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第三話

聖国に入国してから数時間後。

 俺は勇者養成学校アカデミーの講堂にいた。

 広い。無駄に天井が高い。

 祭壇のようなステージには、歴代の勇者たちの肖像画がずらりと並び、シャンデリアからは聖なる光が降り注いでいる。

 さすがは世界各国の出資で成り立つ超エリート校だ。貧乏性な魔族の感性だと、このシャンデリア一つでオークの集落がいくつ買えるか計算してしまう。

「すげぇなぁ! やっぱ都会の学校は違うぜ!」

 隣でバシバシと俺の背中を叩く男がいる。

 入国ゲートの列で、「お前も緊張してんのか? 俺もだ!」と勝手に話しかけてきた巨漢、ゴランだ。

 身長は二メートル近い。丸太のような腕に、赤銅色の肌。背中には自分の身長ほどもある巨大な戦斧を背負っている。

 どう見ても魔法学校の生徒というより、山賊の親玉だ。

「なぁゼノン! あのキラキラした石、食ったら甘い味がすんのかな?」

「……シャンデリアは食べ物じゃないよ、ゴラン君。あと、声が大きい。みんな見てる」

「おっと、すまねぇ! 俺、興奮すると声のボリューム調整がぶっ壊れちまうんだ!」

 ガハハ、と笑うゴラン。

 周囲の貴族やエリート受験生たちが、「なんだあの野蛮人は……」と冷ややかな視線を向けてくる。

 だが、俺にとってこいつは都合が良い。

 目立つバカが隣にいれば、地味な俺への注目度が下がる。「野蛮人の連れ」というモブの立ち位置を確保できるからだ。

「静粛に!」

 壇上に鋭い声が響いた。

 現れたのは、片目にモノクルをかけた神経質そうな教師だ。

「これより、第〇〇期勇者養成学校、入学選抜試験を開始する。まずは魔力測定だ。名前を呼ばれた者から前に出ろ」

 いよいよか。

 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

 この試験は、俺にとって最初の鬼門だ。

 魔王の息子である俺の魔力保有量は、ハッキリ言って異常だ。そのまま垂れ流せば、この会場ごと吹き飛ぶ。

 かといって、ゼロだと不合格になる。

 「そこそこの一般人」レベルに魔力を絞り出す。この繊細なコントロールが求められる。

(……大丈夫だ。前世のゲーム知識と、十五年間のイメトレがある)

 次々と受験生たちが水晶に手をかざしていく。

 『魔力値:300』『魔力値:450』……。

 ふむ。平均は三〇〇から五〇〇といったところか。

 たまに八〇〇超えが出て「おおっ」とどよめきが起きる。

「次。受験番号402番、セドリック・アークライト」

 名前が呼ばれた瞬間、会場の空気が変わった。

 優雅な足取りで壇上に上がったのは、金髪を綺麗に撫でつけた少年だ。

 銀縁の眼鏡の奥にある瞳は、周囲の人間を「有象無象」としか見ていない。

 教会の推薦枠。次期大司教候補とも噂される天才。

「フン。触れるまでもない」

 セドリックが優雅に水晶へ指先を触れる。

 瞬間。

 カッ!!

 会場全体が白く染まるほどの眩い光が溢れ出した。

 水晶が共鳴音を立てて震える。

『魔力値……せ、一八〇〇!?』

 試験官の声が裏返った。

 会場が静まり返り、爆発的なざわめきに変わる。

 平均の四倍以上。化け物だ。

「……測定器の限界か。まあ、こんなものでしょう」

 セドリックは眼鏡をクイと押し上げ、勝ち誇った顔で降りてきた。

 すれ違いざま、俺とゴランを見て鼻を鳴らす。

「そこをどきたまえ、平民。魔素の残滓(残りカス)で服が汚れる」

「ああん? なんだとテメェ!」

「よしなよゴラン君。……道を開けよう」

 俺はいきり立つゴランを抑え、道を開けた。

 セドリックは俺を一瞥もしない。完全に視界に入っていない扱いだ。

 いいぞ、その調子だ。俺に関心を持つな。

「次、403番。ゼノン」

 俺の番だ。

 深呼吸を一回。壇上へ上がる。

 水晶の前に立つ。

 

(目標値は、目立たず、かつ不合格にならない『三〇〇』ジャスト)

 俺は右手をかざした。

 体内で渦巻く、漆黒の大河のような魔力。そのほんの一滴、針の穴を通すような微量を指先に集める。

 出ろ、チョロっとだけ出ろ……!

 ――シーン。

 水晶は、沈黙していた。

 光らない。音もしない。

「……あれ?」

 おかしいな。絞りすぎたか?

 もう少し蛇口を開けるか。

 ――ピカッ。

 一瞬、豆電球のような弱々しい光が灯り、すぐに消えた。

『魔力値……五』

 試験官が困惑した顔で告げた。

 五。

 五〇〇でも五〇でもない。五だ。

 スライムでももう少しあるぞ。

「ぶっ、ククク……!」

「なんだあれ、ゴミか?」

「よくあれでここに来れたな」

 会場から失笑が漏れる。

 セドリックが「時間の無駄だ」とばかりに溜息をつくのが見えた。

(ち、違うんだ! 俺の魔力が濃すぎて、水晶側が異物として認識してフィルタリングしちゃってるんだよ!)

 魔王クラスの「闇」魔力は、人間用の測定器ではノイズとして処理される。

 想定外だ。まさかここまで反応しないとは。

 このままでは不合格だ。俺の野望が、入学前に終わる。

「……故障か? もう一度やってみろ」

 試験官が憐れむような目で言った。

 チャンスは一回。

 なら、次は少しだけ「質」を変える。前世の記憶を頼りに、魔力を「光」に近い波長へ無理やり変換して流し込む。

 だが、これは魔族の肉体には猛毒だ。指先が焼けるように熱い。

(……頼む、あと少しだけ!)

 俺は脂汗を流しながら、念じた。

 水晶が、ジジジ……と音を立てる。

『魔力値……三五。……判定、Eランク』

 試験官が首を振った。

「まあ、一般人の子供よりはマシか。筆記試験が満点なら、補欠で拾ってもらえるかもしれんぞ」

「……ありがとうございます」

 俺は力なく頭を下げ、壇上を降りた。

 会場中からの「雑魚認定」の視線が痛い。

 だが、ポジティブに考えよう。

 これで誰も、俺が「魔王の息子」だとは夢にも思わないはずだ。偽装としては完璧すぎる。

「おいおいゼノン! 元気出せよ!」

 戻ってきた俺の背中を、ゴランがバシッと叩いた(痛い。HPが減る)。

「魔力がダメなら筋肉があるじゃねぇか! 男は拳一つでなんとかなるって、うちの婆ちゃんも言ってたぞ!」

「……ありがとうゴラン君。君の優しさが、今は五臓六腑に染み渡るよ」

「おう! 次は俺の番だ、見てろよ!」

 ゴランが壇上に上がり、水晶に手を置く。

 ……光らない。

『魔力値、二。判定、測定不能(圏外)』

「ガハハハ! 俺、お前より低かったわ!」

 戻ってきたゴランが、清々しい笑顔でサムズアップした。

 こいつ、メンタル強すぎるだろ。

 こうして俺たちは、栄えある「Eランク(落ちこぼれ)コンビ」として、午後の実技試験へ進むことになった。

 †

 午後の実技試験は、屋外の演習場で行われた。

 内容はシンプル。

 魔法で造られたゴーレムを、制限時間内に倒すか、あるいはダメージを与えれば合格。

 ドゴォォォン!!

 爆音と共に、ゴーレムの上半身が消し飛んだ。

 放ったのは、もちろんあの男だ。

「聖なる槍よ、邪悪を穿て――『ホーリーランス』」

 セドリックが詠唱を終え、優雅に髪を払う。

 一撃必殺。文句なしのS評価。

 周囲の女子生徒たちが「キャー!」「セドリック様ー!」と黄色い声を上げる。

(……へぇ。今の年齢であの威力の光魔法を使えるのか)

 俺は冷静に分析する。

 今の俺が正面から「闇」でやり合えば勝てるが、人間として振る舞いながら勝つのは骨が折れそうだ。

 やはり、あいつが俺の席(トップ3)を争うライバルになるのは間違いない。

「次、ゼノン!」

 試験官に呼ばれ、俺は前に出た。

 手には、支給されたボロボロの木刀。

 対するゴーレムは、岩石でできた身長三メートルの巨人。

「おい、あの魔力35だぞ」

「魔法を使わずにゴーレムとやる気か?」

「死ぬんじゃねぇの?」

 外野の声が聞こえる。

 フン、見ていろ。

 魔力がダメなら、身体能力フィジカルで誤魔化すまでだ。

 俺は魔王の息子。その肉体強度は、ドラゴンの爪すら弾き返す。

 魔力強化なしの素の腕力だけで、この程度の岩石人形、デコピンで粉砕できる。

 ――だが、それはそれで怪しまれる。

 「魔力がないのに怪力」というのは、魔族の特徴そのものだからだ。

 だから、使うのは「技」だ。

 前世、闇の勇者として培った剣技。最小の力で、最大の破壊を生む技術。

(重心をずらし、自重を乗せて……コアを叩く)

 俺は木刀をだらりと下げ、ゴーレムの間合いに入った。

 ゴーレムが巨大な拳を振り上げる。

 遅い。あくびが出るほど遅い。

 俺にとっては止まって見える拳を、半歩の動きで回避。

 懐に潜り込む。

「……ふっ」

 短く息を吐き、木刀を一閃。

 狙うは膝の関節の隙間、魔力供給路の一点。

 パァン!!

 乾いた音が響いた。

 俺の木刀が、ゴーレムの膝を軽く叩く。

 見た目には、子供がチャンバラごっこをした程度の一撃。

 しかし――次の瞬間。

 ズズ……ズズズ……。

 巨体なゴーレムがバランスを崩し、轟音と共に崩れ落ちた。

 自重を支えきれなくなり、自壊したのだ。

「「「は?」」」

 会場の時間が止まった。

 魔法も使わず、派手なエフェクトもなく、ただ木刀でコツンとやっただけでゴーレムが倒れた。

 意味が分からない、という顔で全員が俺を見ている。

「……あー、運が良かったな。膝が脆くなってたみたいだ」

 俺はわざとらしく木刀を振り、汗を拭うフリをした。

 これなら「たまたま倒れた」「ラッキーだった」と言い訳できる。

「……判定、Cランク(合格)」

 試験官が狐につままれたような顔で告げた。

 よし、計画通り。

 目立たず、しかし合格ラインはキープ。完璧なモブ・ムーブだ。

 俺はホッとして、元の位置に戻ろうとした。

 その時。

「……待ちたまえ」

 不快な声が俺を呼び止めた。

 セドリックだ。

 彼は眼鏡の奥の瞳を細め、探るような視線を俺に向けていた。

「今の動き……魔力強化を使っていないな? それどころか、身体強化すらしていない。素の身体能力と、異常なまでの動体視力」

「……何のことかな? 僕はただ、必死に避けただけで」

「とぼけるな。あのタイミングでの回避、そして重心崩し。偶然でできる芸当じゃない」

 セドリックが一歩、俺に近づく。

「君、何者だ? 魔力値35のゴミかと思っていたが……ただのゴミではなさそうだな」

 ……めんどくさい。

 なんでこの学校の生徒は、どいつもこいつも勘が鋭いんだ。

 俺は愛想笑いを貼り付けた。

「田舎で木こりをしてたから、足腰だけは強いんです」

「木こりだと? ふん、平民らしい言い訳だ」

 セドリックは鼻で笑ったが、その目は笑っていなかった。

 完全に警戒されている。

 そしてもう一人。

 離れた場所から、あの銀髪の少女――アリシアが、俺の木刀をじっと凝視していた。

 その瞳には、困惑と、微かな興奮が宿っている。

(……あの構え。まさか、お祖父様の言っていた『幻の古流』……?)

 彼女の視線が痛い。

 俺は心の中で頭を抱えた。

 魔力測定で底辺を叩き出し、実技では地味にやり過ごす。

 その作戦は成功したはずだ。

 なのに、なんで入学初日から、学年のツートップ(ヒロインとライバル)の両方にロックオンされてるんだ?

「ゼノン! お前すげぇな! ゴーレムが勝手に転んだぞ! 日頃の行いがいいんだな!」

 唯一、ゴランだけが屈託のない笑顔で俺の肩を揺さぶってくる。

 ああ、癒やされる。

 この学園で、俺の秘密に気づかないのは、この筋肉ダルマだけかもしれない。

 こうして。

 俺の「落ちこぼれ(実は魔王の息子)」としての学園生活は、初日から波乱含みでスタートしたのだった。


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