息抜き
三題噺もどき―ななひゃくきゅうじゅうろく。
今日は静かな夜だ。
昨日の風が嘘のように吹き止み、夜空には細い三日月が浮かんでいる。
雲も晴れているのか、星々が綺麗に見えて、これまた見事だ。
「……」
開けた窓から、冷たい風が入ってくる。
ちょっと空気の入れ替えでもと思ったけれど、もうそろそろ閉めてしまおうか。
―そう思いながら、いくらか時間が経っていた。
暖房がついていたはずの部屋は、もう既に冷え切っている。夜空が晴れていようが、風が吹いていなかろうが、寒いことに変わりはない。
季節は、冬だ。当たり前のことだな。
「……」
寝室の、ベッドの上に座っていた。
ベッドメイキングもされずに、私の抜け殻のような毛布の塊があるその上に。足元だけ、いつの間にか布団の中に突っ込んでいた。寒いからな。
「……」
仕事がひと段落して、まだ休憩の時間にはかなり余裕があって。
気にせずリビングに行ってしまってよかったのだけど、それもなんだかなぁと思って。私は、この部屋にアイツが呼びに来るのが結構好きなので。
それに今日は、また散歩に出たりしたから……久しぶりだとさすがに疲れる。
「……、」
もちろん、アイツ―家の従者も連れて行った。
本人は初めは渋ったが……その割には準備も万端だったし、いつの間にかブーツを自分の分まで引っ張り出していた。昨日の買い物のときは、スニーカーを履いていたのに。
まぁ、そういうフリをしただけだろう。人には言うが、アイツもアイツで意地っ張りだ。
「……」
なんだか、あんなに外に出られずにいたのが嘘のように、足が動いた。
あぁ、もちろん、アレの手紙にあった公園には行っていない。そこにいる遊具たちには申し訳ないが、まだそれは……まぁ、そのうち。だ。
「……」
ただその辺を、ぶらぶら歩いただけ。
それもそれで、いつも通りの散歩なのだけど。
ほんの少し外に出なかっただけで、こんなに景色が変わるものかと思ってしまった。
「……」
まぁ、隣にアイツが居たのもあるだろうけど。
「……」
庭に咲く花が変わっていた。
外に居たはずの犬が家の中に居た。
毎夜電気がついていた部屋が今日は真っ暗だった。
眩しいほどに光っていた街灯が、チカチカと点滅していた。
月は変わらずそこに居て、星は変わらず輝いていたけれど。
「……」
なんだか、もったいないことをしていたような気分になる。
アレのせいで……アレごときのせいで外に出られなかったと言うのが、今更になって後悔を呼び起こす。あの頃の私を引っ張り出すことは出来ないが、せめてもう少し早く外に出ていればよかったなんて思ってしまう。
「……」
そんなことを言ったところでもう遅いのだけど。
それもこれも。もう終わりそうだから気にすることでもない。
案外外に出てしまえば、何も起きないし、いつも通りの、今まで通りの静かな散歩ができることが分かった。
……公園に行くのもさっさと済ませてしまおうかな。これ以上長引かせるのも彼らに申し訳ない。あの犬もいるし。
「……ご主人」
なんてまぁ、外を眺めながらぼうっとしていたら、声がかかった。
振り向けば、部屋の戸を開き、外の廊下の光を背に受けながら立っている姿があった。
腰に巻くタイプの……あのカフェの店員スタイルみたいなエプロンをしていて、あれだとまるでスカートを履いているように見える。端にキャンデイのアップリケみたいのがついていて、これまた可愛い。いつまでたっても、こいつのエプロンのセンスは分からない。
「……なにしてるんですか」
「……ちょっと休憩」
まぁ、それはそうだ。
既に部屋は冷蔵庫の中みたいに冷え切っていた。
そんな中で、いつもいるはずの机ではなく、ベッドの上に座って外を眺めていたのだ。
何をしているんだとしか思えないだろう。
「……休憩にしますよ」
「ん……」
つい先ほどまでの時間は休憩じゃないのかというのは、まぁ。
ちょっと、ぼうっとしていただけだ。
休憩は、今から。
「……明日も散歩に行くんですか」
「あぁ、うん。公園に」
「……分かりました」
お題:キャンデイ・スカート・ブーツ




