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Episode07【岩戸神楽】その⑧










 私は二重の意味で窮地に立っていた。

 その理由とは、一つ目は目の前で腕を組む壮年の宮司の存在である。厳格な頑固親父という言葉を体で表したようなこの男は、何を隠そう秋山香織の実父その人であった。つまるところ――、屋敷を抜けだしたことが現在進行形で露見してしまったのである。

 そして、もう一つは言わずもがな……隣でなに食わぬ顔をしているこの男。


 呑気にたこ焼き食べてるんじゃないわよ馬鹿神。それに、いつの間に買ってきたのよそれ!? いや、たこ焼きなんてどうでもいい。それよりも、今、この瞬間、私とコイツが一緒に居るという事が非常に拙い。せめて、ネオンだけでもーー、



『天清浄 地清浄 内外清浄 六根清浄と 祓給う(てんしょうじょう ちしょうじょう ないげしょうじょう ろっこんしょうじょうと はらいたまう)』


「ーーお父様!?」


 よりにもよって、父の口から漏れたのは魔術の祝詞。まさか、参拝客も大勢居るこんな場所で術を使うなんて!? それは本来、決してあってはならない所業である。一般人、それも大衆の前での魔術使用。それは、


『声は響かず、音は届かず、祈りは霧散し地に落ちる』


 全容を現す前に、男の声によってかき消された。具体的には、浅見屋双司の声によって。


「祝詞の経路を断ち、概念魔術を上乗せした言霊で加護を閉じた。いやはや、随分と性急かつ物騒な歓迎だな、火野の当主よ」

「これは歓迎ではなく撃退と言うのだよスサノオノミコト。お前が何故其れと共にあるのかは理解に苦しむが、今、この瞬間、眼前に怨敵が存在しているのだ。斬らねばなるまいて、呪わねばなるまいて、阿鼻荘厳狂い乱れるまで浴びせねばなるまいて!」

「短絡的だな当主よ。そのように考え無しだから毎度毎度失敗するんだ。お陰で、こちらの予定は狂いっぱなしだ。だが、今回ばかりは例を言おう。お前達の短絡さが、奇跡とも言える歪みを生んでくれた。喜べ、これは我が父にも成し得なかった事だぞ?」

「歪みだと? そんなもの、とうの昔から生まれている。我らが祭神と我等自身

、そして香織の存在がそれを証明しているではないか!」


 父は憤怒を表情に浮かべながら烈火の如く言葉を捲し立て、対する浅見屋双司は皮肉気な笑みを浮かべたまま淡々と答える。

 問答するだけ無駄だと言いたげな、それでいて相手を煽るような表情だ。

 もし、私が父の立場であったなら同じように感情を爆発させ、言葉を捲し立てている未来が容易に想像できた。

 この男はやはり性格が悪い。改めて実感するには少しばかり遅いような気もしたけれど、そう思わざる得なかったのである。


「秋山香織という存在はお前達の行動の結果だろう? 貴様らが言う、本来水と豊穣を信仰する一族が、関連性の無い火と鉄を信仰しているんだ。正規の手順を踏まずに二重信仰など続けたら、歪みが出るのも当然だ。聖書の神を信仰しながら悪魔を信仰するようなもの。その責任を、俺に押し付けるとは感心しないな」


 さて、と浅見屋双司は周囲へ視線を泳がして、傍らの少女の頭上に手をかざした。そう、先ほどからこの状況についていけずに呆然としているネオンの頭上にだ。ネオンからしてみれば唐突な行動に、彼女は動く腕を呆然と見つめるだけだった。


 『出口は彼方、兔を追わずに宿へ帰れ』


 呟きとともに、彼女の目から光が消えた。虚ろになった眼差しのまま、夢遊病患者のようなはっきりとしない足取りで境内の外へと歩いていく。

 目の前で友人……うん、友人に対してこうもはっきりと魔術を使われると文句の一つでも言いたくなるのだが、今回はありがたい。

 ネオンが立ち去る様子を景色を流すように一瞥した後、浅見屋双司は言葉を続けた。


「まあ、お前の言い分も理解できないとは言わないさ頭首よ。だからこそ、今日俺は此処に来た。俺はこの奇跡とも言える時間を逃す気はない。ーー喜べ、万が一の偶然か貴殿らの因縁を解消出来るだけの要素が揃っているぞ」

「ーー何を言っている?」

「理解できないか? 言葉通りの意味だよ。いい加減、偽りの伝承と脚本に踊らされるのは終わりにしようと言っているんだ。居るだろう? お前達に偽りの過去を吹き込んだ人物が。覚えているだろう? 本来、お前達が何を信仰していたのか」


 人払いの結界でも張ったのか、既に境内から人の影は消え去っていた。何も知らぬ使用人だけでなく、魔術に関わっている筈の宮司達の姿もない。恐らく、相当に強力な結界ないし催眠魔術でも使ったのだろう。篝火の弾ける音だけが、私達の影法師を揺らしていた。


「困惑しているな? では、質問しよう。お前達は、何故秋山香織を南ヶ丘へ向かわせた?」

「ーー何を馬鹿な、貴様がそこに潜んでいたからに決まっているだろう!」


 そうだ。だから私は、南ヶ丘へと単身向かうことになったのだ。


「では、次の質問だ。お前達は、何故”俺がスサノオだと判別できた?”」

「何故だと? それはーー」


 ーーそれは、何故だ?

 言われてみればそうだ。相手は現界している神だ。姿なんていくらでも誤魔化しようがある。現に、浅見屋双司と伝承にあるスサノオノミコトでは容姿に差があり過ぎる。少なくとも、目の前のこの男と三貴子のスサノオを結びつけるには無理があった。


「答えられないか? では、思い返してみよう。”俺がスサノオだと教えた人物は誰だ?”」


 その言葉は、私達の脳裏を揺さぶるには充分だった。頭の中で視界が逆転する。熱に浮かされたように眼球から水分が蒸発し、口内がだらし無く水分を欲している。歪む視界の中で目線をずらせば、父にも同様の症状が襲ってきているようだ。

 私はーーいや、蓮華以外の火野の一族はあの日あの時、本殿にて一堂に会していた。

ーー忘却していた。否、無意識下で思い出さないように蓋をされていた記憶が蘇る。決して忘れていた訳ではない。日々を過ごす過程で必要のない知識は意識しない限り脳から引き出すことがないように、この記憶も脳に仕舞われたままであっただけなのだ。


 冬空の下で、薄暗く揺れる影法師を幻視した。

 蝋燭の揺らめきが古ぼけた祭壇の影を揺らし”ニンゲンを見下ろすヒトカタの何か”の輪郭を写す。


「我のことながらーー、これも自殺願望と言っていいものかね? この場に来てようやく思い出したが、あまりにも博打に近い暗示のかけ方だ。私が秋山香織と出会う可能性、襲ってきた秋山香織を殺さない可能性。いや、そもそも私がこの社に赴くことすら殆ど有り得ないことだった。余程、切羽詰まっていたのか飽きていたのか。過去の己の人格を一度消去してまで成し遂げたいことだったのか。きっとそうだったのだろうな。この記録、かつての自分の体験とはいえ耐えられるとは思えん」


 呆れたような口調で、浅見屋双司は自分に言い聞かせるように呟いた。


「だが、万が一、一欠片の奇跡を勝ち取った。霊地は妥協点、基点となる三柱は己を含めて二柱揃っている。残る一柱も火具槌で代用可能。器となる少女は既に檻の中。問題ないーー条件は整った」


 石畳に幾何学模様が迸る。線を描くその色は青。彼の瞳と同じ輝き。


『地上を照らせ青い月。月下に注げ銀の花』


 あの時、私たちに言葉を告げたのはーー、


神路神楽カミジカグラ・崩落世界建火魔ヶホウラクセカイタカマガハラ


ーー浅見屋双司という男だった。








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