第四話
翌日。
勇者養成学校の朝は早い。
鐘の音と共に目を覚ました俺は、慣れない寮のベッドから這い出した。
魔王城のキングサイズベッド(羽毛100%)が恋しいが、これも修行だ。
「ふわぁ……。よく寝たぜ!」
同室のゴランが、丸太のような腕を伸ばして起き上がる。
そう、なんとこいつと同じ部屋だ。
学校側の配慮なのか、それとも単に「Eランク(落ちこぼれ)はまとめておけ」という雑な扱いなのか。十中八九、後者だろう。
「行くぞゼノン! 朝飯だ! 都会の飯はすげぇらしいからな!」
「はいはい。……元気だなぁ、お前は」
俺たちは制服に着替え、食堂へと向かった。
廊下ですれ違う生徒たちが、俺たちのバッジを見てクスクスと笑う。
胸には『E』の刻印。
昨日、魔力測定で「35」と「測定不能」を叩き出した俺たちのランクだ。
ちなみに最高ランクは『S』。セドリックやアリシアは当然そこだろう。
完全に「カースト最下位」からのスタート。
だが、悪くない。
俺の目的は「魔王の息子とバレずに潜伏すること」。
最底辺にいれば、誰も俺が「世界を滅ぼす魔王の血族」だなんて疑いもしない。完璧な保護色だ。
†
教室に入ると、そこはすでに異様な熱気に包まれていた。
階段状になった講義室。
席順は成績順で決まっているらしく、最前列の特等席には、金髪を煌めかせたセドリックが優雅に脚を組んで座っていた。
その隣には、銀髪のアリシアが背筋を伸ばして教科書を読んでいる。
俺とゴランの席は、もちろん一番後ろの隅っこだ。
「よう、Eランク。空気が淀むから息を止めていてくれないか?」
通りがかりにセドリックが小声で囁いてきた。
相変わらずの通常運転だ。挨拶代わりに暴言を吐く機能でもついているんだろうか。
「おはよう、セドリック君。今日も眼鏡が光ってるね」
「……フン。減らず口を」
セドリックは興味なさげに視線を切った。
よしよし。俺への関心度は下がっているようだ。昨日の実技試験での「疑い」は、どうやら「木こりのマグレ」で処理されたらしい。
チャイムが鳴り、担任教師が入ってきた。
白髪の老教師だが、その全身から発せられる魔力は鋭い。現役を退いた元・宮廷魔術師といったところか。
「諸君、入学おめでとう。……だが、浮かれるのは今のうちだけじゃ」
老教師はチョークをへし折りそうな勢いで、黒板に大きく『3』と書いた。
「この数字が何かわかるか? アークライト」
「はい。我々が目指すべき『席』の数です」
セドリックが即答する。
「その通り。この学園には世界中から数百人の天才が集まっている。だが、卒業時に女神の祝福を受け、『真の勇者』として光の力を授かることができるのは、成績上位のたった三名のみ」
教室がざわつく。
知ってはいたが、改めて突きつけられると厳しい数字だ。
オリンピックのメダル争いよりも倍率が高い。
「残りの者は、どれだけ優秀でも『ただの騎士』や『魔術師』止まりじゃ。魔王の脅威に対抗しうる『光の力』は得られん。……つまり、隣に座っている友人は、蹴落とすべきライバルだと思え」
ピリッ、と教室の空気が張り詰めた。
全員の目に野心が宿る。
そう、これだ。この競争心こそが、人類を強くしてきた原動力。
(……へえ。人間もなかなかエグいことするな)
俺は頬杖をつきながら、黒板の『3』の数字を眺めた。
俺の目的もそこにある。
親父(魔王)には「闇」が効かない。
だから俺は、何が何でもその「トップ3」に入り、後天的に光の力を身体に埋め込まなければならない。
今はEランクの落ちこぼれだが、最終学年の時にはトップを奪う。
それまでは爪を隠し、実力を小出しにして順位を上げていく……そういう「成り上がり計画」だ。
「なぁゼノン。俺、計算苦手なんだけどよ」
隣でゴランが小声で聞いてきた。
「三つしかないってことは、俺とお前が入ったら、あと一つしか残らねぇってことか?」
「……すごいポジティブだね、ゴラン君。その自信はどこから来るの?」
こいつのメンタル、オリハルコンでできてるんじゃないか。
授業はそのまま「魔族の生態」についての講義に移った。
『魔族は残忍で知能が低い』『闇魔法は非効率で野蛮』といった、偏見に満ちた内容だ。
俺は心の中で「いや、うちはもっと文明的だし、闇魔法の方が燃費いいぞ」とツッコミを入れながら、退屈な時間を過ごした。
†
その日の夜。
寮の自室で、俺はベッドに寝転がりながら天井を見上げていた。
ゴランは「夜の素振りをしてくる!」と言って出かけている。元気すぎる。
「……さて。今日の復習でもするか」
俺は枕元に隠していたレポートを取り出した。
授業のノートではない。
魔王城からこっそり持ち出した、魔界の極秘通信端末(魔石型)だ。
ブゥン……と低い音がして、空中にホログラムのような文字が浮かぶ。
表示されたのは、今日の魔界の動向だ。
『第三王子ガルバス軍、人間界への侵攻準備完了』
『目標地点:聖国サンクタリア近郊』
「…………は?」
俺は思わず起き上がった。
文字を二度見する。
ガルバス。俺の兄の一人だ。
脳筋で、プライドが高くて、俺のことを「魔力だけの出来損ない」と見下している典型的な嫌な兄貴。
その兄貴が、なんでよりによって俺のいる学校の近くに来るんだよ。
「……あいつ、まさか」
嫌な予感がした。
親父(魔王)に、俺はこう嘘をついて出てきた。「人間界を内部から崩壊させるスパイ任務に行く」と。
それを聞きつけたガルバス兄さんが、「末っ子のゼノンに手柄を独り占めされてたまるか! 俺様が派手に暴れてやる!」と張り切ってしまった……というパターンか。
最悪だ。
もし学校が襲撃されたら、授業どころじゃない。
最悪、学校が閉鎖されたら、俺の「光の力ゲット計画」がパーになる。
俺は窓を開け、夜風にあたった。
目を閉じ、感覚を研ぎ澄ます。
「勇者」としての感知能力と、「魔族」としての波長同調。その両方を駆使して、遠くの気配を探る。
……いる。
学園から北へ十キロ。山岳地帯の裏側に、禍々しい魔力の塊が密集している。
隠蔽魔法をかけているようだが、甘い。俺から見ればキャンプファイヤーみたいに目立っている。
「……数千規模の軍勢か。本気で戦争する気だな、あの馬鹿兄貴」
ため息が出た。
明日には学校に通報が行くだろう。そうなれば騎士団が出動し、生徒も動員され、大騒ぎになる。
俺の静かな学園生活が台無しだ。
選択肢は二つ。
A:知らんぷりして学校側に任せる。
B:今すぐ行って、誰にもバレずに消す。
Aの場合、兄貴が捕まって俺の情報(正体)をゲロる可能性がある。
「俺の弟がそこに潜入してるはずだ!」なんて言われたら一発アウトだ。
……Bしかないか。
「やれやれ。入学二日目で徹夜仕事かよ」
俺はクローゼットから、漆黒のローブと仮面を取り出した。
魔王からもらった変装セットではない。
前世で俺が愛用していた、闇ギルド製の暗殺者装備だ。
制服を脱ぎ捨て、黒衣を纏う。
鏡の前には、昼間の「冴えない落ちこぼれ生徒」ではなく、冷徹な「闇の処刑人」が立っていた。
「ゴランが戻る前に片付けるか」
俺は窓枠に足をかけ、闇夜へと身を躍らせた。
身体強化魔法、フル展開。
風を切り、音もなく夜空を駆ける。
目指すは北の山岳地帯。
待ってろよ、兄さん。
可愛い弟が、教育的指導(物理)をしに行ってやる。
†
聖国北部の森。
そこには、異様な集団が陣を敷いていた。
オーク、ゴブリン、そして上級悪魔たち。
その中央にある豪奢なテントの中で、巨躯の魔族がワイングラスを傾けていた。
第三王子、ガルバス。
全身を魔導鎧で固め、巨大な戦鎚を傍らに置いたその姿は、まさに暴力の権化だ。
「クックック……。見ておれゼノン。貴様がコソコソとスパイごっこをしている間に、この俺様が人間どもの砦(学校)を粉砕してやるわ」
ガルバスは下卑た笑みを浮かべた。
「父上も、貴様のような軟弱者より、力で制圧した俺様の方を評価するはず。貴様の手柄は、全て俺様のものだ!」
部下たちが「さすがガルバス様!」「次期魔王はあなた様です!」とおべっかを使う。
上機嫌になったガルバスが、グラスを飲み干そうとした――その時だった。
――ヒュッ。
風切り音すらなく。
テントの入り口を守っていた二匹の上級悪魔の首が、ポロリと落ちた。
「……あ?」
ガルバスが間の抜けた声を上げる。
噴き出す血飛沫。
その向こうから、一人の小柄な影がゆらりと入ってきた。
黒いローブに、黒い仮面。
手には武器を持っていない。だが、その全身から立ち昇る殺気は、この場の気温を一瞬で氷点下まで叩き落とすほどに鋭かった。
「誰だ、貴様は! 人間か!?」
ガルバスが戦鎚を掴み、立ち上がる。
侵入者は、仮面の奥から低く、冷たい声を放った。
「……静かにしろよ、兄さん。近所迷惑だろ」
「な、に……?」
兄さん、と呼ばれたことにガルバスが眉をひそめる。
影が、ゆっくりと仮面をずらした。
月明かりに照らされたその顔を見て、ガルバスの目が限界まで見開かれる。
「ゼ、ゼノ……ッ!? 貴様、なぜここに!?」
「なんでって……そりゃあ、退学になりたくないからだよ」
俺は右手に、漆黒の魔力を圧縮させた刃を形成した。
「ここ(学校)は俺の狩場だ。邪魔をするなら――たとえ兄貴でも、消えてもらう」
学園生活を守るための、絶対に負けられない兄弟喧嘩が始まった。




