Episode07【岩戸神楽】その⑦
久々の更新
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「――急がば回れ。双司さんの思い通りに動くのは癪ですが、こうするのが一番手っ取り早いです。昔の偉い人も何かを調べる時の基本は足だって言っていた気がしますし」
安楽椅子探偵を気取れるほど優秀じゃないのです。ただの女子校生にそんなもの求めないで下さい。と、思考の隅に浮かんだ本の妖精さんに文句を告げつつ足早に人混みを進む。あれ? 冷静に考えてみれば、私って探偵業らしきことやったことないですね。基本的に事務所でお茶くみ、掃除や資料整理、実働の部分は全て双司さんが一人で解決。土日はお昼寝に夕食までセット。
「……いや、私って居る意味あります?」
それでいてアルバイト代の時給が千円。自分のことながら見事なまでの給料泥棒である。助手をやるだけの契約だった筈なのに、いつの間にかお給料まで貰っているこの現実。まあ、頭がパーになったりコスプレセット送りつけられたり屋上からノーロープバンジーするよりは断然マシなのだが。
「こうやって冷静に考えてみると、私って結構いらない子ですよね……。香織は……事情はあれど双司さん側の人間みたいですし」
ベリアルさんから伝わる振動が、落ち込む気持ちにブレーキをかけてくれるのが現状唯一の救いか。いつの間にかネコババしたみたいになっているが、不思議な本のベリアルさんはすっかり私のペット状態です。一応、背表紙とか変えて隠してはいるつもりですけど、きっと双司さんにはバレているんだろうけどなー。さっき思いっきり投げつけちゃいましたし。
肩から下がる本の表紙を撫でつつ、人混みから逸れて神社の裏手へ。途中でアンパンの代わりに調達したイカ焼きを頬張りながらひっそりと物陰にしゃがみこんだ。
……さて、
「出番ですよベリアルさん。対価は、河嶋雑貨店の『先着十名様限定特性糖分盛り餡蜜』です。今なら、ドリンクにこの間クリス君が送ってくれた高級玉露付きで」
肩に下げていた古本を開き、真っ白な空白のページに向かって語りかける。すると、じんわりと血が滲み出すように真っ赤な文字が浮かび始めた。
『 さよ わたしつかうの あまりよくない 』
相変わらずダイイングメッセージみたいですね。
公の場では絶対に開けない本である。などと、冷静に感想を思い浮かべる自分に、こういったことに逐一驚いていたあの頃の私は一体どこに逝ったのだろうと若干の哀愁の念を感じた。
いや、過去を振り返ってはいけない。今は前を向かなければ。
「――駅前の和菓子屋の大判焼きを追加です」
『 わたしつかうと さよ からだ ふたんかかる 』
むぅ、まだ折れませんか。
「お昼にしっかりとお弁当食べましたから大丈夫ですよ。――秘蔵のヨモギ団子追加」
『 ……だめ せめて まりょく ついかしないと 』
さよ あたま こわれる と続いた。
まりょく……魔力ですか。
生憎、双司さんや香織と違って真っ当な人間様な私には、そんな不思議ぱわーなんて備わっていないのだ。
以前、双司さんが暇つぶしの雑学程度に語ってくれた。
魔力、というものは人間も含めてそこら中に転がっているものであり、極端に言ってしまえば発電機などの熱エネルギーと同質のものらしい。
ただし、生物という変換機を通さなければ単なるそこにあるだけのゴミ同然であり、一箇所に溜まり過ぎると淀みを起こし、ガス漏れを起こしたように人間に害を及ぼす。つまりそれが、巷で有名な心霊現象ないし都市伝説などの原因でもあるわけだ。
はたまた迷惑な話である。
さもありなん。
このどこにでもある魔力だが、当然ながら誰にでも扱える訳ではない。このエネルギーを『技術』で扱い奇跡を起こす人々を魔術師、魔法使いと呼び、膨大な魔力が形を持ち人格を持ったモノが神、悪魔、お伽話の怪物と呼ばれる存在である。この場合、前者が香織、後者には双司さんが当てはまるわけだ。
少し話が脱線してしまったが、つまるところ魔力を補充するには香織のような魔力を扱う技術を持つ人間か、双司さんのような魔力そのものを操る存在が必要なのである。
そんな都合良く手を貸してくれるヒトなんて――、
「嬢ちゃん、そのイカ焼き少し儂にくれんかの?」
物凄く、おっさん臭い声が聞こえた。
渋いとかじゃなくておっさん臭い。例えるなら、明らかに堅気じゃないパンチパーマのおじ様のようなし枯れた声。これが人通りの多い場所ならまだしも、祭ばやしの遠い神社の裏手というのがいただけない。あ、私詰みました?
恐る恐る振り返る。
そもそも何を恐れることがあるんだ。手に持ったイカ焼きは既に私の食べかけ。衛生的にも心情的にも、見知らぬ誰かとはいえ食べかけをおいそれと差し出すのは気分が良くない。ここは笑顔で断って、出来たてを食べれる屋台の方へと誘導してあげるのが正しい対処の仕方ではないのか。
勿論、食べかけの方がいいとかいう特殊な趣向の持ち主だったら素直に逃げますけど。
「……あれ? 誰も居ないじゃないですか」
そう、誰も居なかった。パンチパーマどころか、人影すら見当たらない。などと呟いてみたが、さっきの声が空耳だとはとても思えない。だって、こういうパターンって、
「――嬢ちゃん、下じゃ」
基本的に残念な結果が待っているのだ。双司さんと一年近く一緒にいて学んだことである。
ずるずると引き摺られるように目線を下ろすと、何やら小ぢんまりとした毛むくじゃらな何かが。赤銅色の柔かそうな毛並みの尻尾に、ピンと上を向いた獣耳。一見するとただの小型犬のようにも見えるが、私は尻尾の毛先が微かに火の粉を散らしているのを見逃さなかった。
そして、脳裏を呼び起こす。
この声は、過去に一度耳にしたものだ。思い起こすのは十一月に起こった、友人が起こしたある事件。郊外の丘を燃やし尽くした紅蓮の獣の雄叫び。口調は若干違うようにも思えるが、確かその名は――。
「――火之迦具鎚……でしたか?」
「ほぅ、直接の面識はないんじゃがの。件の時も、嬢ちゃん等は儂の遠吠えを耳にしただけじゃったように思えるが?」
「私、これでも記憶力は良い方なんですよ。それに、あんな常識に喧嘩売ったような出来事を忘れられるはずが無いじゃないですか」
実を言うと、後日あの時のあらましをベリアルさんに頼んで”映像として”思い返していたのは内緒である。便利ですよね、客観的な目線からも思い返せるのって。
「はっ! よりにもよって嬢ちゃんが”常識”を語るかの? 儂からしてみれば、スサノオの小僧や火野の巫女よりも常識という言葉の範疇からはみ出しているのは嬢ちゃんなんじゃがの」
失礼な。
「私みたいな非力で無力でか弱い美少女を捕まえておきながら酷い言い草です。っていうか、喋る犬に言われたくないです」
「その喋る犬と平然と会話している時点で、嬢ちゃんの言う常識からはとっくにかけ離れていると思うがのう。ましてや、面妖な書物を肩に下げていては尚更じゃ」
「むっ、たしかにベリアルさんはちょっと呪われているような感じもしないでもないですが……」
それでも、喋る犬よりはマシだと思う。
しかしながら、この神様ワン子が言う通り、平然とこんなコメントが浮かぶ時点で結構毒されているなーわたし。
「それで、一体何の用ですか? まさかとは思いますが、私をダシに双司さんにリベンジを考えてるとかじゃないですよね?」
「嬢ちゃんは儂をなんじゃと思っとるんじゃ……。スサノオから喧嘩を売ってくるならまだしも、儂から手を出すようなことはせんよ。何の得も無い。ではなくてのぉ……、腹が減ったのじゃ」
「……はい?」
「じゃから、腹が減ったからそのイカ焼きを食わせろと言っている。主祭まで術者共の目が緩むからといって、久方ぶりに実体で散歩などするものじゃないの……。予想以上に空腹を覚えることになるとは思いも寄らなんだ」
いや、あなた神様ですよね?
「何じゃその目は? 神や妖でも味覚や嗅覚――本能的欲求というものは存在する。実際に養分として必要なわけではないが、趣向品的な”心の栄養”として空腹を覚えるのじゃ。スサノオとて、飲食をしない訳ではないじゃろ? それと同じこと。つまり何が言いたいかというと、そろそろ空腹で倒れそうな儂じゃ」
そう言って、赤銅色の犬は耳を垂れ下げながらペタンと地面に伏せる。
もう、どこからどう見ても只の腹を空かせたただの犬である。
「……えっと、少しかじっちゃいましたけど――食べます?」
口元に差し出したイカ焼きを頬張る威厳もへったくれもない神様を見下ろしながら、神様っていうのはこんなのばかりかとため息を吐く私であった。
自分の分が無くなってしまったので、懐の小銭を確認して再び屋台へ足を向ける。あ、戻ってくるころには食べ終わってるでしょう。
◆
気分的に、今度はイカ焼きよりもたこ焼き。熱々の十個入り五百円のたこ焼きの容器片手に戻ってみると、犬の神様に加えて幼女の神様が増えていた。見間違いかなと開いた手で目をこすってみても、目の前の現実は変わらない。うん、着物姿の幼女が、赤銅色の犬と向かい合って顔を引っ張り合っている。正確には、犬の方は前足が届かないのでパタパタと宙を掻いているだけだが、目の前の幼女を引っ張りたいという意気込みだけは伝わってくる必死さだ。
「あのー、お取り込み中のところ失礼します。とりあえず……、お二方はお知り合いですか?」
「お、たこ焼きだ! 気が利くねぇ、貧乳少女!」
「――お犬さん、たこ焼き買ってきましたので一緒に食べましょう」
「あ、無視!? 無視なの!?」
「ほら、屋台のおじさんが焼きたてを詰めてくれましたのでホカホカのカリカリですよ。猫舌ならぬ犬舌って熱いの平気でしたっけ?」
「儂は火の神じゃから問題ない」
「なら大丈夫ですね。冷めない内にお一つどうぞ」
「おーい、そろそろお姉ちゃん泣いちゃうよ? ガン泣きしちゃうよ? 明日の朝日が登ってこなくなっちゃうよ?」
どういう脅し文句だ。
とは言え、貧乳呼ばわりされたのは誠に遺憾だが、このまま朝日が登ってこないのも困る。ある意味で世界を救うため、たこ焼きを食べ始めたお犬様を抱えて幼女へと向き直った。
「で、こんなところで何してるんですか天照さん?」
「いやー、散策してたらいつの間にかスーちゃんがはぐれちゃって。優しいお姉ちゃんは粉骨砕身、迷子のスーちゃんを探す旅に出ましたとさ」
「それ、迷子になってるの貴女ですよね?」
「あー、あー、きーこーえーなーい」
駄目だこの人、ではなく駄目だこの神。
「其奴に何を言っても無駄じゃぞ。基本的に他人の話を聞かない刹那的な快楽主義者じゃ。理解しようとするだけ時間の浪費に繋がるわい」
「む、制御不能の犬っころに言われたくないなー。生まれて早々、父様にバラバラにされたくせに。この神社の”呪い”もカグツチのせいでしょ?」
「ふん、加護は与えてやってるが”呪い”には関与しておらんよ。大方、儂の肉片を使って誰かが刷り込んだんじゃろ。元々は儂の一部とはいえ、既に完全に切り離されておるから手出しも出来んしな。それに、見知らぬ何かが上乗せされておって儂にはどうにもならんわい」
社ごと吹き飛ばすなら話は別じゃが、と付け足すお犬様――もといカグツチさん。いや、それよりも”呪い”って言いませんでしたかいま?
「あの、呪いって……?」
「呪いは言葉通り呪いじゃよ。おそらく、高い能力や才能を持って産まれるのと引き換えに母体を焼き殺す――儂の起源に重ねたものじゃろ。ほれ、嬢ちゃんの知人の火野の巫女がそうじゃ。アレは産まれながらにしての呪い憑き。いや、火之神憑きと言うべきか。スサノオの後押しがあったとはいえ、儂を使って神神楽い至ることが出来たのもその辺りが大きい。起源が同じじゃからな、そりゃあ親和性も高いわい」
ふと、双司さんの憎ったらしい顔が脳裏に浮かぶ。
多分ですけど、この人(仮)達は私が望む答えを持っている。いや、今の言葉がまさにその答えだろう。つまり、
「香織の家は呪われているってことですか?」
「家というより土地じゃ。住まうもの全てに呪いが掛かっておるような状態じゃ。巫女はその中でも相性が良かったのじゃろうな。勝手なものよ。呪いの力を利用し地位と富を得ておいて、とうの母体を焼いた娘は罪人扱い。人間という生き物は何時の世も阿呆らしい」
ぐうの音も出ない正論だった。
これに限った話ではない。人間っていうのは、排他的で、消費的で、見栄や虚像を追いかけ、不都合となれば切り捨てる。多分、人間という種族の根源的な性なのだろう。責任を一つに押し付け、ずるずると引き延ばすように問題を先延ばしにして旨みを搾取する。だが、その結果に待つのはいつだって滅亡だ。それは、歴史と人間そのものが体現してきた事実である。
だが、結局のところ人は同じことを繰り返す。幾度やり直しても、最終的には同じ所に行き着いてしまう。いっそのこと世界を”根本的に”造り変えない限りは変わることはないのだろう。
そして、それを成すのが人間である限り、堂々巡りの無限ループに突入するのだ。もう目の前の神様達で何とかしてもらいないだろうかと、矮小な身でありながら人間代表として内心愚痴を呟いた。
と、割りとどうでもいい個人的な思想は放っておいて。
「この呪いの忌々しいところは、同時に儂を刀剣の中に縛る役割を果たしているところじゃ。お陰で巫女が側に居るか社の周辺でもない限り、こうやって分け御霊を使っておちおち散歩も出来やしない。全く、核さえ見つかれば直ぐにでも呪いごと焼き尽くしてやるものの……」
「その場合、神社ごと燃えてしまいそうなビジョンが見え隠れするのでやめて下さい。一年の締めくくりが神社丸ごとキャンプファイアーなんて嫌過ぎます」
年末くらいは平和に過ごしたいのである。既に手遅れな気もしないでもありませんが。可能ならば、オカルト的なモノとはかけ離れた日常を謳歌したいものです。伝えられるなら伝えたい。屋上に行くとロクなことにならないぞ一年前の私。
いや、待てよ?
「迦具鎚さん……でしたっけ? その核とやらが見つかれば自由になれるんですか?」
「そうじゃのう、実際は核を見つけても破壊するだけの力が無いのが現実じゃ。呪いの核で儂自身を括り、それとは別に刀剣を介して力を加護として拡散させる術が掛けられておる。儂を括るだけの核となると、破壊するには主神級の火力が必要じゃろうな。だが、力を集めようにも直ぐに霧散してしまう。つまり、どう足掻いても儂自身には抜け出せない仕様となっておる。ああ、本当に忌々しい!」
低く、唸りを上げる迦具鎚さん。
そりゃあ、多分何百年も同じところに閉じ込められていたみたいでしょうし、恨みつらみも溜まりますよね。
ふむ……、
「モノは相談なんですけど、ちょっとお力を貸してもらえません? 具体的には、物調べの為に必要な魔力とやらを」
私は、普段なら絶対にしないであろう提案を持ちかけようとしていた。
「魔力を貸せじゃと? お主のような何の力も持たない小娘が一体何をーー、むっ、その書物か?」
はい、一発でバレました。この様子だと、双司さんには完全にベリアルさんのことバレてますね。なら、いくところまでいっちゃいましょう。後のことは、あの人に押し付けてしまえばオールオッケーです。それくらい予想しているでしょうし。
この時の私は、間違いなく自重というリミッターが外れていた。
「はい、勿論タダでとは言いません。お賽銭代わりに先ほど差し上げた食べ物、そして調べ物が終わった後、もう一度魔力を貸して頂ければベリアルさんを使って迦具鎚さんの封印の核を探して差し上げます。対価としては充分じゃないですか?」
「条件としては破格じゃな。むしろ、対価に関しては儂のほうが利が大きいと言える……。腑に落ちんな。天照だって居るじゃろうに、何故儂の封印を解く手助けをするような条件を出す? お主はスサノオの眷属ではなかったか?」
「眷属というものが何を指すのかわかりませんが、双司さんは雇い主です。あなた方風に言えば、昔お願いを聞いてもらった対価に雑用をしているとでも言えばいいのでしょうか……? そもそも、私の調べ物についてはあの人からけしかけてきたことですから、その過程で生まれた責任の後始末は双司さんがとるべきです」
部下の責任は上司の責任。ある意味で、都合のいい言葉だ。
「それに、天照さんとは初対面ですし。それなら、以前に迦具鎚さんのせいで酸欠でお陀仏になりそうだった事と、私がファーストキスを失った責任をどうするかを、元凶であるご本人と交渉したほうが現実味がありませんか?」
我ながら暴論である。
これはあくまで、相手が交渉のテーブルに着くことが前提の考えだ。普段なら火具鎚さんも聞く耳を持たないような暴論。だが、お腹を満たして気の緩んだ今なら私のような非力な女子高生でも近い土俵に立つことが出来る。
別名、これを餌付けという。
「嬢ちゃんが『核』を見つけ出せるという保障は?」
「探すのは私というよりもベリアルさんなのですが。少なくとも『魔王』を名乗れるくらいには捜し物上手な筈ですよ?」
「べりある……西洋の無価値な悪魔の書じゃな。何故そのような代物があるかはさておき、本物なら確かに見つけ出せるじゃろう。アレは対価さえ用意すればどのような盤上をもひっくり返すと聞く。封印を解くならまだしも、『核』を捜すだけなら対価も儂に残っておる力で充分じゃな」
犬の姿をした神様は少しばかり悩むように首を傾げ、
「良いじゃろう。儂の魔力、好きに使うといい」
よし、これでベリアルさん使用の条件はクリア。
あとは、独り蚊帳の外に放り出されている幼女な神様を丸め込むだけだ。正直、これが一番大変そうである。だって、さっきから凄く不穏な笑みを浮かべながらこっちを見ていますし。なんか凄く楽しそうですし。
そんなに期待されても、面白い発言なんて出来ませんよ? 私のボキャブラリーなんてあくまで一般的な範疇のもの程度です。
神様を満足させるようなものなんてとてもとても――全く浮かびませんねこれ。
「……何かして欲しいことあります?」
「あっ、そこは素直に聞いちゃうんだ!?」
仕方ないじゃないですか。初対面の神様相手に都合よく腹芸出来るような物語的主人公補正なんて持っていないんです。などと言っても、無理難題な条件を出されたらたまったものではない。だが、この少女は”あの”双司さんの姉だ。突拍子のない事を言い出すのは簡単に予想できてしまう。
「うーん、でも正直な話、この超絶美少女大神天照ちゃんは大抵のことは自分で何とか出来る神様なんだよね。今更人間に何かして欲しいなんて言う必要もない――ん? さっきベリアルって言った?」
言いましたけどそれが何か? そんなニュアンスを含ませながら小首を傾げる。小さな太陽神様は、べりある、べりある、無価値の悪魔……と、呟きながら考え込み始めた。
「あの……迦具土さん、ベリアルさんって天照さんが悩む程度には有名なんですか?」
「有名か否かと問われれば有名じゃな。何故、そのような書物の形になっているのか知らぬが、仮にも西洋の魔王、真と偽を用い権威を司る大悪魔じゃ。契約の対価を支払う者には富と繁栄を与え、また一方的に力を利用する愚者には破壊と敵意を与えると聞く。要訳すると、対価を払えなかった場合は魂を喰われるということじゃな」
褒められた、みたいな感じで震えなくていいですからねベリアルさん。凄いのは分かりましたけど、内容は全然褒められてませんから。完全に呪いの本って言われてます。
「よし、決めた!」
何を決めたのか、天照さんは小さく跳ね上がり、その場でくるりと一回転。そして、ゆっくりと私の目を見つめると、
「モノ調べと言わず、その根本的なところまで解決してあげるから――」
――キミを頂戴?
などと、上目遣いで可愛らしい仕草とは裏腹に、訳の分からないことをのたまうのだった。あれ? これってもしかして貞操の危機ですか?
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