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第五話

月明かりが遮られた森の中。

 異様な殺気だけが、空気を凍らせていた。

「……ゼノン、だと?」

 第三王子ガルバスの声が、困惑と怒りで震える。

 無理もない。

 魔界において俺、末っ子のゼノンは「魔力は多いが、戦闘経験のない温室育ち」と思われている。

 一方、ガルバスは武闘派の筆頭。次期魔王の座を狙い、数々の戦場を暴れ回ってきた自称・豪傑だ。

 その「格下」の弟が、自分の陣地のど真ん中に、音もなく侵入してきたのだから。

「貴様……どうやって結界を抜けた? それに、その格好はなんだ」

「質問が多いな、兄さん。そんなことより、提案があるんだけど」

 俺は右手に圧縮した漆黒の魔力刃を遊ばせながら、首を傾げた。

「今すぐ軍を撤退させて、魔界に帰ってくれないか? そうすれば、命だけは助けてやる」

 一瞬の沈黙。

 次の瞬間、ガルバスの顔が真っ赤に染まった。

「――愚弄するか、無能がァ!!」

 ドォン!!

 地面が爆ぜた。

 ガルバスが手にした巨大な戦鎚ウォーハンマーが、俺のいた場所を粉砕したのだ。

 単純な腕力と、魔力任せの破壊。

 テントが衝撃波で吹き飛び、周囲の木々がなぎ倒される。

「ハッ! 口ほどにもない! 塵と消えよ!」

 舞い上がる土煙を見ながら、ガルバスが勝利の笑みを浮かべる。

 ……やれやれ。

 これだから脳筋は困る。

「……どこを見ている」

 俺の声は、ガルバスの真後ろから響いた。

「なッ!?」

 ガルバスが振り返るより速く。

 俺は魔力を纏わせた足刀を、その無防備な背中に叩き込んだ。

 ドゴッ!!

「ぐあぁっ!?」

 巨体がボールのように吹き飛び、大木を三本へし折って止まる。

 ガルバスは苦悶の声を上げて地面をのたうち回った。

 魔導鎧がひしゃげている。

「バ、カな……。貴様、魔法使いのくせに、肉弾戦だと……?」

「偏見だな。魔法使いが殴っちゃいけないなんてルールはない」

 俺はゆっくりと歩み寄る。

 魔族の身体能力フィジカルに、勇者としての体術スキル

 そして何より、「魔力効率」の違いだ。

 ガルバスの攻撃は派手だが、無駄が多い。一〇〇の魔力を使って、六〇の威力しか出せていない。

 対して俺は、現代知識によるイメージと計算で、一〇の魔力を一〇〇の威力に変える。

 スペックも、技術も、俺の方が上だ。

 唯一負けているのは、声のデカさと自己評価の高さくらいか。

「お、のれェェェ!! 殺す! なぶり殺しにしてやる!!」

 ガルバスが咆哮と共に立ち上がる。

 その身体から、ドス黒い魔力が噴出した。

 肉体が膨張し、皮膚が裂け、さらに醜悪な戦闘形態へと変貌していく。

 周囲の上級悪魔たちが「ひぃっ、ガルバス様が本気だ!」と逃げ惑う。

「消えろゼノンンンン!! 『獄炎焦熱覇ヘル・ブレイズ・バスター』!!」

 ガルバスが口から極太の熱線を吐き出した。

 森を一瞬で灰にするほどの火力。

 なるほど、確かにこれを学校に向けて撃たれたら、期末試験どころじゃなかったな。

 ――だからこそ。

 ここで確実に、処理する。

「『闇喰イーター』」

 俺は短く呟き、左手を前に突き出した。

 防御魔法ではない。

 俺の前世を終わらせた、あの忌々しい魔王(親父)の技――その模倣コピーだ。

 ズオォォォォ……!

 空間に現れた漆黒の渦が、ガルバスの放った熱線を全て飲み込んでいく。

 熱も、光も、衝撃も。

 すべてが闇の向こう側へと消滅する。

「な、に……? 俺の最大魔法が……消え、た?」

 ガルバスが呆然と口を開けた。

 俺はその隙を見逃さない。

 地面を蹴る。

 音速を超えた踏み込みで、懐に入り込む。

「悪いな、兄さん。俺は忙しいんだ」

 右手の魔力刃を、漆黒の長剣へと変える。

 狙うは心臓。魔核。

「明日の授業の予習もしなきゃならないんでね」

 一閃。

 ――ザンッ。

 世界が静止したような一瞬の後。

 ガルバスの巨体が、斜めにずり落ちた。

「あ……が……ち、ちうえ……」

 最期に父の名を呼び、第三王子は黒い灰となって崩れ落ちた。

 あっけない幕切れだ。

 だが、感傷に浸っている暇はない。

「さて、と」

 俺は周囲を見渡した。

 主を失い、動揺している数百の魔族兵たち。オークやゴブリン、上級悪魔ども。

 彼らは俺を見て、震え上がっている。

 ガルバスを一撃で葬った「謎の黒い男」への恐怖。

 目撃者は生かしておけない?

 いや、全員殺すのは骨が折れるし、魔界の戦力が減りすぎるのも(将来的には自分が継ぐ国だし)勿体ない。

 俺は声を張り上げた。

 腹の底に響く、魔王譲りの威圧ボイスで。

「聞け、雑魚ども!!」

 ビクリ、と魔物たちが直立不動になる。

「ガルバスは死んだ! 人間の騎士団の奇襲によってな!!」

「「「え?」」」

「お前たちがボンヤリしていたせいで、聖国の精鋭部隊『聖騎士団』に包囲され、あえなく討ち死にした! そうだろ?」

 俺はギラリと殺気を飛ばした。

 『話を合わせろ、さもなくばお前らも殺す』という無言の圧力。

 賢い上級悪魔が、すぐに察してひれ伏した。

「は、はいっ! その通りでございます! 我々は卑怯な人間どもの罠にかかり、ガルバス様は名誉の戦死を……!」

「よろしい。魔王ちちうえにはそう報告して、とっとと魔界へ帰れ。二度とこの辺りをうろつくあな。……次は、無いぞ?」

 俺が漆黒の炎をゆらりと燃え上がらせると、魔物たちは「ヒィィィ!」と悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように撤退していった。

 数分後。

 静寂が戻った森には、ガルバスの戦鎚と、戦闘の痕跡だけが残された。

 俺は懐から通信用の魔石を取り出す。

 深呼吸をして、表情を作る。

 「悲しみに暮れる弟」の顔だ。

『……父上。ゼノンです』

『おお、どうした? もう学校には慣れたか?』

 魔王の呑気な声が聞こえる。

『いえ……悲しいお知らせがあります。先ほど、ガルバス兄さんが……人間の騎士団と交戦し、討ち死にされました』

『な、なんだとォォォ!?』

 通信機の向こうで、何かが破壊される音がした。

『馬鹿者が! あれほど抜け駆けはするなと言ったのに! ……して、相手は?』

『聖国の精鋭部隊です。やはり人間は侮れません。兄さんの犠牲を無駄にせぬよう、私はさらに警戒して任務にあたります』

『うむ……うむ! 頼むぞゼノン! お前だけが頼りだ!』

 通信を切る。

 ふぅ、と息を吐いた。

 これで「ガルバス失踪」の件は片付いた。

 魔王の怒りは人間に向き、俺の株は上がり、学校の平和も守られた。

 一石三鳥だ。

「……帰って寝よ」

 俺は大きな欠伸を一つして、闇夜に溶けた。

 †

 翌朝。

 勇者養成学校の食堂は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

「おい聞いたか? 北の森に魔族の軍隊がいたらしいぞ!」

「マジかよ、怖ぇ!」

「でも、全滅してたんだって。朝、騎士団が見回りにいったら、魔族の死体と巨大な武器だけが転がってたとか」

「誰がやったんだ? 聖騎士団か?」

「いや、騎士団も『我々は何もしていない』って困惑してるらしいぜ……」

 パンにハムを挟みながら、生徒たちが興奮気味に話している。

 どうやら俺の工作フェイクニュースは、謎が謎を呼ぶ形で拡散されているようだ。

 「正体不明の英雄がいるんじゃないか?」なんて噂まで出ている。

 ククク、いい気味だ。誰もその正体が、今ここで欠伸を噛み殺しているEランクの落ちこぼれだとは思うまい。

「なぁゼノン! すげぇな!」

 ドガン!

 背中を叩かれる衝撃。口からハムが飛び出しそうになる。

 ゴランだ。相変わらず朝からテンションが高い。

「何がだよ」

「幻の英雄だよ! 俺、そいつに会いてぇなぁ! きっと俺と同じくらい筋肉モリモリの大男に違いねぇ!」

「……そうかもね(俺だけど)」

「お前もそう思うか! よし、いつかそいつと手合わせして、どっちが強いか決めてやるぜ!」

 ガハハと笑うゴラン。

 平和だ。この筋肉馬鹿を見ていると、昨夜の殺伐とした空気が嘘のようだ。

 だが、平穏は長くは続かない。

 食堂の入り口がざわめいた。

 現れたのは、銀髪の美少女――アリシア・ヴァン・クルーガーだ。

 彼女は取り巻きたちを引き連れ、優雅に歩いてくる……かと思いきや、真っ直ぐに俺たちの席へと向かってきた。

「……げっ」

 俺は思わず視線を逸らそうとしたが、遅かった。

 アリシアは俺のテーブルの前に立ち、腕を組んで見下ろしてきた。

「おはようございます、ゼノンさん」

「……おはよう、アリシアさん。特進クラスのエリート様が、こんな薄暗い席に何の用で?」

「とぼけないで」

 彼女は身を乗り出し、誰にも聞こえないような小声で囁いた。

「昨日の夜、部屋にいなかったわよね?」

 心臓が跳ねた。

 なぜバレている? 俺は完全に気配を消して寮を抜け出したはずだ。

「……トイレに行ってましたけど」

「嘘ね。私、気になって寮の周りを見回っていたの。あなたの魔力反応、完全に消えていたわ」

「散歩ですよ。星が綺麗だったから」

「そう。……北の森の方角の星が、特に綺麗だったのかしら?」

 鋭い。

 カミソリのような眼光だ。

 彼女は、昨夜の「魔族全滅事件」と俺を関連付けて疑っている。

 「ゲートでの反応」といい、この勘の良さは致命的だ。

(まずいな。ここでボロを出せば、全てが終わる)

 俺は腹を括り、最高に間抜けな顔を作った。

「北の森? ああ、あそこはお化けが出るって聞いたから近づきませんよ。僕は怖がりなんで」

「……怖がり?」

「ええ。昨日の実技試験だって、ゴーレムが怖くて腰が引けてたでしょう?」

 アリシアは俺の顔をジッと見つめた後、ふぅ、とため息をついた。

「……まあいいわ。証拠はないもの」

「疑いが晴れて何よりです」

「でも、警告しておくわ」

 彼女は去り際に、俺の耳元で言った。

「この学園には『勇者』を目指す者しか必要ないの。不純物が混ざっているなら……私が斬るわ」

 ゾクリ、とするような殺気。

 彼女は背を向け、銀髪をなびかせて去っていった。

 食堂に残されたのは、冷や汗をかいた俺と、きょとんとしているゴランだけ。

「なんだゼノン、あいつお前に気があるのか?」

「……あるわけないだろ。殺害予告だよ、今のは」

 俺は残ったパンを口に押し込んだ。

 味なんてしなかった。

 兄貴を殺して一難去ったと思ったら、今度は学園最強のヒロインにロックオン。

 前途多難なんてレベルじゃない。

 俺の「平穏な学園生活」と「魔王殺しの計画」は、まだ始まったばかりだ。


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