00話「暇だ」
「暇だ」
部屋の奥の窓に近い席で、一人の少女が呟いた。
周りにいる数人の少女たちは、興味なさそうに、
本を読んだり、ゲームをしたり、瞼を閉じたまま壁に寄り掛かったりしている。
「暇だ、暇だ、暇だぁぁぁ!!」
先程の少女が大声で叫び、椅子から立ち上がったところで、
その場の全員が、彼女の方を見た。
「なぁ、彩」
壁に体重を預けていた少女に向かって、立ち上がった少女は呼びかける。
「何ですか、神子様」
「暇なんだ、助けてくれ」
神子と呼ばれた少女は瞳をウルウルさせながら、彩と呼んだ少女に近寄った。
「そうですか、困りましたね」
真面目な顔をして、彩は考えるように右手を頬に当てる。
「そうなんだ、困ってるんだ。困ってるんだ」と何度も繰り返しながら
神子は目の前の彩を、がくがく揺すった。
「ギャルゲーも、乙女ゲーも飽きたんだ!ツンデレがデレた瞬間に全てがどうでもよくなったんだ!」
「ぎゃるげー?おとめげー?」
耳慣れない言葉らしく、彩は不思議そうに首を傾げる。
「とにかく、何か面白いことがしたい!」
大声で宣言し、神子は部屋全体を見回した。
「ねぇー、神子ちゃん」
先程まで携帯ゲーム機で遊んでいた少女が、神子に声をかける
「あんなに楽しそうに攻略キャラの話してたのに、もう飽きちゃったの?」
幼い声、小学生にしか見えない外見。しかし神子は、少女に対して敬語だった。
「そうなんです。エンディングを迎えた途端に、今までの熱が冷めてしまって」
「あら、困ったねー」
「エンディングまでの、過程は楽しかったんです!でも、でも、告白されたら、相手に何の興味も無くなってしまって……」
「他のキャラクターも、攻略したら?」
「全員終わりました」
「……」
『昨日購入したって言ってたのに、早すぎだろ』とは、誰も突っ込まなかった。
「んー、ゲームの恋で飽きたなら、本物の恋でもしてみれば?」
視線を元のゲーム機に戻して、幼い少女は提案した。
「ゲーム……恋……」
ぶつぶつと二つの単語を呟きながら、神子は真ん中の大きなテーブルの周りをぐるぐる歩き始める。考え事をするときの、彼女の癖だった。
しばらくして、ガンッと大きな音とともに自分が座っていた椅子にぶつかって、神子は歩くのをやめた。そして、満面の笑みで声高に言った。
「リアルギャルゲーをやろう!」
一同、無言。彼女の思いつきで、今まで色んなことをやらされた。今回もどうやら、厄介なゲームを思いついたらしい。
「ギャルゲーで、ハーレムなんてよくあることだ。しかし日常では、私は見たことが無い!見たことがないなら見たいと思うのが人間だろう。よし、ハーレムを作るぞ!」
「あの、神子様」
遠慮がちに、彩は、腰に手を当ててふんぞり返る神子に声をかけた。
「意味がよくわからないのですが?」
「説明してやろう!つまりだな、一人の男を部員全員で誘惑するんだ。その男が、誰か一人に惚れたらゲーム終了。男を自分に惚れさせた者の勝ち。勝ったやつには……そうだな『部員全員に何でも一週間命令できる権利』を与える!」
一瞬生まれた沈黙。だが、弾んで楽しそうな声が、その場の空気をぶっ飛ばした。
「おもしろそう!あたしそれやるー」
外見小学生少女が、手を上げる。
「小桃先輩なら、わかってくれると思ってました!!」
神子は、小桃と呼んだ少女の手を取って、ぶんぶんと振り回す。
「さっすが、神子ちゃんだね。いつも面白い思いつきをありがとー」
小桃はニッコリと、笑う。後ろに花が舞っていると錯覚してしまいそうな、可憐な笑みだった。
「さて、…絹代」
神子の声に、少し離れた場所で本を読んでいた少女が顔を上げる。
「お前はどうする?」
絹代は、微笑む。
「神子さんの提案なら、構いません」
「決まりだな」
それは、部屋の中の全員が感じていた。二人が肯定したことで、ゲームの開始が決定される。
「おい犬」
少女ばかりのこの部屋で、一人だけ隅の方にいた少年に、神子は命令した。
「お前は審判をやれ。男が誰に惚れたか、正確に判断しろ」
「それはいいけど、犬はやめろ!犬って呼ぶな!犬って―――……」
ギロッ 少年を睨む神子は恐ろしい顔をしていた。
「ごめんなさい」
抗議の言葉を飲み込んで、少年は頭を下げる。今の彼女に何を言っても無駄だと正確に判断したのだろう。
「では、ギャルゲーの主人公役を選ぼう。確か戸棚に、今年の新入生の個人情報があっただろう。……おい犬、持ってこい」
どうしてそんなものがこの部屋にあるのか。誰も聞かない、聞いてはいけない。
少年は慌てて、棚から分厚いファイルをひっぱり出すと、神子に渡そうと振り返り、
「あっ」
先程、神子がぶつかった椅子に足を引っ掛けた。
がつん 少年が顔から床に倒れ、
ばさっ ファイルが宙を舞う。
中に入っていた、個人情報の一枚が飛び出す。ひらひらと舞ったその一枚は、偶然にも神子の足元に落ちた。手に取り、それを読み上げる。
「……沢村 浩太」
「運命だね、決まりだねー」
「その方で、いいのですか?」
「……参加したくないです」
「顔がぁっ顔がぁっ!!」
他の4人の言葉は、そのときの神子には聞こえなかった。
そして
「待っていろ、浩太」
にやりと、彼女はこれからの楽しい日々を想像して笑った。
スタートしました。
書いていれば、上手くなるかな…と、甘いことを考えてます。