81話~邪竜討伐~
それから数日後。
ジールド・ルーンの城下町に掃除をさせられている5人の姿があった。
理由は、立ち入り禁止の聖山フラゼンガードに侵入した罰則である。
本来ならもっと重い罪に問われるところだが、ドラグシャーダ竜騎士の殲滅という功績を考慮され、城下町の大掃除で済まされたのだった。
それでもシンは、むすっとした顔のまま掃除をしていた。
「いつまで仏頂面してるんですか? 国民が見てますよ?」
ラッカスが隣でゴミを拾いながら声を掛ける。
「おかしいだろ? フラゼンガードに行ったからドラグシャーダの竜騎士を潰せたんだぞ?」
シンはラッカスに愚痴をこぼした。
「本来は立ち入り禁止の山なんです。見せしめとして罰を与えなければ、法の威力が弱まりますから」
ラッカスはシンをなだめるように優しく言う。
「それでもだよ。俺たちは騎士だぞ? ドラグシャーダ総攻撃がまだ終わってないんだから、そっちに行かせるべきじゃねぇのか?」
シンの不満は止まらない。
「これ以上俺たちが戦果を挙げたら、ジールド・ルーンの騎士は俺たちだけみたいに見えるだろ?
お前はいつも目立ちすぎなんだよ」
ゴミをぽんぽんと投げながら遊んでいたダレオスが会話に割り込んだ。
「てめっ! サボってんじゃねぇよ! 元はと言えばお前の親父が出した罰則だぞ!」
シンの八つ当たりがダレオスに向かう。
「ああん? 関係ねぇよ! 俺はさっきまでやってたんだ!」
ダレオスがシンに絡み返す。
「掃除は終わるまでが掃除なんだよ!」
シンも負けない。
「子どもか」
エアルがぼそっと呟いた。2人は同時にエアルを睨む。
「そもそもお前が事の発端だろうが!」
シンの怒りの矛先はエアルに移る。
「バカ言うなよ。さっきお前が言ったじゃん?
ドラグシャーダの竜騎士を潰すためにやったことだって。お前の理論でいけば、俺は悪くないだろ?
悪いのはダレオスの頭の固い親父さんだよ!」
エアルも言い返し、今度は2人でダレオスを睨む。
「キリがないですよ。早く掃除を終わらせましょう」
ラッカスが言った。
「ところで、クラインのやつはどこだ?」
シンが今度はクラインを探し出す。
どうやらシンはこういう地味な作業が嫌いらしい。もっとも、ダレオスもサボっていたが……。
周りを見渡すと、少し離れた場所で本を読んでいるクラインを見つけた。
「あ! ラッカス! あいつサボってやがるぞ!」
シンは何故かラッカスに告げ口する。そんなシンにラッカスはため息をつき、答えた。
「クラインは風の物理操作でゴミを一か所に集めながら本を読んでるんですよ」
ラッカスの言葉に、シンだけでなくエアル、ダレオスも不満げな顔を浮かべる。
「そ……それでも、これは見せしめだろ? 絵的にダメだろ?」
シンはラッカスに共感を求めようと必死だ。
ちょうどその時だった。
巨大な影がジールド・ルーンの城下町に降り立ち、ズドーンと大きな音を響かせた。
地面が大きく揺れる。
「な……なんだ!?」
シンが突然の出来事に動揺をあらわにする。
「でかい影が、あっちに降りたぞ!」
エアルが音のした方を指さした。
「とりあえず行くぞ!」
ダレオスの一声で全員が一斉に走り出した。
* * *
音のした方へ駆けつけると、ジールド・ルーンの街が燃えていた。
「なんだこりゃ!?」
シンが周りを見渡す。
「ドラグシャーダは……邪竜の召喚に成功したって言ってなかったか……?」
エアルが一点を見つめながら問いかけた。
全員がその視線を追い、動きが止まる。
そこには巨大な黒い竜が立っていた。
大きさは平屋の家をゆうに超える。
前足の爪は一本一本が大人の人間ほどの大きさで鋭く、口は人ひとりを丸呑みにできそうだ。
鱗もシンの大盾並みの大きさである。
鋭い眼光が、駆けつけたシンたちをじっと見据えていた。
「おいおい……こいつはやばいんじゃねぇか?」
シンが邪竜を睨みながら呟く。
「そもそもドラグシャーダとの戦争の原因は、この邪竜の召喚でしたね……」
クラインが冷静に言った。
邪竜は咆哮を上げ、シンに向かって左腕を振り下ろす。
ガキィィィィィン!!
シンはその一撃を盾で受け止めたが、力が強すぎて吹き飛ばされ、奥の家に激突。
壁は崩れ、瓦礫の上にシンが仰向けに倒れた。
「……つぅ」
全身に激痛が走る。
ゴゥ。
邪竜が顔を向け、口を開くと炎が渦を巻き始める。
まずい! ドラゴンブレスだ!!
クラインはシンの前に立ち、風水魔法で突風を起こし炎に備える。
ゴォオオオオオオ!!
邪竜の口から吐き出されたドラゴンブレス。
クラインの風で勢いを殺したが、それでも押し切られ、炎は二人を呑み込んだ。
「くぅ……!」
炎を抑えた代償にクラインは全身やけどを負い、そのまま前に倒れる。
シンも炎の一撃で気を失った。
すぐにラッカスが駆け寄り、回復魔法を施す。
「回復にどれくらいかかる!?」
ダレオスが邪竜と渡り合いながら叫ぶ。
「3分で命は取り留めます。動けるようになるまでなら10分ください!」
ラッカスは必死に答えた。
「持つか……」
ダレオスは槍を邪竜の前足に突き立てる。
ズサッ!
鱗のない前足だが、それでも皮膚は固い。
普通の攻撃なら弾かれるだろう。
だが、ダレオスの槍は綺麗に突き刺さった。
ギャァアアア!!
邪竜は前足を払う。
ダレオスは吹き飛ばされ、民家に激突した。
槍の一撃は決まったが、巨大な邪竜には蜂に刺された程度のダメージだ。
「くっ……!」
邪竜がダレオスへ炎を吐こうと口を開く。
その間にエアルは尻尾から背中へと駆け上がり、頭の上へ。
固い鱗に守らているため邪竜は気づかない。
炎を吐き出そうとした瞬間、エアルは頭から飛び降りた。
「ミステルティン!!」
炎を吐くために開かれた口へ、左腕を突っ込みミステルティンを放つ。
ザシュッ!!
邪竜が驚いて口を閉じた。
「ぐぁっ……!」
ドスッ。
地面に落ちたエアルは左腕を押さえて悶絶する。
肘から先を噛み切られたのだ。
邪竜は口を開き、再び炎を吐こうとする。
ゴゥ……。
炎が溜まるが、その直後、口の中から血が噴き出た。
ギャアァアアアアアア!!
痛みに口を閉じ、溜まった炎は消える。
エアルの命がけの一撃は邪竜の口内を傷つけ、ブレスを封じたのだ。
「エアル! 大丈夫ですか!?」
シンとクラインを回復していたラッカスが叫ぶ。
「大丈夫だ!」
顔を引きつらせながらもエアルは立ち上がる。
噛み切られた腕からの出血は、ミステルティンが傷口を塞ぎ、血を止めていた。
痛みもすぐに消える。
ミステルティンにはそんな効果もあるらしい。
しかし、炎を封じても前足の一撃は重い。
このままでは全滅の危険性はまだ高い。
「でかした、エアル!!」
ダレオスは体を起こし、槍を構え直す。
ズサァ!
エアルを見ていた邪竜の後ろ脚に槍を突き立て、深くねじ込む。
グアァァァ!!
大きなダメージではないが、少しでも傷を与えられる。
直後、ダレオスはすぐ距離を取った。
邪竜がダレオスに顔を向け、体を回転させる。
バシィ!
尻尾が襲い掛かる。回避が間に合わず、ダレオスは吹き飛ばされた。
再び民家に叩き付けられる。
邪竜が左腕で踏みつける。
ガン!
それを、回復したシンが大盾で受け流す。
まともに受ければ力負けするため、受け流すことにしたのだ。
攻撃は逸れ、地面に振り下ろされた。
「はぁ、はぁ……受け流しても腕の骨が持っていかれるか……」
シンは大盾を地面に落とし、左腕をだらりと垂らす。
「邪竜か……こいつを使って世界征服なんて馬鹿げたことを言うだけはあるな……強い!」
ダレオスが言う。
《我を使うか?》
《ドラグシャーダの馬鹿どもが考えそうなことだ。》
どこからともなく声が聞こえた。
シンたちは声の主を探すことなく邪竜を見つめる。
「テレパシーか? 話せるならなぜ黙ってた?」
ダレオスが問う。
《人間風情との会話に、何の意味があるというのだ?》
邪竜の声が返る。
ダレオスはふっと笑った。
《何がおかしい?》
「お前はドラグシャーダの命令でここに来たわけじゃないんだな、と思ってな」
《我はドラグシャーダの人間などどうでもいい。》
《貴様らジールド・ルーンとやらの騎士にやつらが負けようと、知ったことではない。》
「ん? なら、なぜここに来た?」
邪竜の発言からすると、ジールド・ルーン騎士団の総攻撃は成功し、ドラグシャーダは滅んだと考えられる。
では何のために?
《お前らであろう?》
《我が同胞を滅ぼしたのは。》
《人間風情が我らを滅すなどおこがましい……。》
《だから消しに来ただけだ。》
邪竜は聖山フラゼンガードの飛竜の仇討ちに来たのだ。
ダレオスは「くくく」と肩を揺らして笑った。
《人間風情が笑うな!!》
邪竜の左足がダレオスに振り下ろされる。
ガンッ!
シンがロングソードで右前脚を切りつけた。
だが、刃は弾かれる。
「なんだよこいつ! 固ぇんだよ!!」
ドン!
大きな音と砂ぼこりが立ち上る。
ダレオスは攻撃をかわしていた。
《人間風情が我を傷つけるだと……なめるな!!》
邪竜がシンに攻撃を切り替える。
ガン!
シンは攻撃を受け流した。
もう、力の入り方は読めている。
さっきよりうまく流し、ダメージはない。
「エアル! ダレオス! 元素魔法で全力攻撃してみたい! 少し時間を稼いでくれ!!」
「応!!」
2人は返事とともに邪竜へ飛びかかる。
「ミステルティン!!」
エアルはダレオスが作った傷跡を狙って根を突き刺した。
グアァアアアア!!
邪竜が痛みに吠える。
エアルを睨んだ隙を突き、逆方向からダレオスが槍で突く。
連携に邪竜は翻弄された。
シンはその隙にロングソードを両手で構え、魔法を重ねる。
武器強化。
筋力強化。
武器硬化。
よし……。
「行くぞぉおおおおおお!!」
シンの全力の一撃が邪竜の首を打ち、鈍い音を立てて切断する。
ギャアァアアアアアア!!
邪竜は断末魔の叫びを上げ、暴れたあと、地面に巨体を倒した。
一同はしばし黙ってその姿を見つめる。
「た……倒した……のか?」
エアルが息を詰めながら呟く。
「ち……また止めはシンかよ……」
ダレオスは文句を言いながら地面に仰向けに倒れる。
「へっへっへ。普段の行いが良いからな」
シンも地べたに座り込み、答えた。
「ほざけ。てめぇの普段の行いでどれだけ苦労してると思ってるんだよ」
ダレオスが力なく食ってかかる。
「俺たちは悪ガキなんだろ? 普段の行いが良いわけないじゃんか」
エアルが、フラゼンガードでのシンの言葉をいまさら返す。
「そんなことより、私たち5人……ドラゴンスレイヤーの称号を取りましたね」
クラインが口を開いた。
「ますます、俺たちが敵に敬遠されるじゃねぇか。誰だよ称号なんてシステム作ったのは……」
ダレオスは戦場で敵が距離を取るのを懸念している。
強さで有名になることは、戦果を上げる上では邪魔になるのだ。
「逆に、ドラゴンスレイヤーのいる国に牙をむく国はなくなるんじゃないですか?」
ラッカスが言った。
その後、5人はその場で眠り込んでしまった。
町の人々も起こすのは気の毒に思い、布を一人ずつ掛けてそっとしておいた。
こうして、ドラグシャーダとの戦争はジールド・ルーンの完全勝利で幕を下ろした。
ジールド・ルーン第一継承王子 ダレオス
ジールド・ルーン聖騎士団長 シン
ジールド・ルーン上級騎士団団長 エアル
ジールド・ルーン宮廷司祭 ラッカス
ジールド・ルーン宮廷魔術師 クライン
ジールド・ルーン悪ガキ5人組の強さと信頼は世界中に広まり、やがて『五英雄』と呼ばれることになる。




