06話「この人です」
それぞれ自分が頼んだ、紅茶・キャラメルカプチーノ・コーヒーを飲みほして、遊戯部の部室を出た。先頭は神子、その後ろに彩、三原、小桃、浩太と続く。
「真島さんが、どこにいるかわかるんですか?」
迷わずどこかへ向かう神子へ問うと、前を歩いていた小桃が振り向いた。
「あれー?浩太くん知らないの?」
不思議そうに口にしてから、「あ、そうかまだ入学して2カ月だもんね」と一人で納得して、大変胡散臭い紅葉学園の伝説について語りだした。
「この学園には、『北校舎裏で告白をして相手がOKすれば、その2人は一生幸せに暮らせる』って伝説があってね。あたしのお姉ちゃんも校舎裏で告白されて、相手の人とラブラブな結婚生活を送ってるよー」
「そんな訳で、紅葉学園で告白する場所といえば一つしかない」
小桃の説明に満足そうに頷きながら、リズミカルに階段を下りる神子。
生徒玄関で靴に履き替え、初夏の風を感じながら校舎の傍らを突き進む。
五人が並んでどこかに向かう様子に、放課後も残っていた生徒たちの好奇の視線が集まる。
「うわ、遊戯部だ」「珍しいーどこに行くんだろう?」学校指定の体操服姿の女子――おそらく運動部だろう。彼女たちはこちらを見ながらひそひそと何やら話をしていた。
周りを気にすることなく、神子はどんどん人気のない北校舎の裏に近づいていく。
その時だった。
「あのっ俺と付き合ってください!」
必死な声が、前に見える茂みの先から聞こえる。先頭の部長が慌てて駆け出し、残りのメンバーもそれを追った。鮮やかな緑色の植物を手で左右に押し分け、そっと声のした場所を窺うと、少し離れたところに男子生徒の後ろ姿と絹代の姿が確認できた。
灰色の校舎を背景に周囲を緑に覆われたその空間は、2人が立つ所だけコンクリートで埋め立てられ、草は一本も生えていない。学園の喧騒が届かない、告白するために作られた舞台のようだ。
「『付き合う』ですか…?」
困ったように眉根を寄せて、絹代は男子生徒を見つめている。
ごくり、と右隣で喉を鳴らす音が聞こえたので顔をやると、神子が真剣な表情で2人に注目していた。彩は冷めた目で、小桃と三原はきらきらと面白いものでも見るような目で同じ光景を眺めている。「すみません」と小さな謝罪が耳に入り、浩太は急いで視線を元に戻した。
「これから部活ですので、どこかにお付き合いする時間はないんです」
違うだろ!!
この場合の『付き合う』は人と行動をともにすることではなく、男女交際の『付き合う』だ。絹代のあまりにも空気を読まない発言に内心ツッコむ。
神子と浩太以外の部員はこうなるのを予想していたようだ。
「さっすが絹代ちゃん。期待を裏切らない!」
「東郷先輩、そんなに笑ったらあの少年が可哀相ですよ」
小桃は必死で笑いを噛み殺そうとしているができておらず、さほど可哀相と思っていないのか三原は笑いながら地面をばしばし叩いていた。
告白シーンを誰かに見られているなどと考えていない男子生徒は、「違います!」と叫びながら絹代に詰め寄る。彼女の体がびくりと震えた。
「真島さんのことが好きなんです!!入学式で見たときから好きだったんです!だから今好きな人がいないなら俺と付き合って下さい!!」
一生懸命に想いを伝えることで手一杯の彼は、目の前の少女の泣きそうな顔を知らない。絹代はどうすればいいのか分からないようで、「え、あ、わたしは…」と瞳を潤ませていた。
「ここまでだな」
隣でぽつりと神子が呟いて、後ろにいた黒髪の少女が反応する。
「彩、頼めるか?」
「お任せ下さい」
彩は浩太の横を通り過ぎ、前の2人に向かってゆっくりと歩いていく。そのことに気がつかない男子生徒は、絹代に「好きです!」と相手の目も見ないで繰り返していた。
弱った表情で体を強張らしていた絹代は、近づいて来る人物の姿を認めて安堵したように笑みを浮かべる。
「……彩さん」
その声に、ベラベラ喋るのを止めた男子生徒は振り向こうとして「ひぃっ」と小さな悲鳴を上げた。
カチャリ
黒く輝く何かを少年の頭に突きつけ、無表情のまま彩は口を開く。
「真島が困っています。少し落ち着いて下さい」
それはお願いではない、脅しだ。
刑事ドラマでしか見たことがないが、彩の手に握られているのは拳銃。
男子生徒の頭にぐりぐり押し付けているのは拳銃。凶器だ。
浩太は自分の顔が青ざめているのが、鏡を見なくても予想できた。
「そうだ、落ち着け少年」
茂みから出た神子、小桃、三原は平然と彩の傍に立つ。少し遅れて浩太もその空間に足を踏み入れたが、彩の近くには行きたくなかった。
「絹代、大丈夫か?」
心配そうに尋ねる神子に、彼女はこくりと頷く。
そして、しっかりと前を向いて男子生徒と視線を合わせた。
「あの、わたし好きな人がいるのです。だからあなたとお付き合いはできません」
ごめんなさい、と頭を下げて絹代は謝る。それに驚いたのは告白してきた少年だけではなく、遊戯部の残りのメンバーだった。
「きっきっ絹代……お前好きなやつがいたのか!?」
「初耳だよっ絹代ちゃん!」
神子と小桃がそのことが信じられないのか騒ぎ、三原はぽかんと口を開け、あの彩さえも目を丸くして驚いている。
「すっ好きな人って誰ですか?」
後頭部に銃を押し当てられたまま、怖々男子生徒は口にした。
その後のことは、一生忘れないだろう。
微笑みながら傍に寄ってきた絹代が、浩太のシャツをくいっと引っ張る。
「この人です」
瞬間、場の空気が凍りついた。