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恋愛ゲーム  作者: 七度
遊戯部の日常
16/23

15話「見つけた!」

「神子先輩が……いない?」


それは一体、どういうことだろうか。

トイレに行って、帰ってこない。つまり行方不明。


「……神子様を探してきます」


動けない部員たちの前をすっと通り過ぎ、彩がレストランから出て行く。

唇を噛みしめて、感情を押し殺しても、彼女が何を考えているのか分かった気がした。おそらく、自分を責めているのだ。守るべき少女を見失ってしまった自分を。


ガヤガヤと聞こえる客の声がどこか遠く感じた。彼らの声はただ楽しそうで、浩太たちのことを顧みようとはしない。

「あの、これってそんな深刻な話じゃ……ないですよね?…神子先輩が勝手にどっか行っちゃったってだけですよね?」

嫌な空気を誤魔化そうと、笑いながら尋ねてみたが無駄だった。小桃と絹代の顔は晴れない。それどころか益々場の雰囲気は重くなる。

「うーん、そう思いたいんだけどねー」

普段と小桃の喋り方は変わらなかったが、声に張りが無かった。

「前にもね、神子ちゃんがいなくなっちゃうことがあったんだって」

「小桃さん、その話は……」

どうやら、部外者にはあまり話したくないものらしい。絹代は止めようとしたが、この場にいる誰よりも小さな少女は、静かな瞳でそれを黙らせた。可愛い外見をしていても、自分よりも年上の人だったと急に思い出す。

「浩太くんも遊戯部の部員だしね。知ってたほうがいいんじゃないかな」


そんなはずはないのに、耳元で誰かが喧騒のボリュームを下げた感覚。

はっきりと、その言葉だけが耳に届く。


「あのね、神子ちゃんは昔、……誘拐されたことがあるの」






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「見つけた!」


声を上げると、握っていた神子の手を更に強く握りしめ、年老いた女性は駆け出した。

「はっ!?ちょっ!!」

予想していなかったその動きに抵抗することもできず、身体が引っ張られる。植物でできた壁しか見えない場所で、彼女は本当に探し人を発見できたのだろうか。



少し、状況を整理したい。

神子は、孫と離れ離れになってしまったらしいお婆さんと一緒に、その孫がいるらしい巨大迷路に向かった。受付にいる係員の女性に、子どもが1人でうろついていなかったか聞いてみようとした矢先のことだ。

「孫だ!孫だわ!」と唐突にお婆さんが叫び出し、「見つけた!」と巨大迷路の中へ走りだしたのである。


……以上、状況整理終わり。



「あの!?すみません」

年齢を感じさせない風のような速さで、老婆は足を動かす。目的の何かに集中し、神子の声に反応することもない。他にすることもなく、こうなれば共に走るだけだ。

「見つけたぁぁぁ!!見つけたぁぁぁぁ!!」

「それはよかったですねぇぇぇぇ!!!!」


走って、走って、走って。

そのうちに、何故自分が走っているのかわからなくなる。

運動不足解消?いや、違う。目の前の年老いた女性に手を引かれているからだ。

手。その女性の手は大きい。どうしてだろう。自分の祖母のことを思い浮かべる。もっとしわくちゃで、小さくて、しっかりと使い込まれた「手」だった。

しかし、この繋がれた手はどうだろう。

骨ばっていて、日焼けしたその手は―――……



「見つけましたよ、悪井先輩」


突然、疾走していた老婆が立ち止まる。勢いそのまま、神子は彼女にぶつかってしまった。その衝撃で2人とも地面に倒れてしまうかと思ったが、がっしりと神子は老婆に受け止められていた。

「なっ!?」

抱き締められるような体勢になって気がつく。いや、気がつくのが遅かったぐらいだ。

この人は、―――男だ。



もう正体を隠そうとは思わないらしい。折り曲げていた腰を伸ばし、分厚いレンズの眼鏡とマスクを取り払う。現れたのはひょろりと背の高い青年だった。


慌てて青年を突き飛ばし、距離をとる。騒ぐ心音を落ち着かせようと、神子はゆっくり息を吸い込んだ。

彼女は彼女ではなく男だった。つまり、孫を探していたというのは嘘ということになる。では、目的は何か。そんなもの、自分の立場を考えればすぐに答えは出る。これまでだって経験したことがあるではないか。


「よくやった。山田」


背後からの声に、びくりと神子の身体が動いた。

そうだ、年老いた女性に化けていたこの男は「見つけましたよ、悪井先輩」と言って立ち止まったのだ。悪井先輩、と呼びかけられたもう一人がこの場にいるのは当然だろう。

思い切って振り向くと、布を纏った女性が天を指差す石像を背景に、悠然たる態度で微笑む男がいた。


「お前が、河上神子か」


それには答えず、神子は睨みを返す。

名前まで知られているのだ。わざわざ返事をする必要はあるまい。

そう思って視線を逸らそうとするが、―――ふと、男に違和感を覚える。


「……お前、髪型変じゃないか?」

「!?」


何だか異様にテカっている。そして前に突き出すように長い。

どこかで見たような、見たことがないような、不思議な髪型だ。


自分の一言で、男は固まったまま動かない。よく分からないがこれは逃亡のチャンスだ。すかさず辺りに目をやると、今まで走ってきた通路と違い、ぽっかりと何もない空間が広がっている。いや、何もないということはないか。真ん中には、ほぼ裸とも言える女性が天を指差す石像が鎮座している。その前で変な髪型の男がぶつぶつと呪文のようなものを唱えているがそれは無視した。それよりも大事なのは、その石像の隣に「ゴールまであと少し!」と書かれた看板があることだ。

そしてこの空間からは、右に左にいくつもの道が続いている。どこか適当な通路に飛び込み、出口まで行けば逃げ切れるかもしれない。


「よし!」


迷っている暇はない。神子の足は、一番近い右側の道に向かって走り出そうとする。

「逃げる」そのことしか神子の頭にはなかった。そしてそれが、大きな間違いだった。



「ちょっ!ちょっと待つっす!」


後ろから急に伸びてきた手によって、神子の逃亡は失敗した。

ぐいっと力任せに引っ張られ、倒れそうになるのを必死に堪える。もう、この男に受け止められるのは嫌だった。


「待つわけないだろ!離せ!!」

「それは無理っすよ!!」


女の力で敵うわけがないと知りつつも、神子は抵抗を続けた。

どうにかしなければならない。自分1人の力で。そうしなければ、また彩に心配をかけてしまう。


「困るんっすよ!大人しく人質になってくれないと!!」




その言葉に、神子の中の何かが、ぷつんと切れる音がした。


「―――ふざけるなっ!!」

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