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Episode07【岩戸神楽】その⑤

岩戸神楽その⑤です。





「秘蔵の栗まんじゅうが全部食べられるなんて……」

「自業自得だ。お前は饅頭食べる前に部屋を片付けろ」


 茶を啜りながらぼやく天照。だが、実行犯である俺にとっては同情の余地もないのだった。


「むう、ならあの件もスーちゃんの自業自得だよ……。せっかくお姉ちゃんが心配してあげてるのに……」

「……あの件?」

「スーちゃん。この間、誰かに神神楽やらせたでしょ?」


 何だ、もう知っているのか。

 疑問に答えるように、天照は言葉を続ける。


「発生した神楽は二つ。規模自体はそんなに大きなものじゃなかったみたいだけど、放置する訳にはいかないよ? 今はもう、天を守護する眷属だって大半が力を失ってるんだから」

「確かに、思金神はヒトに溶け、八咫烏も翼を失った。直系の眷属達も伝承へと焼き付いてしまい、十拳剣も行方不明。刀剣に封じられた火之迦具槌を除くと、まともな形を残しているのは俺を含めた三貴子と天叢雲剣くらいか」

「そこまで理解してるなら……どうして人間に神神楽なんてやらせたの!? もし天に届くようなことがあれば……」

「片方は火之迦具槌の戦巫女、もう片方は教会の神父だったが問題ないさ。アレ等が天に届くことはない。どれだけ背伸びしても上っ面を書き換えるのが精々だ。仮に天に届くとすれば――いや、今は関係ないか」

「……それで納得すると思う?」


 室内が、殺気立つ。大気に触れる肌が熱を帯びる。秋山香織のソレとは別のベクトルの高熱。いや、光熱。呼吸をするたびに光の粒子は喉を焼く。ああ、完全に怒ってやがる。


「姉貴」

「……なに?」

「なら、直接見に行くか? 神楽を行った片割れ――火之迦具槌の巫女を」

「へっ?」


 熱が消失する。


「ふむ、それがいいな。俺の言うことが納得出来ないなら、直接自分で確かめるしかなかろう」

「え、いや……お姉ちゃん、外に出るのは……ちょっと……」


 空笑いを浮かべながらじりじりと天照は俺から距離を取る。先程までの威勢は何処にいったのやら。恐らく、狩人から逃げ惑うウサギがこんな感じだ。


「いやいや遠慮するな。何百年も出不精貫き通してるんだ。たまには外に出るのもいいだろう? それにな天照。俺はコレでも、弟として心配しているのだよ」

「……弟として? 心配?」


 かかった。内心、にやりと笑う。


「その通り。まさか、実の姉が何百年も引きこもりやってる自宅警備のプロだなんて……。もし何処ぞの誰かがそんな姉のことを嘲笑っているのかと思うと、内心胸が痛くて仕方がない。そんな輩に言いように言わせないためにも、久しぶりに姉弟水入らずで出かけてみないだろうか?」

「……姉弟、水入らず」


 あとひと押し。


「ああ、道中小腹も空くだろうから……甘味を食べ歩きしながら行くのもいいかもな」

「――行く!」


――フィッシュ。

 しかしこの姉、威厳という言葉を何処か遠い星の彼方へと忘れてきてしまったようだ。これではまさに——只の子供である。

 さて、では青の花を咲かせに行くとしようか。





「……食べ過ぎました」

「そりゃあ、駅弁十二個にバイキングだからって、一人で大皿開けるくらい食べたらそうなるよ。胃薬……いる?」

「うぅ、貰います」


 時刻は午後十時を回ったところ。

 私とネオンは宿泊予定のホテルへとチェックインしていた。

 それにしても、クリス君。このカード一枚でホテルの手配まで出来るなんて、本気でコレ出すの怖くなってくるんですけど。支配人の人まで出てきてお代は結構ですなどと言ってきますし……。流石のネオンも、この展開には唖然としていました。うん、今度全力でお返ししないといけませんね。

 食料という名の精神安定剤を詰めすぎて女の子として実際どうなのか小一時間考えたくなる具合に膨れた下腹部を一瞥して、ため息。この膨らみが胸部にメタモルフォーゼしてくれないかと切に願う。目指せ、脱Aカップ。


「あんまり気にしすぎる必要は無いと思うけどなー。世の中には小夜にゃんみたいな体型じゃないとダメだって人達も、大勢いるわけだし」

「そんな局地的な需要は求めてないんです! 私が必要としているのは大衆向け的で豊満な果実なんですよ!」

「まるで胸から直接叫んでいるような必死さ!? あー、ほら。そんなに悲観的にならなくてもアタシ達ってまだ成長期だから! 小夜にゃんだって、まだまだ希望あるって!」

「ふふふ、何を言ってるんですか。私の胸囲は神様のお墨付きなんですよ? 以前、未来も希望も無いようなことを、双司さんだって言ってたんですから……。なんですかソレ。もういっそのこと、私が神様になって胸囲の数字を弄るしかないじゃないですか」

「目のハイライトが霞んでるよ!? 誰だ! 小夜にゃんに余計なこと言った人は!?」

「きっと、ネオンや香織は私を置いてきぼりで成長していくんですよ。あははは、目指せFカップ越えってかコンチクショー」

「そ、そんなことより! この後はどうするのかな!?」


 なにやら、無理やりな話題変更を目論むネオン。

 まぁ、ここでグダグダと個人的な恨みを吐いても、大平原に丘が出来る天変地異が起こる訳でもないので乗っかってあげましょう。


「まずは、私のお腹が減っこむまで待ってください。その後、日付が変わる前に初詣に出かけましょうか。予想だと、香織の巫女姿も見られる筈ですし」


 むしろ、ソレが今回の旅の目的なのだが。


「カオりんの巫女さん姿かー。ふふふ、これで新学期までイジるネタが出来たにゃー」

「誘っておいてアレですけど、ほどほどにして下さいね? それがきっかけで騒ぎを起こして巻き込まれるのは、間違いなく私ですから」

「うん、カメラの準備もばっちしだよ! これでいつでも巫女さん姿を見られるね!」

「いや、聞いてます?」

「聞いてるよ? つまり―—一緒にカオりんの痴態を広めようってことだよね!?」


 全然違うわ、馬鹿。

 あ、でも写真を撮るのはいいかもしれない。これが私の友達ですって、クリス君に見せたらどんな反応するだろうか。あのくらいの年頃なら、巫女さんに感動しますかね? オー、ジャパニーズ巨乳巫女なんて。それは無いか。


「さて、お腹も落ち着いてきましたし、そろそろ出かけましょうか。だから―—さっさと

その馬鹿でかいカメラと三脚を締まってください」

「りょーかい!」


 ガサゴソと荷物を漁っていたネオンに声をかけ、私もゆっくり起き上がる。

 さてさて、それでは人混みに流されに行くとしましょうか。





 篝火が黒のカーテンを揺らし、数百もの影法師を伸ばし縮める。雅楽の音色が冷たい夜風を震わせながら、参拝に訪れた人々を包み込む。大晦日と考えれば、全国各地ありふれた光景だろう。ここが友人のお宅でなければだが。


「……大きいね」

「……ええ、大きいですね」


 驚いたのは神社の規模であった。

 これはごく個人的な想像だったのだが、私は山奥やその辺りでよく見かける狭くも広くもないような一般的な大きさの神社を想像していたのだ。ところが、いざ目的の場所に付いてみればそこにあったのは大きな鳥居が立ち並ぶ長い石段。そこを十分程かけて登り切った先。視界に広がったのは朱色に彩られた社だった。数メートルもの高さに積まれた朱色の木台。それらは網目状に組み立てられ、巨大な本殿を支える為に地に根を張っている。強靭に組まれた土台の上には、歴史と神聖さを感じさせる本殿が神社全体を見下ろすように鎮座していた。一言、デカイ。


「お、屋台とかも出てる! 小夜にゃん、イカ焼きだよイカ焼き!」

「子供ですか。てゆーか、金髪碧眼のネオンにイカ焼きって……」


 ミスマッチにも程があるでしょ。あ、買うなら隣の綿飴も買ってください。食べますから。と、途中購入した綿飴を頬張りながら境内を散策。


「うーん、カオりん居ないね」

「居たとしても、この人混みだと見つけるのは難しいですね。巫女さんだから、多分お守りとか売ってると思うのですけど」

「お守りねー。あ、あの屋根がある所じゃないかな? 明かり付いて人が集まってるし」

「社務所ですね。行ってみましょうか」


 人混みを掻き分けながら、明かりを目指して進んでいく。

 それにしても、人混みに酔うって話を聞きますけど理由が分かります。これだけ視界がゴチャゴチャしていたら、慣れてない人は間違いなく気分が悪くなりますよ。視点が定まらないというか。気をつけないと、直ぐにどこかにぶつかりそうになりますし。


「あたっ!?」


 後ろから、ネオンの声が聞こえた。

 想定の範囲内というべきか。多分、彼女が誰かにぶつかったのだろう。

 だから気をつけないといけないのに。心の内で思いつつ様子を見ようと振り返って―—、


「あたた、ゴメンお兄さん」

「いや、こちらも気が付かなかったからな。お互い様だよ金髪少女」

「スーちゃん、綿飴食べたい!」


 どっかで見たような黒髪碧眼の男性が、見たこともない着物幼女を肩車して友人の側に立っていた。


「あれ? どこかで見たお兄さんかと思ったら、前に屋上で会ったお兄さんじゃん!」

「ふむ、どこかでみた金髪少女だと思ったが、以前学園の屋上に無断侵入していた金髪巨乳メガネ少女か。こんなところで再開するとは……、旅行か?」

「そうだよ、友達に誘われて巫女さん見に来たんだー」

「巫女さんか。中々いい趣味をしている友人が居るな。そういった趣味を持つ友人は大事にした方がいい。将来、螺子曲がった性癖を暴露してネタにも出来るし、そのまま成長しても自分が巫女を見に行きたくなった時の良い口実になる。大事にしろよ?」


 あー、ネオン。その言い方だと私が巫女さんが好きで好きでたまらない人みたいに聞こえますよ? あとですね。

 肩から下げていた分厚い本——ベリアルさんを振りかぶり、


「——誰が螺子曲がった性癖持ちですかぁああああああ!」


 幼女を肩車した人物。双司さんへとぶん投げた。





「そうですか、双司さんって私のことをそんな風に思っていたんですね。心外です。残念です。あと、その幼女はどこから誘拐してきたんですかこのロリコン。用事があるから事務所を留守にするって言っておきながら、実際は用事じゃなくて幼児があったんですね。アンタ香織みたいな巨乳好きじゃなかったんですか」

「さ、小夜にゃん? どしたの? 凄まじい目つきしてる―—っていうか何か女の子がしちゃいけない顔になってるよ!?」


 ネオン、少し黙っててもらえませんか? ちょっとこの男に聞きたいことが山ほどあるので。

 向けた目線で通じてくれたのか、心なしか青い顔をしながらも頷いてくれた友人に感謝。

 さて、申し開きを聞きましょうか。


「む、小夜か?」

「はい、私です。とっさに飛んできた本を避けずにその女の子を落とさなかったのは評価しますけど、だからと言って足蹴にするのは減点です。汚れたカバーのクリーニング代は今度お給金から頂きますね」

「いや、お前何でここに?」

「年末の予定が綺麗サッパリ存在しないので、友人と初詣ですよ。まあ、折角なので香織の巫女さん姿でも拝みに行こうかと。で、もう一度聞きますけど、双司さんは見知らぬ女の子連れて何をしてるんですか」


 と、チラリと肩車をされている女の子に視線を向ける。

 なんというか、可愛い。夜だというのにツヤの分かる長い黒髪を山吹の簪で結い上げ、小さく丈の短いミニスカートタイプの燈色の着物がまるで本人の為に誂えたかのようにマッチしている。お姫様みたいな女の子というのは、彼女のような女の子を言うのだろう。将来、間違いなく美人になりますね。


「見知らぬ……ああ、そういえば話したこと無かったな」

「双司さんがロリ好きだってことですか?」

「スーちゃんってこんな凹凸のない身体が好きなの? クッシーなんかを見てたら乳房は大きな方が好きだと思っていたのに!? あ、でも私的には幸運?」

「馬鹿言ってるんじゃない、この駄神」

「むー、駄神じゃないよ! これでも偉いんだよ!」


 ポカポカと双司さんの頭を叩く姿も可愛らしい。いや、ではなく。


「……駄神?」


 まさかとは思うが、またそっち関係ですか?

 そんな疑問に答えるように、双司さんは一言。


「コイツはこんなナリだが……、一応俺の姉だ」

「——姉!?」

「天照です♪ アーちゃんって呼んでね?」

「歳考えろよ、ババア」

「バ、ババア!? いくらなんでも、言っていいことと悪いことがあるでしょ!?」


 ギャーギャー騒ぐ二人を眺めながら、私は微かな記憶を思い出していた。

 スサノオノミコトの姉。天照大神。それは日本神話における太陽が神格化した神様の名前だった筈だ。また、神々の中でも主神と呼ばれる最上位の神様。つまり、


「——神様! 私の胸って、もう大きくならないんですか!?」


 凄く偉い神様なら、神頼みするのに限ります。ネオンに双司さんの両名、不憫そうな目を向けないでください。


「えーっと、キミ胸を大きくしたいの? 何と言うか残念だけど、そういうお願いはウズメノカミの営業範囲なんだよねー。でも、私が見た限りでは無理じゃないかな? こう、成長させても世界から修正されて結局元に戻る未来が見えるよ。ある意味凄い。これも別の意味で世界から祝福されてるって言うのかな?」


 つまり、私の胸部は世界からも見捨てられた訳ですか!? そこの二人、笑いを堪えないでください。笑ったらベリアルさんで殴りますけど。あと天照さん、双司さんをしゃがませてまで頭撫でてくれなくてもいいんですよ? 慰めなんて……いりません!


「さて天照、遊んでないで行くぞ。そろそろ始まるようだ」

「あ、ホント? それじゃあ、運命に負けずに頑張れ若者よ!」

「あ、どうも……、じゃなくて! お姉さんなんて連れて一体何をしてる―—」


 と、言いかけた瞬間。

 空が紅に染まる。本殿の前に設置されていた篝火が、雄叫びを上げるように夜天に伸びる。


「俺達が、何の為にこの場所に来たかだったな。アレが答えだよ」


 双司さんは絢爛豪華に燃え上がる炎の向こう側を指し示す。そこには、櫓で境内の人々を見下ろす、桜色の髪をした巫女の姿があった。





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