01話「好きだ」
沢村浩太は、今年の4月に紅葉学園に入学した。両親の勧めで家から徒歩で通えるここを選んだが、本当は別の学校に行くつもりだった。
(でも、しかたないよな……)
入学して2か月も経っているのだ。今さらそんなことを考えても無駄だと分かっている。
行きたかった高校は忘れよう、浩太は顔を上げた。
全ての時間割が終了し、生徒玄関は部活に所属していない生徒たちの声で溢れている。浩太は、自分の下駄箱からスニーカーを取り出し、足を突っ込んだ。そのまま外へ出て、校門へ向かう。
6月、じりじりと肌を焼く太陽は夏を感じさせ、湿気を含んだ風が頬を撫でた。学園と家はそんなに離れていないが、早く帰って汗をかいたシャツを着替えたいと思い、自然と速足になる。自転車で横を通り過ぎた友人に手を振って、校門を出ようとした時だった。
「沢村浩太!」
背後から鋭い声で呼ばれた。振り返り、声の主を確かめようと辺りを見回す。
約3メートルほど先に、一人の少女が立っていた。
赤茶色のふわふわした長い髪、勝ち気そうな瞳、整った顔。「沢村浩太!」と、もう一度呼ばれ、先程の声は彼女のものだと判断する。
「お前、沢村浩太だな」
「はあ、そうですけど」
フルネームを繰り返さないでほしい。下校途中の生徒たちが、自分と、この少女に注目しているのに気がついて、浩太は困った顔で返事をした。
「良かった、お前に言いたいことがあったんだ」
少女はニッコリと笑うと、次の瞬間とんでもないことを言った。
「好きだ、付き合ってくれ」
すきだ、つきあってくれ?
突然の事で、頭が真っ白になる。
(え、俺今告白されたの?初めて会った子に?)
その一言に何も返せないまま、ぼぉっと立っている浩太の耳に悲鳴が聞こえた。野太い悲鳴が。
「嘘だぁぁぁ!かっ神子様が……お…男に告白!?」
「夢だ、誰か俺の頬をぶってくれ!!これは夢なんだ!!」
「神子様がっ、学園のアイドル神子様がぁぁぁ!!!」
学園のアイドルって、いつの時代だよ。と、心の中で密かに思いながら、目の前の少女に意識を戻す。
「あの、人違いじゃないですか?」
「いや、お前だ」
「名前を確認して告白っておかしいですよね?」
「いや、お前が好きなんだ」
二度目の『好きだ』に、周囲の生徒は更に悲鳴を上げた。
「俺の耳は絶対に病気だ!!誰か医者を紹介してくれ!!」
「ああ神子様!嘘だと言ってください!お願いです」
「好きだったのにぃぃ!毎日こっそり見ているだけで幸せだったのにぃぃ!!!」
つかつかと少女は近寄ってきて、浩太の右手を掴む。
「ここはうるさいな。場所を変えよう」
(こんなところで告白して、場をうるさくしたのはアンタだろう!!)
内心動揺しながらも、目で訴える。しかし彼女は気にした様子もなく、校舎へと歩いて行く。浩太も引きずられるようにそれに続いた。
校内へ土足で上がり、生徒玄関から北校舎へ。階段をひたすら無言で踏んで3階に到着しても、目の前の彼女に止まる気配はない。音楽室、美術室などの特別教室の前を通過して、廊下の行き止まりまで来たところで、浩太の手を引いていた人物は足を止めた。
「好きな人の傍にはずっといたい。と、いうわけで、私の作った『遊戯部』にぜひ入部してほしい」
何が、『と、いうわけで』だ。彼女の中では言葉の意味が繋がっているらしいが、さっぱり理解できない。好きだ→傍にいたい→部活入れ→そしたら一緒にいられる、ってことか?そもそも、目の前の美人になぜ好かれているのかさえ分からない。
「あの、何で俺のこと――…」
好きなんですか?
質問しようとして、彼女の声に遮られる。
「まぁ、とりあえず中に入れ」
突き当たりのドアに手をかけて開ける。途端、部屋にいた全員の目がこちらに向く。
真ん中の大きな机の右側で、ゲームをしていた幼女。その横で、本から目を離し浩太を見る少女。部屋の隅で立っている少年。3人とも黙ったままだ。
「神子様」
不意に後ろから声がして視線をやると、長めの黒髪を上の方で一つに束ねた少女が、真面目な顔をして立っていた。
「彼に説明を」
「説明?」
「突然の事で、困っているようです」
「ああ、そうか」と、『神子』と呼ばれている少女は呟いた。
「ここは、『遊戯部』の部室だ。こいつらは部員。で、今日からお前も部員だ」
(待て、待て待て。俺はいつ入部すると言った!?)
そんなことを考えていると、右手を引く力は強くなり、足が部屋の中に入りそうになる。
「ちょっ……ちょっと待って下さい!」
何とか入口で踏ん張ると、神子は不思議そうにこちらを見た。
最初から強引なことばかりだったが、浩太の方を見て、話を聞いてくれるらしい。
「えーと」
言いたいことがあった。まずそれからだ。後で遊戯部でも何でも、説明を彼女に求めればいい。
浩太は、はぁーと息を吐いて、一番言いたかったことを口にした。
「土足なんで、下駄箱まで戻ってもいいですか?」
このお話は『勢い』でできています。主に神子の勢いで。