05話「惚れたのか?」
「うわぁ、東郷先輩ってば大胆ですねぇ」
三原の発言にはっとして、浩太は自分の頬が熱くなるのを感じた。
「…先輩」
神子がこちらを睨んでいる。正確には隣に立つ小桃を睨んでいる。
「抜け駆けですか、ひどいですね」
「そんなことないよー、神子ちゃんだって先に浩太くんに告白したよね?」
小桃はニコニコしながら、入口に近寄り「みんなでお茶しよーよ」と、神子の手を引っ張った。その後ろにいた彩と三原に中に入るよう促し、部室の戸を閉める。
「おい、犬」
低く唸るような声に、三原の体がぴくりと反応した。
「なっ何だよ…」
「浩太は…小桃先輩に惚れたのか?」
「いや、惚れてないだろ」
「何故、そう言える?」
「……本人に聞いてみれば?」
三原から浩太へ顔を向け、神子は眉間に皺を寄せる。怖い、顔がむちゃくちゃ怖い。そのままゆっくりとこちらに向かってきて、がっちりと肩を掴まれた。
「好きなのか?浩太は小桃先輩のことが好きなのか?」
「え?」
「好きなのかと聞いている、答えろ」
「すっ好きじゃないです…」
ちっちゃいし、愛らしい先輩だな、とは思うがそれが恋愛感情かどうかと問われれば否である。大体、自分はロリコンではない。あの小さな先輩を恋愛対象として見ることはできなかった。
「そうか、なら私にもまだチャンスはあるんだな」
ホッとした表情で、掴んでいた手の力を緩め、神子は浩太と目を合わせる。少し茶色がかった瞳に見入っていると、甘い香りに鼻腔をくすぐられた。香水だろうか。
「……浩太」
おもむろに顔を近づけ、肩にあった手を浩太の頬に添える。
そして、優しく唇が――……
「すとぉーーーーっぷ!!!」
触れるか触れないかのギリギリの距離。咄嗟に叫んだ幼い少女の声で、神子の動きが止まった。
「……小桃先輩、邪魔しないでください」
「邪魔してないよー、ストップって言っただけだよー」
迷惑そうな視線は無視して、小桃は神子の腕を掴み、ぐいぐいと引き離す。
諦めた顔をして後ろへ下がった神子は、隣にいた少女へ目を向けた。
「彩、……すまないが紅茶を淹れてくれ」
「はい、了解しました」
真ん中のテーブルの横に教室で使っているような机が置いてあり、その上に真っ白なポットとインスタントのコーヒーや紅茶が並べられている。
アールグレイと書かれた箱を手に取ってから、彩は顔を上げた。
「みなさんは、何か飲まれますか?」
少し考えるような間があって、小桃と三原が返答する。
「はーい!あたし、キャラメルカプチーノ!」
「オレはコーヒー」
彩は頷いてから、
「沢村、あなたはどうしますか?」と浩太に尋ねた。
(『沢村』って呼び捨てにしたのに何で敬語なんだ!)
戸惑いながらも「おっ俺は紅茶にします」と答えて、ふと変な顔で何か考えごとをしている神子に気がついた。
「なぁ、絹代はまだか?」
顎に手をあててぽつりと呟いた神子に、小桃も変な顔をする。
「うーん、遅いね絹代ちゃん。いつもならあたしのすぐ後に来るのに」
「あ、あの」
忘れていた。そういえばここに向かう前に、絹代に伝言を頼まれたのだ。
突然立ち上がった浩太に、部員の視線が集まる。
「用事があるから終わったらすぐ行く、って真島さんが言ってました。伝えるのが遅くなってすみません」
「……『用事』か…」
神子はその言葉にニヤリと笑う。
「たぶん手紙かなにかで呼び出されたんだろうな」
「あたしもそう思うー、きっと告白だね」
二人の話には少し驚いたが、絹代が男子からよく告白されているというのは聞いたことがあった。
美人で、勉強もできて、誰にでも優しい性格。これでモテない方が難しいだろう。
「よし、決めたぞ」
彩の淹れたアールグレイを受け取りながら、神子は瞳をキラキラさせて宣言した。
「遊戯部本日の活動内容は、『絹代に告白する男子を観察し、その様子をレポートにまとめる』だ!」