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第1話/もうカンテラの灯は既に

 もうカンテラの灯は既に薄ら青い朝霧と混ざった。親兄弟と縁者共々追っ手は撒けたようだ。遠く故郷の村が淡く明るい。

「帰れない、か」

 少しばかり震えた音が、こぼれた気がした。ナイフを向けるあの顔と悲鳴はもう頭から剥がれてほしかった。現実逃避と(ない)()ぜにあって無我に駆けても、駆けても喉が痛まず脚さえ重くならないのは幸いだった。でも頻りに隙間だらけの(ほね)(あたま)がからから鳴ってんのが煩わしい。乾風からっかぜが身に凍みては白い息が漏れるばかりで、頭骨を掻くが痒みに届きさえしない。

 僕は人間なんだよ……なんだって、こんな、本当にっ! 昔、稼ぎの少なさから親に売られて奴隷になって! 買われた先でも製本やらをしては生き長らえていた。ただ生きていた。

 暑苦しい日、思えば昼か、街がおかしくなった。たまの来客も来なくて、うつ伏せながら一際雑然としている大通りをぼんやり眺めていて気付いた。白い化け物が降ってくるあの空は鮮やかで目に悪い色だった、赤青黄の絵の具を水に浮かべたようなマーブル模様だ。どこかから錆臭さが鼻を突いてくる。急いで体を動かした。意味も分からずどこへかも分からずとにかく逃げ出そうとして、腕を掴まれて血の気が消えた、筈だ。

 それで瞼を開いた、昔の景色だった、僕の姿を忘れたか叫ばれ……逃げ出した、日が覗きだしていた。

『人、じゃねぇな。いつあんなバケモンが入ってきたんだ?』

 意識は確かにある。だが骨だ、つまずいてでも逃げ出すしかなかった。背後から風に乗ってきた冷静らしさの戻った声は、お前の子供と僕が同じ人だとは結び付いていない証と思えた。

 未来から戻ってこれたのは骨になった僕の死体だったんだろう。こんなことなら僕が僕のまま死にたかった。


 休むこともなく走り続けて怨み辛みも和らいできた。あんな親は親とも思わない、それが心の安らぎになったのかもしれない。……ああ逃げたところで何が出来るんだ骨野郎のクセに。なんとも投げやりか。妙に他人事とも感じて嫌気が差す。記憶は薄れもしなかったが感情は儚かったらしい。

 軽い頭を抱えながら5メートルほどあった樹木に寄りかかる。多少の雨は凌げるいい場所だ。村から最も近い緑園街、かの街の端に入り込んでいるロペル森林は鬱蒼としている。今居るこの森が焼け焦げていないことからも過去に戻ってきたんだと実感させられた。

 乾いた息と、蒼空を仰ぐ。先の木葉から燦々と陽が差し込んだ。日は上がっているが体は灰とも化していない。英雄譚の化け物とは違ったか。現れるかも知れない英雄に殺してくれはしないんだ。

 ……僕は人間だってんだよ。

 強張る拳をしつけても樹の汁で汚れるばかり。人に戻りたい、人として死にたい、だがどうやって。そもそもあの白い化け物が原因だってんのか、分からない、調べなきゃ。それしか辿れる道が無い。

 まず今はいつなんだ。災害で離散した村が相も変わらずに元通りになっている。寂れ崩れた村をこの目で見たのは10年前。ロペル森林焼失は15年前だったはず。およそ15年以上は遡っているのだろう。

 加えて、白い化け物を示唆する内容があるかさえ分からないが、しかし文献にも当たりたい。この際手がかりになるなら神話でも物語でもいい。ああ……そもそも文献なんて街中でもなけりゃ見つからないな。滅んだ街なんかには無いだろう。なにより金になるから持ち出されている。

 本も正確な日付も調べられるだろう街に行くしかない、か。今は骨、姿を隠せる物が欲しい。服を羽織って包帯でも巻いておけば言い訳できるな。

 問題の仕入れ先は……立ち上がって腰の土、頬骨を叩いた。

「街で盗もう」

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