09話「お帰りなさいませ」
遊戯部に入部してから10日後。「好き」を連呼しながら迫る女子部員たちに浩太は慣れつつあった。今日も部室のドアを開けた瞬間に神子に抱きつかれ、胸を押しつけられる。その横から現れた小桃が浩太の足に腕を回し、ぴとっと背中に絹代が寄り添う。
「……離してくれませんか?」
「嫌だ」
「無理だねー」
「お断りします」
好意を寄せる相手に拒否権ぐらい与えて欲しい。最初の頃は触れてくる彼女たちに戸惑いながら頬を赤く染めていた浩太だったが、何日も続けばさすがに慣れた。助けてくれない冷たい先輩2人にも。
部屋の真ん中に鎮座するテーブルの左側で緑茶を飲む彩と、その隣で雑誌をめくる三原。こちらを見ようともせず、お茶の味と雑誌の内容に夢中のようだ。
「なぁ、柚木。今からオレが言うことに正直に答えろよ。『あなたは周りを4つの扉に囲まれた小さな部屋にいます。扉の色はそれぞれ赤色、青色、黄色、緑色です。その中であなたは赤色の扉を開けました。するとその先に誰かが立っています。誰が立っていましたか?』」
「何ですか、それは」
「いいから、答えろよ」
三原が彩に聞いているのはおそらく『心理テスト』だろう。雑誌のどこかのページにそんなコーナーがあるらしく、三原は紙面に視線を落したままだった。
「……神子様ですかね」
「なるほど。『その人物はあなたにとって最も大切な人です。自分の全てを捧げてもいいとあなたは思っているでしょう。しかし、一方的な愛情は相手を困らせてしまいます。適度な距離を心がけましょう。』……だってさ」
「そうですか」
「よかったなー河上。柚木に愛されてるぞお前」
どうでもよさそうに言って、三原は雑誌を机に放り投げた。暇つぶしの心理テストに面白い反応がなかったのでつまらなそうだ。
「当然だ。私も彩を愛しているからな」
恥ずかしがることもなく、さらっと神子の口からそんな言葉が出る。浩太に「好きだ」と言うときも彼女はこんな感じだ。普通はもっと照れると思うのだが。
「ありがとうございます」
彩はいつもの無表情で、神子と同じく照れた様子はなかった。
「彩だけじゃない、小桃先輩も絹代もみんな愛してるぞ。一番愛しているのは浩太だけどな」
「え、オレは?」
「犬として愛している」
「……ハハハ、ソウデスカ」
棒読みで笑ってから、がくりと三原は項垂れる。自分と同じ男である先輩に、「同情」という名の感情を浩太は抱くようになっていた。
「とにかく私は全員の事を愛し、大事にしてるぞ?彩にはいつも感謝してるし、犬には入部祝いに首輪をプレゼントしたし、小桃先輩が部活に入ったときは焼き肉パーティだったろ?絹代のときは―――……」
そこで言葉を切った神子は、はっと何かに気づいたように抱きついている腕の力を強める。
「浩太が入部したのに歓迎会をやってない!」
いや、別にしなくていいですから、と浩太が口を開く前に神子は身体を離し、テーブルの上に置かれた自身の鞄から携帯電話を取り出した。何度かボタンを押す音が聞こえ、それを耳に宛がう。
「あ、私だ。今から言うものを今日中に用意して欲しい。まず、メイド服と―――……」
そこから先は頭が拒否して先輩が何を言ったか覚えてない。歓迎会に必要ないだろ、と思わずにはいられない物ばかりだった気がするが、覚えていないのだから「気がする」だけだ。
電話を切った後、明日の歓迎会の相談をするからもう帰れと神子に言われて、浩太は部室の外にぺいっと放り出された。唖然として閉じられたドアを見ていると、引きつった顔の三原が廊下に出てくる。その手には中に置いたままだった浩太の鞄が握られていた。
「……まぁ、頑張れよ」
それだけ言って鞄を渡し、彼は部室に戻る。
……何を頑張ればいいんですか?
誰かに問うこともできず、疑問は浩太の中で渦巻くことになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日
放課後になった途端絹代に、「行きましょうか、浩太さん」とふんわり微笑まれ、逃げることもできずに遊戯部部室の前まで来てしまった。
「準備があるので少し待っていてくださいね」と部屋の中へ消えた絹代。そのときわずかに開いたドアの隙間からピンク色の空間が見えた。朝から黒板を見続けて目が疲れているようだ。部室の壁紙やカーテンがピンク色になっているなんてそんなバカなことありえない。……ない、絶対にない。
しばらくすると神子、彩、三原がやってきて、準備が終わるまで待っていろ、と部室へ入って行った。小桃は浩太や絹代より先に到着していたようで、中から幼い少女の喜ぶ声がする。何故喜んでいるんだろう、とドアに耳を付けるとこんな会話が聞こえてきた。
「うわーカワイイ!あたしこれ着てもいいの?」
「はい、小桃先輩のために作った物ですから。絹代、これはお前の分だ」
「シンプルで素敵なデザインですね」
「家で働いている女たちの服よりは、スカートも短いしフリルも多いけどな」
「ねぇー早く着ようよ」
「そうですね。…でもその前に」
気配を感じて浩太が身を引くと同時に、勢いよく開けられたドアから人が飛び出してくる。「ふぎゃっ」と悲痛な声、というか鳴き声を発して冷たい廊下で転がっていたのは三原だった。
ガンッと大きな音がして視線を前に戻すと、ドアは全てを拒むようにしっかりと閉じられていた。
10分経っても着替えは終わらないらしく、浩太たちはその場に座り込んで呼ばれるのを待つ。その間、音楽室や美術室に部活をしにやってきた生徒たちに怪訝そうな顔で見られるのは正直辛かった。
「……三原先輩、どうして遊戯部に入ったんですか?」
嫌な空気をごまかすように三原に声をかけると、彼は大きく伸びをして立ち上がる。ずっと座ったままいることに疲れたらしい。
「お前と似たような感じだよ。河上に告白はされてないけどな」「……脅されたんですか?」
「ああ、とんでもない所を目撃されて仕方なく入部したんだ……」
『とんでもない所』というのは気になったが、それを尋ねる前に部室の中から「入ってもいいぞ」と神子の声がして、浩太はゆるゆると立ちあがった。
少し緊張しつつドアに手を掛ける。俺のための歓迎会なんだ、きっと楽しいに違いない、と自分に言い聞かせてゆっくりとドアを右に引くと……………
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
壁紙もカーテンもピンク色に変わっている部室で、メイド服姿の神子、小桃、絹代がニッコリ笑っていた。
第二章「遊戯部の日常」がスタートしました。心理テストはでたらめなので信じないでください。
次の後書きは小桃の紹介をするつもりです。