89話 ~食糧支援~
一度降り出した雨は止むことを知らず、次第に勢いを増していった。
濡れた外を憂鬱そうに見つめる一行の中で、ただ1人、優人だけはその雨に感謝していた。
エナはようやく落ち着きを取り戻し、ガルーダのアジトの洞窟内で温かいお茶を口にしている。
周囲にはガルーダの部下たち。その数、およそ100人。
大半は、エアルの処刑に憤って騎士を捨てた元・上級騎士たちだった。
これほどの援軍が加わったことに、クラインもエナも胸を撫で下ろす。
先ほどのエナの暴走と、それを受け止めた優人の立ち回りを見たガルーダは、
「エアル団長の気持ちを汲んでくれたことに感謝する」と言って、
この作戦に全面的な協力を約束してくれたのだ。
この洞窟からなら砦の中が一望できる。
優人は、ここから大砲を撃ち込むことが可能だと判断していた。
「なぁ、ガルーダ。この位置からなら砦に大砲を撃ち込めるか?」
わかり切ったことだが、優人はあえて直接ガルーダの口から聞きたくて尋ねる。
「ああ、できるが……砦に大砲を撃つとは、どういうつもりだ?」
訝しむガルーダに、優人は指をさした。
「鉄の弾や炸裂弾じゃなく、これだ。プラムを詰めてくれ。」
「プラム……?」
ガルーダはその果物を見て、一拍置き、すぐに察したように笑った。
「なるほど。食糧支援か。面白い発想だ。」
「だが、大砲の音でこの場所がスールムにばれないか?」
クラインが慎重に異を唱える。
「大丈夫だ。この雨だ。音は雨音にかき消される。しかも今は皆テントにこもっている。気づかれにくい。」
「なるほど……だから雨を見て嬉しそうにしていたのですね?」
「ああ。……それだけじゃないけどな。」
意味深に返しながら、優人はプラムを布で束ね、木枠に詰め釘で固定していく。
すぐにガルーダや山賊たちも加わり、作業は進んだ。
準備が整うと、大砲が火を噴く。
ドォン――!
プラムを詰めた砲弾は、見事に砦の内部へと届く。
続けて山賊たちが双眼鏡で中を監視した。
「負傷者なし。……プラムの周りに人だかりができています!」
「おう。」ガルーダが短く返す。
「おい、女と……子どももいるぞ!」
その報告に、誰よりも早く反応したのは優人だった。
「双眼鏡を貸せ。」
息を呑みながら覗き込む。――そこにいた。
「……綾菜だ。」
人垣の中に、不釣り合いな2人の女性と、2人の子ども。
一人は司祭の格好。そしてもう一人は、見間違えるはずがない顔。
2か月と少し――天上界に来てからまだそれだけしか経っていない。
あまりに多くのことがありすぎて、もっと長い時間が経った気がする。
まさか、こんなに早く再会することになるとは。
プラムを手に取った綾菜は、周囲の騎士たちが警戒する中、迷いなくかぶりつき、笑って見せる。
そしてもう一つを手に取り、子どもに渡し、次には騎士に投げていた。
「……馬鹿野郎。」
優人は双眼鏡越しに、懐かしいその顔を見つめてつぶやく。
空腹で、辛いはずなのに。
笑って、みんなを気遣って――地上界にいたときと何も変わらない。
湿っぽい雰囲気が嫌いで、いつだって明るく振る舞っていた。
―10年前に死別した婚約者を、ずっと待っているくせに。
あのメイドの言葉が頭をよぎる。
優人は視線を落とし、唇を噛んだ。
「……待ってるなら、安全な場所で大人しくしてろよ。馬鹿あや……。」
そして小さく、決意のように呟く。
「もうすぐ助けに行くから。……あと少しだけ待ってろ。」
力強く双眼鏡を置いた優人は、振り返り、ガルーダたちに声を放った。
「これから戦闘準備に入る。……もう一度、俺の口から頼む。みんな――力を貸してくれ!!」
その声に、洞窟中から大きな歓声が沸き起こる。
ガルーダ山賊団は、国を愛しながらも背を向けざるを得なかった者たち。
心の奥底には、まだ国を守りたいという誇りが残っていた。
――迷いはもう、ない。
「で、優人よ。どう攻める? 敵は8,000。砦に800。ここに100。900人しかいない。」
「それを踏まえての作戦だ。聞いてくれ。」
優人の声は低く、しかし熱かった。
「まず、絵里、クライン、エナを含む全員で、この丘の上にある湖にダムを作ってほしい。」
「ダム? この雨の中に? それって危なくない?」
絵里がすぐに眉をひそめる。
「風水魔法で水の流れを一時的に止めて、その間に木を組めばなんとかなるはずだ。」
優人は迷いなく答える。
「簡単に言うけど、湖の河口を塞ぐなんて相当な魔力がいるのよ? 私1人じゃ無理だからね?」
絵里が不満を漏らすと、クラインが静かに前に出た。
「では、私が協力します。湖程度なら、私の力でもせき止められます。」
驚いて目を見張る絵里に、クラインが苦笑いを浮かべる。
「……私、一応は五英雄の一人で、風水魔法だけで宮廷魔術師を務めているんですけどね。」
そのやり取りに、ガルーダが鼻で笑い、優人へ視線を戻す。
「ダムを作って、どうするつもりだ?」
「ダムで川を止めれば流れが弱まる。
そこを利用して、ガルーダ山賊団に川を渡って奇襲をかけてもらう。
敵は大橋以外からの襲撃なんて想定していないだろう?」
「なるほど……普通なら橋以外は考えないな。だが、それで8,000をどうにかできるのか?」
「いや、目的は殲滅じゃない。まずは救出だ。
夜明け前、俺が橋から単独で潜入し、暗殺と情報操作で混乱を起こす。
その隙にガルーダ山賊団は川を渡って砦に合流、騎士たちを川から撤退させる。
撤退が終わったらダムを壊し、渡ってくるスールム兵を一気に濁流で押し流す。」
ガルーダの目が鋭くなる。
「……なるほどな。この大雨だ。
水量は膨れ上がり、この丘全体が水に沈む。
しかし、それでも8,000人殲滅には届かんだろう… 本当に何を考えてやがる?」
「ああ……察しがいいな、ガルーダ。」
優人の目が細められる。
「……おい。まさかお前――」
「そうだ。撤退したあとスールム兵は大橋から村を狙ってくるかもしれない。
だから俺は、殲最後の保険として、ここで全てを終わらせる。」
「バカな! そんな作戦を騎士が許すはずがない!
そのやり方は、騎士の誇りを根底から否定するものだぞ!!」
ガルーダの声が低く震える。
「ちょっとちょっと!」
険悪な空気に、絵里が慌てて割って入る。
「なんでダム作りがそんな大ごとになるのよ?」
絵里の問いに、ガルーダはしばらく黙り込む。
優人が代わりに口を開いた。
「……スールム兵を全滅させる最終段階の仕掛けは、まだ言えない。
だがその後、俺が責任を持ってフォローする。
最終的にはジールド・ルーンの国力も上がるし、ガルーダたちも悪いようにはしない。
今は……信じてくれとしか言えない。」
「この作戦は、砦の救出さえ成功すればそれで勝ちだ。
最悪の場合でも、俺たちごとスールム兵を押し流せる。――殲滅は確定している。」
ガルーダは唇を噛みしめながら、それを聞いていた。
「……ふん。分かった。お前の作戦に乗ってやる。交渉は砦の責任者アレスと直接やれ。」
「助かる。」
優人の瞳には迷いがなかった。




