12話「だめ、ですか?」
学園に入学してから3人の美少女たちに告白されたが、一番驚いたのは真島絹代からの告白だった。
遊戯部に入部する前、クラスメイトと言っても彼女とはほとんど接点がなかった。挨拶や必要最低限の用事だけ。図書室に行くと図書委員である彼女の姿をたまに見かけたが、話をすることもない。
「浩太さん、わたしあそこに行ってみたいです」
その絹代が今、自分の隣を歩いている。しかも恋人のように手をつないで。
「え、あそこ?」
絹代の指差す先には、「きゃーっ!!」とか「いやぁぁぁー!!」とか恐ろしい悲鳴のする黒塗りの建物があった。どうみてもあれだ。あれしかない。
「……真島さん、マジで行くんですか?」
「はい。名前は知っているのですが、わたし『お化け屋敷』って行ったことがなくて」
彼女はキラキラと瞳を輝かせ、こちらを見上げている。
「だめ、ですか?」
そんな顔でお願いされて断る男はいないだろう。
だが、ラッキーパークでお化け屋敷といえば……
「わかりました。……行きましょうか」
これだけ楽しみにしている彼女をガッカリさせるわけにはいかない。
浩太の不安は消えなかったが、絹代の手を引いてお化け屋敷に行くことにした。
「あ、この次がわたしたちですね」
目の前にいたカップルが入口から奥へ進んでいく。そして暗闇に2人の姿が溶け込んだ瞬間、ギギギギギと嫌な音をさせながら扉が閉まった。
『ぎゃぁぁーーっっ!!!』
入って5秒ぐらいの場所で恐怖ポイントがあるらしい。早すぎるだろ。周りの雰囲気や音でじわじわと心に余裕を無くしてから脅かすものではないのか、お化け屋敷って。
「ふふっ楽しそうですね」
青ざめる浩太とは対照的に、絹代は嬉しそうに微笑んでいる。意外なことに彼女は怖くないようだ。
別に、「きゃーこわーい!」と言って頼られたかった訳ではない。
……ないのだが、何だろうかこの複雑な心境は。
『トリプルホラードキバクハウス』と血文字風に書かれた看板が、風によってギシギシと不気味に鳴いている。ギャグみたいな名前のお化け屋敷にビビっていることが酷く情けなかった。
というかトリプルってなんだ。
「浩太さん、和・洋・中と恐怖の種類が選べるみたいですけれど、どれがいいですか?」
ここは料理屋か!?とツッコミを入れるべきなのだろうが、そんな気力は残っていない。
「真島さんが選んでいいですよ……」
答えてから、いつから彼女に対して敬語になったのだろうと思う。初めの頃、自分はタメ口だったはずだ。(絹代は最初から敬語だったが)
クラスメイトである自分のことを知らないと言われ、それからだった気がする。
「いつか普通に話せるといいな」
「はい?どうかしました?」
「いえ、何でもないです」
不思議そうな絹代に無理矢理作った笑顔を向けて、浩太はつながれた手に少し力を込めた。
「大変長らくお待たせいたしました。お客様、どうぞ中へお入りください!」
遊園地のお姉さんが地獄へ誘う鬼に見える。開いた扉の先からひんやりとした空気が流れてきた。
勇気を出して一歩踏み出そうとした途端、絹代にぐいっと引っ張られる。そしてそのまま暗黒の中へと。ギギギギギ…ぱたん。
「恐怖の種類は『和』を選びました。右に進めば……大丈夫ですか?」
心の準備ができないまま入ってしまったお化け屋敷で、浩太は立ち止まってしまう。
「あ、えーと…すみません。大丈夫です」
楽しみにしている絹代の気持ちを削ぐような真似はするべきではない。浩太は急いで右の通路へ向かった。
ウフフフフ、誰かが笑っている。
うぐぅうう、誰かが苦しんでいる。
誰か
幽霊……違う、お化け屋敷のスタッフだ。
わかっている、わかっているのだが、冷や汗が背中を滑り落ちる。
すっと、白い何かが通り過ぎた。そして宙に浮かぶ光の玉が浩太の耳元辺りで「呪ってやる」と囁いてから消えた。
「すごいですね、お化け屋敷って」
絹代の声は落ち着いていたが、輝きの増した瞳で虚空を見つめている。『トリプルホラードキバクハウス』を彼女は楽しんでいるようだ。
「あれは何でしょうか?」
するりと手が離れ、絹代が先に歩いて行ってしまう。
「ちょっちょっと、真島さん!?」
自分以外の人がいることでなんとか平静を装っていた浩太は、慌てて前にいた彼女の手を掴む。
「……真島さん?」
くぅるり
振り向いた人物は綺麗な黒髪をしていた。しかし、べっとりとした赤黒いもので汚れてしまっている。いつも優しげに微笑む顔からは生気が失われ、まるで死人のようだ。
「…な、ぁ、に…?」
言葉を発した口からは、ぼたぼたと黒いものが落ちた………
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お化け屋敷か、デートイベントではよくある場所だな」
神子は真っ黒な建物が見える位置でベンチに腰掛け、アイスティーをすすっていた。
その隣では小桃が自分の顔よりも大きいハンバーガーにかぶり付いている。
「なぁ、河上」
神子が視線を声の方へやると、立ったままの三原がチョコアイスを食していた。
「どうしたんだ、犬?」
「犬じゃねぇよ!……あのさ、これ別行動って言うより尾行だよな?」
「違う、絹代と浩太を追っているだけだ」
「尾行じゃねぇか!」
それに答えることはなく、神子はまたストローをくわえた。透明の筒を茶色い液体が移動する。再び口の中に安っぽい紅茶の匂いが広がった。
「不味いな」
だが、嫌いなわけではない。氷が溶けて水っぽくなったアイスティーも嫌いではない。
「神子様、沢村と真島が出てきたようです」
「そうか、ありがとう」
座っている神子には無理だが、背後に控える彩には2人の姿が見えたようだ。
「さぁ、行くか。もう少しで小桃先輩と絹代が交代の時間だ」
「ほうふぁね、ふぁんふぁるふぉ!」
小桃が何か言いながら立ち上がるが、口に含んだハンバーガーのせいでさっぱり内容が理解できない。
「…小桃先輩が食べ終わってから行くか」
空は青く澄んでいて、絶好のデート日和だ。
不安なことなんて一つもない。なのに、どうしてだろうか。
何かが起こりそうな予感がする。
「……不味いな」
神子の呟きは隣の小桃にも聞こえなかった。
登場人物6
三原 祐平
(みはら ゆうへい)
遊戯部 部員
2年生
不幸属性 浩太がいなかったら主人公っぽい
好きなゲームは 人生ゲーム