10話「何だってしますよ」
「ご主人様、ほらあーんってしろ…あ、間違えた。お口を開けてくださいませ」
「ごしゅじんさまー、プリンがいいですかニャー?それともアイスがいいピョン?」
「あら、ご主人様……どうかなさいましたか?」
昨日部室を追い出されたときはこんなまっピンクの空間では無かったはずだ。淡い水色のカーテンは一夜にしてショッキングピンクに変わっていたし、落ち着いた白い壁紙は所々にハートが散ったサーモンピンクの壁紙になっている。
部屋の中央にある楕円のテーブルには純白のテーブルクロスが掛けられ、その上にケーキやらプリンやらアイスやら……見るだけで胸やけしそうな甘いものばかりが並んでいた。
「このパフェは『フィート』の新作だぞ……新作ですわご主人様」
「むぐっぅ!!」
大きなスプーンにクリームを山盛りすくって、神子はそれを浩太の口に突っ込む。
「あたしのも味わってーごしゅじんさまー」
「ぐへっぇ!!」
パフェに添えられていたマンゴーを掴んで、小桃はそれを浩太の口に押し込む。
「お飲み物はどうですか?」
「どばっぁ!!」
テーブルの上に置かれた陶磁製の器の中身を、絹代は浩太の口に流し込む。
「なるほど。あれが『はーれむ』と呼ばれるものですか」
浩太から少し離れた場所で彩がいつもの制服姿で立っている。皺一つないシャツにきっちりと結ばれたネクタイ、校則通りの膝下まであるスカートは彼女の真面目な性格を体現していた。その隣でくたっとしたシャツを着て、ネクタイもしていない少年は可哀相なものを見る目で浩太を見つめている。
「……あれはハーレムじゃないだろ」
ハーレムってのは、もっとアハハウフフしたピンク色で……と三原は横にいる少女に力説していたが、彩は「ああそうですか」と返すだけだった。
(そうだよな、これはハーレムじゃないよな)
浩太は口内の甘味をなんとか咀嚼しながら、手で「もういらないです」と訴えた。そのお陰で神子たちの動きは止まったが不満そうな顔をしている。
メイド服姿の彼女たちは、入室した浩太を無理矢理座らせると次から次へとカロリーが高そうなスイーツを食べさせた。甘いものは苦手ではないが、こんな大量のパフェやケーキを食べれば誰だって気分が悪くなるだろう。テーブルの端には空になった食器が重ねられ、その上に乗っていたものを全部自分が摂取したのだと思うと無性に吐きたくなった。
これが好きな男相手にすることか。違うだろ、どう考えても嫌がらせだろう、としか思えないのだが、神子や絹代の顔はどこまでも真剣でこうすれば浩太が喜ぶと信じているようだ。小桃は目が合うと二ヤリと笑っていたのでわざとかもしれない。
「もう食べないのか?……えーと、お召し上がりにならないのですか?」
いつもの男らしい口調を丁寧な言葉遣いに変えようと、神子は口を開くたびに変な顔をしている。
「……いらないです」
ぐったりとした浩太の背中を、「大丈夫ですか?」と心配そうに絹代が撫でた。先程は先輩たちと一緒に浩太の口に甘いものを運んでいた彼女だったが、その優しさにほろりと涙がでそうなる。
袖口が膨らんだ黒のスカートと程よくフリルのあしらわれた白いエプロンを着た神子や小桃は角や尖った尻尾の付いた悪魔に見えるのに、同じ姿をした絹代は背中には純白の羽、頭上には輝く輪を浮かべた天使のようだ。
「……すみません、ご主人様の気持ちも考えずケーキやプリンばかり…」
昔、放課後の教室で「絹代さんは俺たちの天使さっ!」と叫んでいるバカがいたが、今ならそのバカの言葉が理解できる。ということは自分もバカなのかもしれない。
「きっと、洋菓子よりも和菓子がお好きなのですね?次からはそちらを用意させます」
絹代の『勘違い』を甘く見ていた。
以前男子生徒に付き合ってくださいと言われ、「あなたに付き合ってどこかに行く時間はないです」と答えていた彼女のことだ、洋菓子を拒む浩太の様子を「甘い物はもう欲しくない」ではなく、「洋菓子より和菓子の方が好きだ」と誤解しても無理はない。
(……いや、無理あるだろう。)
自分ならそんな勘違いは絶対しない。断言できる。
「そうかーごしゅじんさまは和菓子が好きなのかー」
どこまでも純粋そうな笑顔で小桃は持ち上げていたスプーンを皿に戻した。しかし忘れてはいけない。甘味に翻弄される浩太を彼女はニヤリと笑って見ていたことを。
「神子ちゃん。次はいっぱいおまんじゅう持ってこようね」
「そうですね。浩太が喜ぶなら私は何だってしますよ!」
浩太の気分を更に悪くするようなことを言いながら、神子と小桃はテーブルの上にある残りのケーキやパフェを食べ始めた。そっと席を立ち、なるべく音を立てないようにしながら、浩太は三原や彩がいる壁際に逃げる。6人しかいない部屋では誰かが動けば絶対に気がつくが、神子と小桃は甘い物に夢中らしくこちらを見ていない。絹代も「田島屋のどら焼きがいいかしら…」と和菓子で頭がいっぱいのようだ。
「沢村、もう諦めて誰か選んだらどうだ?」
「選ぶ…ですか?」
その意味が掴めず困惑した表情で三原を見つめると、彼はテーブルの周りにいるメイド服の少女たちを指差した。
「好きだって言われただろ?この3人は答えを聞くまでお前にへばりついて離れないぞ」
「それは…困ります」
「だったら決めればいい、河上か、東郷先輩か、真島か」
「えーと、じゃあ断り…」
「あ、誰も選ばないってのは無しな。あいつら認めないと思うから。特に河上が」
自分の選択した答えをばっさり切られて、浩太は黙り込んだ。
神子、小桃、絹代、彼女たちは美人だし可愛い。この中の誰かを彼女に選べば、学校中の男子から羨ましがられるだろう(殺されるかもしれないが)。
だが容姿を理由に好きでもないのに付き合う、それは自分の事を好きだと言ってくれている彼女たちに対して失礼ではないだろうか。
「まあ、出会ったばかりだし急には決められないよな。やっぱりお互いの事を深く知らねぇとさ……」
浩太がどうするべきか悩んでいると三原は何か思いついたようで、強く握った右手で左の掌をわざとらしくポンっと叩いた。
「よし、沢村あの3人とデートに行って来い」
ちょっと待ってくださいと止めようとしたときには、三原はもう部屋中に聞こえる声で叫んでいた。
「おーい、河上!沢村がお前たちと遊園地に行きたいってさー」
「本当か!?」
ケーキに夢中だった神子が浩太を凝視し、動きを止める。
「デートか!?デートだな?私が最高に楽しい遊園地デートにしてやろう!」
「うはぁー、あたしも行く!面白そうだね!」
「ご一緒してもよろしいですか?」
苺を突き刺したフォークを持ったまま小桃が手を上げ、いつのまにか傍にいた絹代が浩太を潤んだ瞳で見ていた。
「……『はーれむ』とは遊園地に行くことですか」
いや、違いますと彩の言葉を心の中で否定して、歓迎会でもこんなに疲れたのに一緒に出かければもっと疲れることになるのだろうな、と浩太は少し先の未来を想像して溜め息を吐いた。
登場人物4
東郷 小桃
(とうごう こもも)
遊戯部 副部長
3年生
ロリ。楽しいこと大好き
好きなゲームは テレビゲーム
特に格闘アクション