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恋愛ゲーム  作者: 七度
遊戯部の日常
23/23

22話「でも笑ってたよ」

21話を修正しました。その影響で22話の前半は、前の21話の内容と同じになっております。

「俺だ、今ターゲットはパン屋の前で店を覗き込んでいる。もうすぐ動き出すだろう。計画は地点Bで決行する」

手の中の黒い物体に話しかけながら男は路地裏にさっと身を隠した。目的の人物の隣にいる少女に一瞬こちらを見られたような気がする。偶然だといいのだが。

「もう少しだ。河上神子の誘拐に成功すれば、俺たちは……」

もう一度位置を確認しようと身を乗り出す。だが、思っていた場所に少女たちはおらず、少し離れた洋食屋の角を走って曲がっていくのがちらりと見えた。なぜだ。その道は徒歩で帰るときにいつも彼女たちが通っている道ではない。

「俺たちハ、何ですカ?」

耳元でくすりと笑う女の声。やばい、と思った時にはもう遅かった。

腹部のあたりに強い衝撃を感じて、男の意識はそこでぷつりと途絶える。冷たく青い瞳で女はその様子を眺めていた。殴った結果を確かめるために男を蹴ってみたが、うめき声さえ聞こえない。ちゃんと気絶しているようだ。


「ミツル、終わったか」


低めの声で名前を呼ばれ、女――ミツルの表情は瞬く間にやわらかいものになる。

「カタギリサン! 遅かったですネ、終わっちゃいましたヨ、お仕事」

褒めて褒めてと飼い主に尻尾を振る子犬のように、ミツルは目を輝かせカタギリに擦り寄った。しかし金髪の男カタギリに何気なくかわされる。それを不満に思いながらも、ミツルは上司の言葉を待つことにした。

「……神子お嬢様が車に乗ったのを確認した。今日はここまでだ、帰るぞ」

「ハーイ」

まだ褒めてくれない。仕事なのでこの男を動けなくするのは当たり前だが、カタギリの音場がどうしても欲しかった。そうすれば、1日の疲れなんて全部消えてしまうのに、とミツルはこっそりため息をつく。


「ミツル」

「ハイ?」

「1人だけでよくやった。頑張ったな」

「……か、カタギリサン」

ぶわっと液体が目に溢れ出したのがわかった。視界がにじむ。この人に褒めてもらうために自分は仕事をしているんじゃないかと、時々思うことがある。ここで気持ちを伝えなければ一生言う機会はやってこないだろう。ミツルはぐっと拳を握りしめ、覚悟を決めた。


「最初に会っタときカラずっとカタギリサンのこと……」

「……」

「お兄チャンだと思ってマシタ! どうかアタシを妹にしてくださイ! あとお兄チャンって呼んでいいですか!?」

「嫌だ」


ばっさり斬られた。想像はついていたがこんなにはっきりと断られると思わなかった。

「あーそうですよネ」と口をもごもごさせながらミツルはなんとかこの場をごまかそうとする。別の話題として出てきたのは先ほどの仕事のことだった。

「あの、話変わりますケド、アタシたちの仕事って神子サマの護衛じゃないですカ、おじょうサンの護衛は含まれてないですよネ?」


放課後、神子・彩・浩太を尾行していたミツルは、同じように彼女たちをつけている男を発見した。こういった連中をこっそり片付けるのが自分たちの仕事なのだが、最近『神子サマを護る』以外の仕事も増えている気がする。例えば、柚木彩のストーカーなどだ。


「彩おじょうサンがお友達を大切にしてて、優しい子だってこともわかるンですケド、神子サマの近くにいるせいでやりにくいっていうカ、護る対象が多くなるっていうカ……アタシたちのボスの娘なわけですシ」

「お前、見てなかったのか?」

「へ? 何をデス?」

サングラスのせいで表情はわかりにくいがカタギリはあきれた顔をしている。急いで路地裏から顔をだし神子たちを探してみても当然いるはずがない。先ほどカタギリに彼女たちは車に乗ったことを教えられたばかりだ。

「あいつは尾行されていることに気が付いていた。だから神子様を連れてすぐにその場を離れ、迎えを呼び、いつもと違う道を歩かせた。……これでも役立たずだって言えるのか?」

「べ、別にアタシはおじょうサンを役立たずなんて思ってません」

「そうか」


会話が途切れるのを待っていたかのように、カタギリはポケットから携帯電話を取り出し耳にあてる。着信音は聞こえなかったが、電話がかかってきたことに本人は気が付いたらしい。少しのやりとりの後、もう喋らなくなった携帯電話をカタギリは元の場所に戻した。

「こいつらの言う『地点B』で残りの仲間を捕まえたらしい。これで神子様を尾行していたやつらは全員片付けた」

「へーソデスカ」

「ミツル、お前……情報収集系の仕事苦手だろ」


図星だった。どの話の流れでそれがばれたのかわからないが、ミツルにとって指摘されると辛い部分ではある。護衛対象を襲おうとするやつらをぶっとばすのは得意なのだが、細かいことはさっぱりなのだ。


「沢村浩太、誰だかわかるな?」

「あーハイ一応」

「あいつには秘密がある。護衛の仕事はしばらくやらなくていいから、その秘密を見つけてこい」

「はイ!?」

「心配するな社長にはちゃんと言っておく。給料は出るはずだ」

「え、アタシカタギリサンと一緒に護衛……」

「お前だけの力でやるんだぞ。じゃあな」


夏だというのに黒いコートを着用した男はあっさりと立ち去ってしまう。取り残されたミツルは茫然としたままその言葉を呟いた。


「……秘密?」






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ただいま」

「おかえり、浩太」

メロンパンの味をまだ口内に残しながら帰宅した浩太を待っていたのは、ピンクのエプロンを着用した父親だった。丸い眼鏡をかけ、丸いフライパンを持ち、体型や性格まで丸い父親――沢村清志は、どうやら晩御飯を準備している途中のようだ。なぜ野菜炒めの入ったフライパンを持ったまま玄関に出迎えに来てくれたのかさっぱりわからないが、浩太にはそれよりも気になることがあった。

「父さん……なんか焦げ臭いんだけど」

「あああああああ!!」

彼は一気に泣きそうな顔になり台所へどたばたと駆けていく。こういう反応を見るたび「子供っぽいな」と思ってしまうのだが、それは自分だけでなく他人もそうらしい。子供っぽい、よく言えば「純粋」で、悪く言えば「騙されやすい」のである。幸運を呼び寄せるツボや守護霊の力を増幅させるネックレスなどを買わされそうになってしまうのは父親の特技なのだろうか。母親もわりとふわふわした性格なのだが清志よりはしっかりしているので、いつも「そんなものいりません!」と浩太と2人がかりで止めることになる。


「母さん、まだ帰ってきてないんだ?」

魚の焦げを必死ではがそうとしている父親に声をかけると、無言のまま頷かれた。近所のスーパーで働く母親がこうして遅く帰ってくるのは珍しいことではない。しかし父親がエプロン姿で料理を作るのは珍しいことである。過去の経験から浩太はその理由がすぐにわかってしまい、頭を抱えたくなった。

「また仕事クビになったんだろ」

「……」

「おい」

「……ごめん、浩太」

黒い魚の皮がこびりついた箸を握りしめたまま彼は頭を下げる。情けない。日本のみなさんごめんなさいと息子である自分が頭を下げたくなるほど、情けない。

「で、理由は?」

「出前に行く道で、女の子の風船が木に引っ掛かっていたからそれを取ってあげて、次に足を怪我して動けない子猫がいたから病院連れて行って、それからすごく荷物が重くて困っているおばあさんがいたから家まで持って行ってあげた。やっと仕事に戻ることにしてラーメン届けたらすごく怒られた。店に帰ったら店長に「これで何度目だ」って怒られた」

「はぁ」

予想通りである。

きっと全て本当の話なのだろう。だからこそこの人は仕事が続かないのだ。

「あのさ、前から仕事終わらせてから人助けしろって言ってるだろ」

「えーだって」

「……父さん」

「ごめんなさい。顔が怖いよ浩太」

生活するには当然のようにお金が必要である。それなのに家計を支えているのが母親の給料だけというのは何だか申し訳ない。

「俺、アルバイトしようかな」

「えー!!」

ごく自然な発想だと思うのだが、清志はそれがお気に召さなかったらしい。

「いいよ、働かなくて! 浩太は勉強と部活をしっかりやってくれればいいから! ほら、テスト近いんでしょ!? 部活も楽しいって話してたじゃん!」


最後の言葉にぴくりと反応する。楽しいなんて話いつしただろうか、と。

「別に……楽しいなんて。変な先輩たちに振り回されて、ただ、それだけで」

「そう? でも笑ってたよ」

「は?」

「部活のことを話す浩太、楽しそうだった」

優しげに眼を細めてそんなことを言われた。

やっぱり、楽しいと自分は感じていたのだろうか。最近知り合ったばかりの先輩たちとの時間が嫌なものではないと。

それは不思議とあっさり受け入れられた。

違うと否定することなく、心にすうっと馴染んでいく。


「父さん、ありがと」

「え? 何でお礼?」

「いや、なんとなく」


たぶん何年経っても両親には敵わないだろうな、と思う。

父親と母親の笑顔には一生勝てないだろうし、勝たなくてもいい。同学年の男子からは親がウザいとよく聞くけれど、どうやっても逆らえないしそんな風に考えられない。そうなるように育てられてしまったとも言えるのかもしれないが。


帰り道いろいろと悩んでいたのが嘘のように、浩太の心はすっきりしていた。


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