13話「マジッすか!?」
沢村浩太は、ホラーが好きか嫌いかについて考えたことがない。
友人に誘われれば一緒にお化け屋敷に入る。ホラー映画を見れば恐怖シーンにびくりと反応する。要するに、その程度だ。
絹代からお化け屋敷に行きたいと言われた時も、普通の遊園地ならば何も考えず頷いただろう。
しかし、誘われたのは『ラッキーパーク』のお化け屋敷だった。
『ラッキーパーク』でお化け屋敷と言えば、県内一恐ろしい場所として有名である。多くの心霊スポットを巡ったオーナーがデザインした建物。廃墟となった病院や学校から持ってきたガラクタたち。そんな特別な空間でお化け役となって働くには、3年間の研修が必要らしい。
『本当にホラーが大好きで、ホラーのためなら死んでもいい!くらいの人じゃないと、後悔することになる』と、何かの雑誌に書いてあった。
だから一瞬迷ってしまったのだ。
可愛い絹代の頼みでも、中に入って自分は後悔しないだろうか、と。
「楽しかったですね。浩太さん」
満面の笑みで、絹代が隣を歩いている。
室内で一度離された手は再びつながれ、傍から見れば恋人のようだ。まぁ、そんな甘い関係ではないのだが。
「……真島さんが楽しかったのなら良かったです」
明るい屋外に出ても浩太の気は晴れなかった。
何度も何度も何度も何度も、血みどろの女が振り向く映像を脳が勝手に再生するのだ。
「もしかして、体調がすぐれないのですか?」
浩太が暗い顔をして俯いていると、絹代が心配そうにこちらを窺っていた。先程まで嬉しそうに笑っていた絹代に悲しい表情をさせたくないと、浩太はぐっと顔を上げる。
「いえ、何でもないです。元気ですよ?」
「そうですか。あまり無理しないでくださいね?」
「はい……で、次どこ行きましょうか?」
「うーんそうだなー、やっぱり絶叫系かなぁー」
隣にいる絹代にした質問の答えは、何故か後ろから返ってきた。間延びした幼い少女の声には聞き覚えがある。
驚いて振り向いた先には、見慣れたメンバーがずらりと並んでいた。
「はぁーい、絹代ちゃーん。交代の時間だよー」
右手にソフトクリーム、左手にクレープを持った小桃が、ぱたぱたとこちらに駆けてくる。
その様子は好きなものを買ってもらってはしゃぐ子どものようで微笑ましかった。
それにしても時間が経つのは早い。
絹代とデートを始めたのは少し前だと思っていたのに、もう別れなければならないのか。
「ほら浩太、行って来い。時間は待ってくれないぞー」
神子はひらひらと手を振って浩太を送り出す。その隣で三原も手を振っていた。
「沢村、東郷先輩が面白い場所に連れてってくれるってさ」
「はぁ、絶叫系ってジェットコースターとかですか」
「…普通はそう思うよな」
三原はそこでニヤッと笑う。よく分からないが、ジェットコースターではないらしい。
「東郷先輩。沢村に教えてやって下さいよ、どこへ行くか」
「うあ?」
口の中へクレープを運んでいた小桃が、三原の方へ顔を向け変な声で答えた。もう片方の手に持つソフトクリームは二分の一以上が無くなっている。
「ふ、んーとね、あそこ。あそこに行くよー」
「あそこってどこですか?」
うふっと笑う小桃の瞳は、お化け屋敷に入りたいと言った絹代よりも輝いていた。
とても嫌な予感がするのだが、先程よりも怖い思いをする場所なんてあっただろうか。
「あのね、バンジージャンプしに行こうかなーって」
「浩太くん、大丈夫ー?震えてるよ、手」
「は、はい。だ、大丈夫です」
「心配しなくても、一回落ちちゃえば何も怖くないからね」
「は、はい。怖くないです」
命綱だってあるのだからそう簡単に死んだりしないだろう、と分かってはいるのだが小桃のように楽しめそうにはない。まだ来るな、早く終われと逆のことを心の中で唱えながら、順番を待つ。
「いやぁードキドキするねー。緊張してきた」
どう見てもリラックスしている小桃は、浩太の手を握って足元の景色を眺めている。
「人が小さいねー。あ、あれって神子ちゃんかなー?」
そう言われても、その視線の先を見る勇気はなかった。
きっと地上は遠いのだろう。見てしまえば逃げたくなるに決まっている。
「浩太くん。あたしたちの番だってー」
きた。
とうとう飛び降りる時がきてしまった。
「あたしが先に行くねー」
係の人にガチャガチャとベルトや紐を取り付けられる小桃を見守る。この次は自分だ、と思うと恐怖が増した。
「いーち、にー、さーん、バンジー!!」
謎の掛け声で落ちて行った小桃は、すぐに階段を駆け上がって浩太のもとまで戻ってきた。
気がつけば手を引っ張られ、気がつけば準備が終わり、気がつけば小桃に背中を押されていた。
「いってらっしゃーい!」
「お客さまぁぁ!急な飛び降りは危険ですぅぅ!!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「河上神子も美人っすけど、周りの女の子も全員可愛いっすねぇ」
背が高く痩せた青年が、遊園地の案内板の陰から神子たちを見つめていた。
「まだあの女は1人にならねぇのか?」
青年に見張りを頼んでいたリーゼントの男が、近くの青い屋根の店から出てくる。
その男の口元は何故か茶色く、甘い香りがした。
「…悪井先輩、なんか食べました?」
「ああ、チョコレートパフェを食った」
悪井と呼ばれた男は服の袖で口周りを拭い、きょろきょろと園内を見回す。お昼時でもアトラクションから客が減ることはなく、カップルや親子たちが目の前を行き交っていた。
「他の奴らはどうした?何でいねぇんだ?」
「昼飯食いに行くからお前一人で見張ってろ、って皆どこかに行っちゃったっす」
しょんぼりした青年は、チョコレートが付着した悪井の袖口を羨ましそうに見ている。これだけお腹がすいていれば服だって食べられるかもしれない。そんな気がしてきた。
「お前も何か食うか?奢ってやるよ」
「マジッすか!?」
青年は店へ駆け込むと、目立つピンク色の商品名を指差す。
「ウルトラデラックススペシャルジャンボハンバーグください!!」
「一番高い商品を注文するな!!」
悪井は少し丸めた遊園地のパンフレットで、青年の頭を思いっきりぶっ叩いた。