が笑った。
……
(キャベツから生まれてくるって、言えばよかったか)
もちろん、勇人もどうやって子供を作るか知っている。
(あほらし。)
勇人はそういう話には興味はなかった。エロ本の類も一切買ったことも、ネットで見たこともない。
それも、勇人が通っている高校は男子校で、さらに女子には縁がない。
また、いつもぶすっとした顔で歩いているので、道で声をかけられることもない。
「あんたは「草食系男子」やな」
母、祐子にそう言われた時、勇人は「ちゃうわ!」と否定してから「断食系や!」と言って、祐子を脱力させた。
……
勇人は自転車を走らせていた。
そして、大きなマンションの前で止まり、駐輪場に自転車を入れて鍵をかけると、カゴに入れていた小さな花束を持ち、エントランスに向かった。
部屋番号を押し「呼出」ボタンを押すと、女性が「はい」と答えた。
「勇人」
勇人がそう言うと「あらいらっしゃい!」と嬉しそうな声がし、エントランスのドアの鍵が開いた。
……
勇人は、角部屋のインターホンを押した。
すぐにドアが開いて、祖母がニコニコと勇人を出迎えた。母(祐子)方の祖母である。祖父が死んで、西宮市から大阪市に引っ越してきたのだ。今も祐子の妹「明子」と2人で住んでいる。
「勇人どうしたの?」
「プレゼント」
勇人はそう言って、背中に隠していた小さな花束を手渡した。
「まぁまぁ!ありがとう!」
祖母は、玄関に入り靴を脱ぐ勇人に言った。
実は、勇人からのプレゼントはこれが初めてではない。先月は「カステラ」を持ってきた。祖母が、どうしてカステラなのかと聞くと、勇人は「気分」と答えた。
最初は小遣いが欲しいのかと思ったが、2人きりの時は渡しても受け取らない。
祖母は花束を持って、キッチンに入りながら言った。
「コーヒー飲む?」
「飲む」
「今日は甘いものないわぁ。ごめんね。おかきでいい?」
「おかきの方が好きや」
「そう!よかった!」
勇人は仏壇の前に座り、鐘を叩いて、両手を合わせた。
写真の祖父が微笑んでいる。
…祖父は勇人が2歳になる少し前に死んでしまった。まだ60歳という若さだ。勇人の記憶にも断片的に残っている。
両手を差し出せば、いつも抱き上げてくれた。…腰を痛めていたなんて、幼い勇人にはわからない。だがどんなに腰が痛くても、祖父は勇人を抱き上げてくれた。
そして、すぐに仏壇の前に行き、勇人を膝に乗せて座ると、鐘を勇人に叩かせてくれた。
「お手手合わせて…」
祖父はそう言って、大きな手で勇人の手を取って合わせ、目を閉じた。勇人も真似をして目を閉じた…。
「コーヒー入ったよ!」
その祖母の声に勇人は目を開き、立ち上がった。祖母がマグカップを勇人の前に置きながら言った。
「今テスト中か?」
「うん」
「どうやった?」
「…わからんかった。」
祖母が笑った。娘には厳しい母だったそうだが、孫には甘い。勇人がコーヒーを一口のんでから言った。
「英語でな、質問書いてあったんやけど、意味わからんから「何て書いてるかわかりません」て日本語で書いたんや」
祖母が口に手を当てて笑った。これが祐子や明子なら、雷が落ちただろう。
「コーヒー…うちのよりうまい。」
「観念論」ではない「唯物論」的に美味しいと、勇人は思った。
「それはよかった。」
祖母が笑いながら言った。しばらく2人は黙ってコーヒーをすすっていた。
…勇人が一点を見つめたまま言った。
「じいじな」
祖母は驚いて「何?」と言った。
「俺のこと、どうしたい言うとった?」
「え?」
祖母は「なんでそんな事聞くん?」と聞いた。勇人はマグカップを見つめながら答えた。
「…俺、夢ないんや…」
「!!」
「じいじは俺をどうしたい言うとった?」
祖母は、微笑みながら答えた。
「そういや「プロゴルファー」にしたいって、言うとったな。」
「プロゴルファー?」
「じいじ、ゴルフの腕は一級やったんや。ホールインした時なんて、大騒ぎやった。あれ、見てた人皆に記念品配らなあかんとかで、いらんお金使ってこっちは迷惑やったけどな。」
「へぇ…」
「…別に、急がんでええんちゃう?ゆっくり考えたら?お姉ちゃんも、そやろ?」
「あやめ?」
「うん。大学行けって言うのに、勉強したいことないからって、就職決めたやん。」
「…ん…」
「そんなんでええんよ。焦らんと、今は好きなことしぃ。社会出たら出来なくなること、いっぱいある。今のうちに遊びなさい。」
「うん!」
勇人はやっと笑った。
祖母は「でもな」と表情を引き締めて言った。
「勉強もせなあかんで。勉強はいろんな夢の基本や。プロゴルファーかて、あほやったらできへん。なんでもそうや。常識と知識だけは、どんなに持ってても無駄はないんや。遊ぶにしても、やるべきことをやってからにしなさい。…後で苦労するのは自分やからな。」
勇人は真面目な顔になり「うん」と答えた。
……
翌日、勇人は謙の家に遊びに行った。
実は勇人は、謙の母親が苦手だった。遊びに行くと、何かと勇人にも説教をしてくる。
今日も、母親が謙の部屋に入って来て「インターネットばっかりやってたら、あほになるって知ってるか?」と言った。
「は?」
突然のことに、勇人は戸惑った。ゲームばかりしてたら…ならわかるが。
「だから、うちはもうやめるからね。光なんとかっていうやつ」
「えっ!?」
謙が驚いている。初耳なようだ。
勇人は「お言葉ですが」と母親に言った。何かのスイッチが入った瞬間だ。
「母は、パソコンのインストラクターですが、そんなことは聞いた事がありません。」
…元パソコンインストラクターが本当は正しいが。
「そういう人はわかってないのよ!実際、子どもの知能が落ちてるって言われてるでしょ。」
謙の母親が、高校生の勇人にムキになっている。
「それは、ゆとり教育のせいではないでしょうか?」
勇人も負けていない。
「確かにインターネット…パソコンは便利です。計算も自動的に出ますし、漢字だって書けなくても、読み方さえ知っていたら表示できる。…ですが、パソコンはあくまでも1つの道具です。あほにならないように、利用すればいいんです。」
「……」
「包丁でも、そうでしょう。あほが使うと人を殺す武器になる。でも才能のある料理人が使えば、人を感動させる料理が出来上がる。」
「……」
「あほが使うから、あほになるんです。俺は、謙があほやとは思いませんが。」
母親は黙り込んで、部屋を出て行った。謙が「はぁー…」と息をついた。
「…サンキューな勇人。」
「いや…でもなんで急に、ネットやめるなんて言い出したんやろな?」
「実は、エッチサイト見とったん、知られたんや。」
「はぁ?」
「亮が子作りがなんとかって言った日にな。」
勇人は苦笑しながら言った。
「それにしても、なんで俺のいる時に言うんや?」
「遊びに来るなって、言いたかったんやろな。最近、俺成績落ちてるから。」
「ふーん…」
勇人は少し責任を感じた。エッチサイトは知らないが、オンラインゲームを謙に教えたのは自分だ。それから成績が落ちたのだとしたら…。
勇人は立ち上がった。
「…帰るわ。」
「え!?母ちゃんの事は気にすんなや。」
「いや、俺勉強に目覚めたんや。」
「はあ!?」
「後で苦労すんのは、自分やからな。」
祖母に言われたことをそのまま言った。
「じゃな」
勇人は部屋を出て、リビングに向かい「お邪魔しました」と言った。返事はなかった。
……
(ああは言ったものの、何からしたらええんや?)
勇人は自転車を走らせながらそう思った。そして、前に母が言っていた言葉を、ふと思い出した。
『これからの時代は、パソコンと英語や。インターネットの普及で、国の境がなくなってきてるからな。』
「英語…」
勇人は、はっとして自転車を止めた。
(オンラインゲームや!あれで世界中の人と、もっと知り合って英語をマスターや!)
勇人はニッコリ笑うと、自転車を走らせた。
……
「ハロー?」
勇人はオンラインゲームをつなぐと、フランス人の仲間が入ってきたのを確認し、マイクに向かって言った。
「コンニチワ」
「!?」
「ハヤトト、モットナカヨクナリタアテ、ニホンゴベンキョウシタデ」
勇人は脱力した。
「それじゃあかんのやって…それも大阪弁やし…」
「アカン?ナニガアカンネヤ?」
(俺の夢は…はるか遠い…)
勇人はため息をついて、大阪弁でゲームを始めた。
(終)
……
作者より…ちなみに勇人君は、ご近所から「ウェンツ君」とあだ名されるほどのイケメンだそうです(^^)