第八話 お嬢様のホ・ン・キ
紙の山をひっくり返しながら、ヴァリナは必死に探していた。
「どこですの……! どこですのよ……!」
床には、ノート、メモ、レポート用紙、やたら高そうな万年筆ケースまで散乱している。
黒達教官が腕を組んだまま言った。
「あと一分」
「早すぎますわ!!」
そのとき、キオナが床の紙を一枚拾った。
「これじゃない?」
ヴァリナがひったくるように受け取る。
タイトルを見る。
「……」
沈黙。
「……数学の小テストですわ」
「惜しい」
「惜しくありません!」
ヴァリナの耳がほんの少し赤くなっていた。
黒達教官が淡々と言う。
「時間だ」
「ま、待ってください!」
ヴァリナはゆっくり立ち上がった。
そして、静かに俺を見た。
その視線は、さっきより少し鋭い。
「……なるほど」
腕を組む。
「理解しましたわ」
「何を?」
「あなたが訓練をしているせいで気が散ってしまたのですわ」
「責任転嫁がすごい!」
ヴァリナは俺を指差した。
「つまり原因はあなたです」
「論理が雑すぎる!」
「ですから――」
顎を上げる。
「力試しをしましょう」
「なんで!?」
「補修クラスに見下されたままでは、私のプライドが許しませんわ」
「見下したのそっち!」
黒達教官がニヤリと笑う。
「いいじゃないか」
「乗るんですか!?」
「軽くだ」
ヴァリナは髪を払う。
さっきまで慌てていたのに、もうすっかりお嬢様モードに戻っている。
「安心なさい」
俺を見る。
「上級クラスの実力というものを、優しく教えて差し上げますわ」
「優しくって言いながら目が怖い」
そのときキオナがぽつりと言った。
「でもヴァリナ」
「なんですの」
「結局レポート出せなかったね」
「……」
「勝っても補修だけど」
「言わなくていいですわ!!」
ヴァリナは顔を赤くしながら叫んだ。
そして、咳払いを一つ。
「と、とにかく!」
俺を指差す。
「あなた!名前は!」
「増し男」
「覚えにくいですわね」
「ひどい」
「増し男!」
「呼んだ」
「三分で終わらせますわ!」
勢いよく言い放つ。
しかしその瞬間、足元の紙を踏んだ。
つるっ。
「きゃっ」
バランスを崩す。
キオナがさっと支えた。
「危ないよ」
「……ありがとうですわ」
小声だった。
そしてすぐに咳払い。
「今のは床が悪いのです!」
「床のせいになった」
俺は頭をかいた。
……なんだろう。
さっきまで怖そうなお嬢様だったのに。
今はちょっと――
(……かわいいなこの人)
黒達教官が手を叩いた。
「よし!」
「始めよう!」
ヴァリナは姿勢を整える。
さっきのドジをなかったことにするかのように。
キオナは少し離れて壁にもたれた。
「楽しみだね」
静かに言う。
「補修クラスと、上級クラス」
俺は背中を向けて拳を握る。
そして思った。
……たぶん。
この勝負、絶対普通には終わらない。
ヴァリナは一歩前に出る。
さっきまで紙をばらまいていた人とは思えないほど、姿勢が整っている。
ふわり、と黒髪が揺れた。
「では――始めますわ」
そのときだった。
ヴァリナが、自分の髪を一本つまむ。
「……?」
そして、軽く指で弾いた。
次の瞬間。
**ズゴン。**
地面から、巨大な薔薇が咲いた。
「でかっ!?」
人の背丈を超えるほどの赤い薔薇。
茎は太く、そこから伸びる**無数の茨**。
花びらがゆっくり開く。
俺は思わず言った。
「なんだそれ!」
ヴァリナがふふんと笑う。
「私の能力ですわ」
髪を軽くかきあげる。
「**《薔髪庭》**」
ヴァリナが指を軽く振った。
すると――
**ビュンッ!!**
薔薇の茎から、茨が鞭みたいに伸びた。
「うわっ!」
俺は慌てて後ろに拳を振る。
――ドン!
体が吹っ飛び、ギリギリで避ける。
茨が地面を叩く。
**バキン!!**
コンクリートが割れた。
「ちょっと待て!」
「何か問題でも?」
「軽くじゃない!」
ヴァリナは楽しそうに言う。
「この薔薇は、私の髪を媒介に咲きますの」
もう一本、髪を抜く。
指を鳴らす。
**ドゴン!**
二本目の薔薇が地面から咲いた。
「増えた!」
「薔薇は庭園でこそ美しいものですわ」
キオナが壁にもたれて呟く。
「綺麗だね」
「観賞してる場合じゃない!」
ヴァリナが手を振る。
すると茨がうねる。
「この茨は自由に操れますの」
**ビュン!!**
また鞭みたいに飛ぶ。
俺は背中を向けて拳を振る。
――ドン!!
横に吹っ飛んで回避。
茨が地面を裂く。
「そして――」
ヴァリナが指を鳴らす。
薔薇の茎が震えた。
次の瞬間。
**シュババババ!!**
「痛っ!?」
俺の肩に何か当たる。
小さい棘だった。
「今のは?」
ヴァリナが得意げに言う。
「薔薇の棘ですわ」
「そのまんま!」
「茨は近距離」
茎を指す。
「棘は遠距離」
花を指す。
「つまり」
にっこり笑う。
「どこからでも攻撃できますの」
「強すぎない!?」
黒達教官が腕を組む。
「上級クラスだからな」
「納得できるけど納得したくない!」
ヴァリナは楽しそうだった。
「さあ」
指を向ける。
「逃げてばかりでは勝てませんわよ、増し男」
茨がうねる。
棘が構える。
完全に**庭園型の戦場**だった。
キオナが小さく言う。
「どうする?」
俺は背中を向けて拳を握った。
「……どうするも何も」
拳を振る。
――ドン!
俺の体が薔薇に向かって加速する。
「突っ込むしかない!」
ヴァリナの目が少し見開いた。
「……へえ」
少し嬉しそうに笑う。
「面白いですわ」
そして指を振る。
「なら、こちらも――本気ですわ!」
**ズゴゴゴン!!**
三本目の薔薇が地面から咲いた。




