自滅 -合衆国最後の大統領-
初めての小説投稿となり、まだ慣れていないので誤字脱字など読みづらいところがあるかもしれません。
どうか温かい目で読んでいただけると幸いです。
第1章:最後の大統領
2029年1月20日、ワシントンD.C.の空は灰色の雲に覆われていた。冷たい風が星条旗を揺らし、議事堂の前には異様な静けさが漂っていた。
新大統領エドワード・グレイの就任式は、厳粛というより不気味な雰囲気に包まれていた。55歳のグレイは、黒いスーツに身を包み、顔には一筋の感情も浮かべていなかった。
彼の目はまるでガラス玉のように冷たく、集まった群衆を貫くようだった。「アメリカ合衆国の国民の皆様」と、グレイはマイクに向かって話し始めた。声は低く、抑揚がなく、まるで機械が読み上げるような無機質さだった。
「この国は、長い歴史の中で多くの試練を乗り越えてきました。私はこの国の歴史を背負い、新たな時代を切り開く責任を負います。私はここで宣言します。私がアメリカ合衆国『最後の大統領』となるでしょう。」
会場は一瞬にして凍りついた。記者たちは目を丸くし、閣僚たちは顔を見合わせた。群衆の中からは困惑のざわめきが広がり、テレビ中継を見ていた国民の間に動揺が走った。
「最後の大統領」とは何か? 比喩か、脅しなのか、それとも狂気なのか?演説後、記者会見の場で、AP通信の記者が手を挙げた。「グレイ大統領、『最後の大統領』とはどういう意味ですか?」
グレイは無表情のまま、記者の目をじっと見つめた。会場にいた誰もが、彼の視線に背筋が凍る感覚を覚えた。「その言葉の通りです。何も特別な意味はありません。」
彼の声は冷たく、まるで人間の感情を欠いたロボットのようだった。記者たちはさらに質問を重ねようとしたが、グレイは一言も発さず、壇上を後にした。
その夜、ホワイトハウスの執務室。グレイは一人、窓の外の暗闇を見つめていた。部屋は異様に静かで、時計の秒針の音だけが響いていた。ふと、彼の唇がわずかに動いた。「アメリカは…浄化されるべきだ。」その言葉は誰にも聞こえず、闇に溶けた。
回想:1999年、ペンシルベニア州ピッツバーグ
25歳のエドワード・グレイは、反戦活動家として街頭でビラを配っていた。
細身の体にボロボロのデニムジャケット、髪は長く、目は理想主義の炎で燃えていた。彼は日本への原爆投下、ベトナム戦争での枯葉剤使用、パナマ侵攻での民間人虐殺を糾弾するパンフレットを手に、声を張り上げていた。「アメリカは正義の国じゃない! 帝国主義の罪を認めろ!」
だが、群衆は冷ややかだった。通り過ぎる人々は彼を「過激派」と呼び、嘲笑した。それでもグレイは諦めなかった。
彼の研究は深く、アメリカの戦争犯罪の記録を詳細に調べ上げていた。広島と長崎の被害者の写真、ミライ虐殺の生存者の証言、パナマの瓦礫の中で泣く子供たち――それらは彼の心に焼き付いていた。
その年の秋、運命の日が訪れた。グレイがアパートに戻ると、ドアが半開きになっていた。心臓が早鐘を打った。「エミリー? トム?」 妻と息子の名を呼びながら部屋に飛び込むと、そこには血と硝煙の匂いが充満していた。妻エミリーと5歳の息子トムは、床に倒れ、動かなかった。
CIAの極秘作戦による「誤認殺害」だった。反戦活動家を監視していたCIAが、グレイを「危険人物」と誤認し、家族を標的にしたのだ。グレイは膝をつき、妻の冷たくなった手を握った。
涙が頬を伝い、嗚咽が漏れた。「なぜ…なぜだ…」 しかし、その夜を境に、彼の涙は枯れた。翌朝、彼は鏡の前に立った。そこに映るのは、かつての情熱的な若者ではなく、感情を失った無機質な顔だった。瞳は空虚で、唇は固く閉じられていた。彼は心の中で誓う。
「アメリカは他国の人間たちを殺し搾取するだけではない…。自国民すら守らず切り捨てる国だ…。こんな国は、滅ぼすべきだ。アメリカ…お前を許さない。」
2029年、ホワイトハウスの首席補佐官サラ・ミラーは、グレイの就任演説を振り返りながら不安に駆られていた。40歳の彼女は元調査ジャーナリストで、鋭い洞察力を持つ。
グレイの無表情な顔と機械的な声が、彼女の脳裏にこびりついていた。「あの人は…本当に人間なの?」 サラは自分のオフィスの机で、グレイの過去のファイルを調べ始める。だが、CIAの機密扱いとなっている部分が多く、アクセスが制限されていた。
第2章:愚策の連鎖
グレイ政権の最初の数ヶ月は、アメリカに未曾有の混乱をもたらした。グレイは矢継ぎ早に政策を発表したが、その全てが国家を弱体化させるものだった。
まず、主要産業の国有化を強行。エネルギー、通信、輸送の大企業が政府の管理下に置かれたが、運営は杜撰で、生産性が急落。
次に、大増税を導入。富裕層だけでなく中産階級にも重税が課され、消費が冷え込んだ。
さらに、グレイは国境の全面開放を宣言。パスポートもビザも不要で、誰でも自由にアメリカに出入りできるようにした。
この政策は、洪水のような移民の流入を引き起こした。南米や中東からの難民、経済移民が国境を越え、都市部は過密状態に。ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴでは食料や住居を求める人々で溢れ、住宅不足、食料不足が深刻化し、犯罪率が急上昇した。
ギャングが街を徘徊し、警察は対応しきれなかった。グレイはこれを「多様性の勝利」と呼び、無表情でテレビ演説を行った。「アメリカは全ての人を受け入れる国です。壁はもう必要ありません。」 国民は彼の言葉に戦慄した。その声には人間らしい感情が一切なく、まるで死の宣告のようだった。
グレイはさらに、「反逆罪」を制定した。政府の政策に反対する者、グレイの意図を疑う者を逮捕し、「再教育施設」に送る法律だった。国家安全保障顧問のロバート・ケインは、これに激しく反発した。「大統領、これは狂気の沙汰だ! 国民を敵に回す気か?」
だが、グレイはケインを一瞥し、冷たく答えた。「ケイン顧問、反逆は浄化されるべきです。あなたもその一部にならないよう、注意してください。」 ケインの背筋に冷たいものが走った。グレイの目は、まるで魂のない虚空のようだった。
一般市民のジョー・スミスは、オハイオ州コロンバスで妻リサ、息子マイク(16歳)、娘エマ(12歳)と暮らしていた。
ジョーグレイの政策で仕事(工場労働者)を失い、生活は困窮していた。街では暴動が頻発し、夜になると銃声が響く。
リサは怯えた声で言った。「ジョー、この国はもうダメよ。カナダに逃げましょう。」 ジョーは迷っていた。アメリカを愛していたが、子供たちの安全を考えると、選択肢は一つしかなかった。
「よし、荷造りを始めるぞ。」 家族はバンに必要最低限の荷物を詰め始めた。だが、窓の外では、燃える車と叫び声が近づいていた。
サラ・ミラーは、グレイの政策の背後にある意図を探るため、CIA長官ヴィンセント・クロウに接触した。クロウは60歳の冷徹な男で、グレイの過去に何か知っているようだった。「ミラー補佐官、深入りしない方がいい。大統領の過去は…触れられない闇だ。」 クロウの言葉に、サラは恐怖を感じた。
第3章:分断の選択
2029年秋、グレイは国民に向けて衝撃的な声明を発表した。テレビ画面に映る彼は、いつものように無表情で、背景の星条旗がまるで色あせているように見えた。
「アメリカ合衆国の国民の皆様、あなたがたに選択肢を与えます。生き延びたい者は国外へ出てください。死んでもいい者は国内に残っていただいて結構です。」
この声明は、国民を二つに分けた。出国を決意する者と、祖国に残る者。空港は人で溢れ、飛行機のチケットは高騰。国境では、カナダやメキシコに向かう車が長蛇の列を作った。
ロサンゼルス国際空港のターミナルは、「死にたくない!」「まだ生きたい!」と叫ぶ人々で溢れかえっていた。荷物を抱えた家族、泣き叫ぶ子供、押し合いへし合いの群衆。メキシコ国境の高速道路は、車と人で埋め尽くされ、進むことも戻ることもできない地獄絵図だった。
一方、国内に残る者たちもいた。反政府活動家のクロエ・ハリスは、ニューヨークのタイムズスクエアで抗議集会を組織。
数千人の若者が「グレイを倒せ!」と叫び、プラカードを掲げた。クロエはマイクを握り、声を張り上げた。「私たちはこの国を諦めない!グレイが何を企もうと、私たちは戦う!」だが、群衆の背後では、略奪者たちが店舗のガラスを割り、炎が夜空を赤く染めた。
ジョー・スミス一家は、カナダ国境を目指す準備を進めていた。バンに荷物を詰め、マイクとエマを後部座席に乗せた。
リサは涙ながらに言った。「ジョー、本当にこれでいいの? アメリカを捨てるなんて…」 ジョーは妻の手を握り、答えた。「家族が生き延びるためだ。グレイは…この国を破壊する気だ。」
夜道を走るバンのヘッドライトが、荒廃した高速道路を照らした。遠くで爆発音が響き、ジョンはアクセルを踏み込んだ。
サラはグレイの声明の裏を探るため、CIAの機密ファイルに不正アクセスを試みた。そこには、グレイの家族の死に関する報告書があった。「標的誤認。エドワード・グレイの反戦活動が過激派と誤認された。」 サラは震えた。グレイの憎悪は、個人的な復讐と国家への失望が混ざり合ったものだった。
第4章:孤立の外交
グレイの外交政策は、アメリカを世界から孤立させた。アメリカを意図的に孤立させるために。彼は同盟国や友好国に対し、「欧州はアメリカの犠牲で繁栄してきた」、「アメリカは世界の支配者だ」と挑発的な発言を繰り返す。
さらに世界各国に高関税を課し、国際貿易を混乱させた。だが、最も衝撃的だったのは、軍事的な暴走だった。
アメリカ空軍がオーストラリアの旅客機を「誤認」で撃墜。乗客300人全員が死亡。
アメリカ海軍はフランスの豪華客船を撃沈し、1000人以上の犠牲者を出した。
アメリカ陸軍はカナダの高速道路を破壊し、物流を寸断。
グレイはこれらの攻撃を「遺憾だが必要な措置であった」と認めるも謝罪はしなかった。
世界は激怒し、国連総会ではアメリカ非難決議が全会一致で採択された。
NATO(北大西洋条約機構)は前例のない決断を下した。なんと、NATOはアメリカを除名し、さらに仮想敵国をロシアからアメリカに変更。
バルト海や地中海では、欧州の海軍や空軍が「アメリカに対する備え」として「対米軍事演習」を開始。イギリス、フランス、ドイツの戦艦がアメリカの侵攻を想定した訓練を行い、世界はアメリカを「脅威」と見なす。
かつての同盟国がアメリカを敵視する異常事態に。ロシアと中国は、グレイの行動を「自滅の道」と嘲笑しながら、影響力を拡大していった。
ロンドンやベルリンでは、アメリカ大使館前に抗議者が集まり、「グレイは戦争屋だ!」と叫んだ。
最も衝撃的だったのが、日本との関係逆転であった。
日本の西本健太郎首相は、ホワイトハウスの会談室でグレイと対峙した。日本は大胆な要求を突きつけた。全国の米軍基地の即時撤退、原爆投下と空襲の正式謝罪、莫大な支援金の支払い。驚くべきことに、グレイは全てを受け入れた。
「日本が望むなら、全て差し出しましょう。」 彼の声は無機質で、目は西本を貫いた。西本はグレイのあまりの寛容さに困惑し、思わず口を開いた。
「グレイ大統領、いったいどうなさったんですか? 言い方悪いですが、あなた変ですよ?」
グレイは一瞬沈黙し、唇の端がかすかに動いた。微笑みか、それとも何か別のものか。
「総理、何も心配することはありません。自国を優先してください。日本は長い間アメリカとは不平等な従順関係にありました。しかしそれもここでおしまいです。日本はやっと解放されるのです。それが私の望みです。」
彼の言葉は冷たく、まるで死神の宣告のようだった。西本は背筋に冷たいものを感じ、言葉を失った。
その夜、サラはCIA長官クロウと密会した。「大統領の計画は何か? なぜこんなことを?」 クロウは目を細め、答えた。「ミラー、グレイはアメリカを終わらせるつもりだ。だが、止められない。彼は…人間じゃない。」 サラはクロウの言葉に震えた。
第5章:逃亡の空
2029年冬、アメリカはもはや国家の体をなしていなかった。グレイ大統領の愚策により、国民の半分以上が国外へ脱出した。カナダ、メキシコ、欧州へ向かう難民船や飛行機は満員で、国境の道路は車で溢れかえった。
ニューヨークのタイムズスクエアはかつての輝きを失い、ガラスが割れたビルと燃える車が点在する廃墟と化した。
ロサンゼルスではギャングが街を支配し、警察は機能停止。特殊部隊すらグレイの「反逆罪」を恐れ、命令に従わなくなっていた。暴動は全国に広がり、放火、略奪、暴力が日常となった。空は煙で覆われ、夜は銃声と叫び声で満たされていた。
ジョー・スミス一家は、カナダ国境を目指し、オハイオ州からバンで北上していた。ジョーはハンドルを握り、妻リサは助手席で地図を確認。
後部座席では、息子マイクが妹エマの手を握り、怯える彼女を励ましていた。高速道路は渋滞で動かず、クラクションと怒号が響き合った。突然、前方の車列から銃声が聞こえ、暴徒が現れた。黒いマスクを被った集団が、車を壊し、荷物を奪い始めた。
「ジョー、早く!」リサが叫んだ。ジョンはバンを急発進させ、路肩を走ったが、暴徒の一人がバンの窓に石を投げつけた。ガラスが砕け、エマが悲鳴を上げた。
「パパ、怖いよ!」 ジョンは歯を食いしばり、アクセルを踏み込んだ。後方では、暴徒が別の車に火をつけ、炎が夜空を赤く染めた。マイクはエマを抱きしめ、震える声で言った。「大丈夫だ、エマ。カナダに着けば安全だ。」
数時間の逃避行の末、一家はカナダ国境の検問所にたどり着いた。検問所の警察官は、疲れ果てたスミス一家を見て優しく微笑んだ。「カナダへようこそ。もう大丈夫ですよ。」 その言葉に、リサは涙を流し、ジョーは深く息をついた。
エマはマイクの腕の中で小さく頷き、初めて安堵の表情を見せた。一家はバンを降り、新たな生活の第一歩を踏み出した。だが、彼らの背後で、アメリカの空は赤く燃え続けていた。
一方、国内の反グレイ派たちは、グレイの政策に抗う決意を固めていた。ニューヨークのタイムズスクエアでは、反政府活動家のクロエ・ハリスが群衆を率いる武装集団が「グレイを倒せ!」と叫ぶ。だが、彼女の背後では、燃えるビルと略奪の炎が夜空を赤く染めていた。
ホワイトハウスでは、グレイ大統領が執務室に一人佇んでいた。窓の外では、ワシントンD.C.の街が煙と炎に包まれていた。彼の無表情な顔に、初めてかすかな動きが見えた。
唇の端がわずかに上がり、まるで微笑むようだったが、それは人間の感情とは程遠い、異様なものだった。「これが…始まりだ。」 彼の声は低く、部屋の空気を凍らせた。
第6章:アメリカの生前葬
スイス、ジュネーブ。新国連本部のガラス張りの会議場は、静寂に包まれていた。アメリカの崩壊に伴い、国連本部はニューヨークから移転していた。
アメリカの国際的孤立は、もはや取り返しのつかない段階に達していた。グレイ大統領は、国連総会での演説に招待された最後のアメリカ代表として、壇上に立った。彼の黒いスーツはまるで葬送曲の衣装のようで、無表情な顔は各国首脳に戦慄を与えた。
グレイは静かにマイクに口を近づけた。
「世界の皆様。私はアメリカ合衆国の名において、過去の罪を謝罪します。ベトナム戦争、イラク戦争、パナマ侵攻、アフガニスタン戦争、そして広島と長崎への原爆投下…我々の手は血で汚れています。これらは全て、わが国の傲慢と帝国主義の結果です。私はここで、公式に謝罪します。」
彼の声は無機質で、感情の欠片もない。会場は静寂に包まれ、カメラのシャッター音だけが響く。
「アメリカは新たな道を歩みます。これが世界への最後の挨拶です。皆様との関係はこれで終わりです。さようなら。」
会場は静まり返る。首脳たちはグレイの言葉に凍りつき、彼のガラス玉のような瞳に恐怖を感じる。演説後、国連総会は即座に「アメリカに対する経済・外交的制裁」の決議案を採択。全会一致で可決され、ロシア、中国、EU、日本を含むほぼ全ての国が賛成に回った。
常任理事国の地位剥奪、そして国連そのものから除名。世界のほぼ全ての国がアメリカ合衆国と国交を断絶した。
グレイは壇上でその結果を聞き、無表情のまま頷き、「構いません。むしろ、そちらの方があなたがたのためになります。今後、我が国と関わっても貴国に何のメリットもありません。ですからどうぞご自由に。」と淡々と答える。
その言葉に、会場全体が凍りついた。西本は背筋に冷たいものを感じ、他の首脳たちも同様だった。フランスのゴベール大統領は隣のドイツ首相に囁いた。「あの男…人間じゃない。」 この出来事は後に『アメリカの生前葬』と呼ばれ、歴史に刻まれることとなる。
ホワイトハウスに戻ったグレイは、執務室の椅子に座り、窓の外を見つめた。ワシントンD.C.は暴動の炎に包まれ、遠くで爆発音が響いていた。彼は無表情のまま、独り言のように呟いた。「これでいい…。さあ、最終段階だ…。」 彼の声は、まるで死神が最後の宣告をするようだった。
第7章:自滅の炎
2029年12月、グレイ大統領は最後の、そして最も恐ろしい命令を発した。ホワイトハウスの会議室に集められた軍首脳たちは、グレイの無表情な顔を前にして震える。彼は静かに、しかし確固たる口調で言った。
「アメリカの主要都市と国土を攻撃して焼け野原にしなさい。必要であれば核の使用も許可します。国内の残留者もなるべくたくさん排除しなさい。手加減や遠慮は一切不要です。任務を果たした後はどうぞご自由に。」
陸軍参謀総長が立ち上がり、声を震わせて反発した。「大統領、これは狂気です! 自国民を殺せというのか?」
グレイは一瞥し、冷たく答える。「私は事前に国民に警告した。死にたくない者は国外へ出ろと。それでも国内に残った者は自己責任だ。」 その言葉に、誰も反論できなかった。
グレイの瞳は、まるで魂を吸い取るような闇を湛えていた。「反逆罪を忘れるな」と彼が付け加えると、会議室は死の静寂に包まれた。
米軍は、渋々ながらグレイの命令に従う。そしてアメリカの終焉が始まる。
ニューヨーク:マンハッタンの空を切り裂く戦闘機の轟音。F-35戦闘機がエンパイア・ステート・ビルにミサイルを撃ち込み、高層ビルが爆音とともに崩れ落ちた。瓦礫の下で市民の叫び声が響き、煙と炎が空を覆った。タイムズスクエアは血とガラス片にまみれ、かつての輝きは消え去った。
ロサンゼルス:海軍のミサイル巡洋艦が、ハリウッドの丘に向けてトマホークミサイルを発射。街は一瞬で火の海と化した。映画スタジオや住宅街が焼き尽くされ、逃げ惑う人々は炎に飲み込まれた。空は赤黒く染まり、まるで地獄の絵図のようだった。
ヒューストン:陸軍のM1エイブラムス戦車が、ダウンタウンの通りを破壊しながら進んだ。ビルが倒れ、道路が砕け、市民は逃げ場を失った。戦車の砲塔から放たれる砲弾が、ショッピングモールを木っ端微塵にした。子供の泣き声が響く中、兵士たちは無表情で任務を続けた。
シカゴ:ステルス爆撃機B-2が上空から精密誘導爆弾を投下。ウィリス・タワーが爆発し、ガラスと鉄骨が雨のように降り注いだ。街は瓦礫の山と化し、生存者は地下に逃げ込んだが、そこにも容赦なく爆弾が落ちた。
ワシントンD.C.:首都では、武装した兵士たちが市民を追い詰め、容赦なく射殺した。ホワイトハウスの前では、逃げ惑う人々が銃撃され、血の海が広がった。リンカーン記念館は爆破され、星条旗は燃え落ちた。空には無人ドローンが飛び、生存者を次々と抹殺した。
首席補佐官サラ・ミラーは、グレイの命令を知ってCIA長官クロウ
とホワイトハウスの核シェルターへ向かっている途中で兵士たちに見つかり射殺されて命を落とす。サラは息絶える直前にこう叫んだ。「グレイ! あなたを許さない…!」
そして最後の惨劇が訪れる。アメリカ各地に核ミサイルが着弾した。マイアミ、ダラス、シアトル、ボストン――主要都市が次々と白い閃光に飲み込まれた。
人工衛星が撮影した映像は、炎で赤く光る斑点に覆われたアメリカ国土を映し出す。それは1945年の広島と長崎を彷彿とさせる光景だった。グレイがかつて糾弾した原爆投下が、今、彼自身の命令でアメリカに繰り返されたのである。
反グレイ派のクロエ・ハリスは瓦礫の中で仲間と共に戦ったが、爆撃で命を落とした。クロエは息絶える直前こう叫んだ。
「グレイ…!貴様なんか地獄に堕ちてしまえ…!」
グレイ自身は、命令を発した直後、ホワイトハウスから姿を消した。専用機もヘリコプターも使わず、彼はまるで幽霊のようにいなくなり、そのまま消息不明となった。
第8章:超大国の終焉
2030年1月、アメリカ合衆国は国家としての機能を完全に失った。政府は消滅し、州は独自に「共和国」を宣言。カリフォルニア共和国、テキサス共和国、ニューヨーク共和国、フロリダ共和国、イリノイ共和国、マサチューセッツ共和国、ペンシルベニア共和国、ハワイ共和国、アラスカ共和国など、このように50の州がそれぞれ独立国家として分裂。
しかし、新たに独立した「国々」は互いに対立し、資源や領土を巡って争いが始まった。かつての超大国は、瓦礫と憎悪の荒野と化し、
かつての星条旗は、瓦礫の中で風に揺れ、色褪せていた。
国連は、アメリカを「国家として承認しない」決議を採択。かつての超大国は、歴史の教科書の中で「過去の存在」となった。グレイは自身の宣言通り、「アメリカ合衆国最後の大統領」となった。
ジュネーブ、新国連本部
世界の首脳たちは、グレイとアメリカの崩壊を振り返る緊急会議を開いた。
会議室は重い沈黙に包まれ、誰もがあの無機質な男の顔を思い浮かべていた。
日本の西本首相が口を開いた。「グレイ大統領のあの無機質な声と言葉、今でも忘れられない…。」
グレイは最後の日米首脳会談終了後、西本にこう言っていたという。
『私の目的はアメリカの自滅だ。君たちとの会談はこれが最後になる。もうすぐアメリカはこの地球上からなくなり、私ももうすぐいなくなる。今まで世話になった。ありがとう。ではお元気で。』
それはまるで別れの挨拶のようだった。
中国の李国家主席が頷いた。「ああ。わが国との最後の首脳会談の時も、まるでロボットと会話をしているような感覚だった。彼には本当にゾッとした…。」
ロシアのドミトリエフ大統領が低い声で言った。「終始ずっと無表情で、まるで魂のない人形のようだったな…。今思い出しても背筋が凍る。」
ブラジルのカマルゴ大統領が困惑した表情で呟いた。「なぜあの大統領は自分の国を滅ぼしたのだろうか…。」
フランスのゴベール大統領が重々しく答えた。「後から知ったことなんだが、グレイ大統領は自分の国を相当憎んでいたそうだな…。」
インドのシャルマ首相が、震える声で締めくくった。「ひょっとすると、彼は人間ではなく神か悪魔だったのかもしれない…。」
首脳たちは顔を見合わせ、誰もが同じ疑問を抱いた。「そもそもあの男は人間だったのか?」 その問いは、答えのないまま空気に溶けた。
グレイの消息は不明のままである。ある者は「南米のジャングルで目撃した」と言い、別の者は「核爆発で死んだ」と主張した。極端な者たちは「彼は人間ではなく、別の存在だった」と囁き、グレイは都市伝説と化する。
カナダ、オンタリオ州
スミス一家は、カナダの小さな町で新たな生活を始めた。現地の住民たちは、疲れ果てた一家を温かく迎え入れた。近所の女性がリサに声をかけた。「それは大変だったわね…。でもここなら大丈夫ですので安心して暮らせますよ。」
新天地で無事新たな職にもついたジョーは妻と子供たちに微笑みかけた。「ここならもう何も心配ない。安心して暮らせるからな。」 マイクとエマは、新しい家の窓から雪景色を眺め、初めて笑顔を見せた。一家は過去の恐怖を背に、新たな希望を抱いて歩み始めた。
【完】