79話~魔剣ミスティルティン~
「おう、来たか悪ガキども。」
武器屋の奥から現れた老人が声をかける。
「悪ガキはねぇだろ? 俺はこう見えても聖騎士団の団長だぜ?」
シンが文句を言うと、老人は鼻で笑った。
「いくつになっても、どれだけ偉くなっても変わらん。
ガキ大将のシンに、その仲間のダレオスとエアル。そいつらを叱るラッカス、後からついてくるクライン。立場ばかり大きくなりやがって……。」
老人は鎧の上からシンの胸を拳で軽く殴る。
シンは「がははは!」と下品な笑い声を返した。
「じいさんも相変わらず元気そうで何よりだな。」
エアルが笑みを見せる。
「おや? エアル。お前も立派に挨拶できるようになったじゃねぇか……嬉しいこと言いやがって。」
老人の言葉にエアルは少し照れたように顔をそらす。
「それで、魔剣ってのはどんな代物なんです?」
エアルが本題を切り出す。
「おう、これだ。」
老人が見せたのは、小さな一粒の種だった。
「種? これが魔剣だって? ボケたのか?」
シンが呆れ声を上げる。
「バカ言え。立派な武器だ。剣というより……“武器そのもの”だな。」
「武器? 剣じゃねぇのか、意味分からん。」
シンが鼻で笑う。
「これはミスティルティンっていう魔界の植物らしい。人に寄生して成長するらしいぞ。」
老人が説明すると、シンは「なんじゃそりゃ」と笑い飛ばした。
無視して老人は続ける。
「宿主を守るために、敵意に反応して攻撃するらしい。
しかも、育つのに必要な血は敵から吸ってくれるそうだ。……体の中に植物が住むなんざ気持ち悪いもんだがな。」
珍しいものだから見せたかっただけだと言って、老人がしまおうとしたところで――
「ちょっと待ってください!」
エアルが声を上げた。
「どうした?」
老人が怪訝な顔で振り返る。
「その種……どうやって体に植え込むんです?」
エアルの真剣な問いかけに、傍らのガルーダは彼の意図を悟る。
もし竜騎士たちがフラゼンガードで休息しているとすれば、攻め込むのは少人数でしか不可能。
だが、法を重んじるシンやダレオスには聖山へ行くことを止められるに決まっている。
そして、エアル自身の実力では返り討ちに遭うのが目に見えている。
だが――このミスティルティンがあれば。
「エアル……お前、これを使って何をするつもりだ?」
シンが真剣な声で問う。
「俺はお前やダレオスほど強くはない。……だから力が欲しいんだ。」
エアルの言葉は短く、だが重かった。
「お前には知恵があるじゃねぇか。」
シンが反論する。
「力が必要な時もある。
どんなに策を考えても、お前らにはどうしても届かない壁があるんだ!」
その一言に、シンは黙り込む。
短い沈黙のあと、シンは口を開いた。
「奥さん、腹に子がいるんだろ? ……こんな危ねぇもん使ってまで力が欲しいのか?」
エアルは一瞬ためらったが、それでも迷いなく答える。
「守りたいから……力が欲しい。」
シンはそれ以上何も言わず、老人に向き直った。
「こいつは……手のひらを切って、種を埋め込むだけだ。
力は信じてもいいが、副作用は分からんぞ?」
老人が念を押す。
エアルは黙ってうなずいた。
シンが渋々ナイフでエアルの左手のひらを切り、老人がそこに種を置く。
種はまるで意志を持つかのように傷口へ吸い込まれていった。
一瞬、顔を歪めたエアルだったが、すぐに表情を戻した。
「どうだ?」
シンが恐る恐る尋ねる。
「……今のところは何ともない。ただ手のひらを切っただけだ。」
エアルは左手を握り、答えた。
「無理はするなよ。」
老人の言葉には、心配の色がにじんでいた。
こうして上級騎士エアルは、魔剣ミスティルティンを宿すことになった。
* * *
翌朝。
エアルは宮廷魔術師クラインのもとを訪れた。
ジールド・ルーンで幼い頃から共に過ごした友人は4人いる。
そのうち3人――シン、ダレオス、ラッカスは至高神ジハドの教えを深く信じている。
しかし、エアルとクラインだけは信仰を持たない。
ジハドの存在を否定しているわけではないが、現実主義者の2人は祈りにすがるという行為をどうしても好きになれなかった。
だからこそ、立ち入りを禁じられた聖山フラゼンガードの話をできる相手は、クラインしかいなかった。
「エアル。こんな朝早くに来るなんて珍しいですね。」
クラインは突然の訪問客を前に、紅茶を差し出しながら用件を尋ねる。
「実はな、クライン。……ここだけの話にして欲しいのだが。」
エアルは少し口ごもる。
クラインは信頼できる友だ。
だが、禁忌に関わる相談を切り出すのには、それ相応の勇気が必要だった。
少し遠回しに話を始める。
「ドラグシャーダの竜騎士どもは、ジールド・ルーンを2日がかりで移動している。
ドラゴンの体力はともかく、2日飛びっぱなしで、そのまま戦闘に入る……どう思う?」
「ふむ……。」
クラインは紅茶を一口すすり、考えながら言葉を探す。
「シンのような化け物ならともかく、普通の人間には無理ですね。
2日掛けて移動し、そのまま戦って、さらに2日掛けて国外に逃げる……ましてドラグシャーダまで戻るとなると、とても持ちません。」
そう口にしながらも、まだ答えは出ないという表情をしている。
「エルメス、ヤス、ミレイユ……やつらは国内の東と西を交互に攻めている。
我が国の騎士の体力を削ぎ、翻弄するのが目的なら理屈は通るが、それでは竜騎士自身も持たない。
だから考えた。……もし、国内のどこかで休憩しているとしたら?」
「国内で?」
思わぬ推測に、クラインが目を見開く。
「そんな場所、あるはずがないでしょう。国内で休めば国民の目につきます。
誰にも見られずに休息できる場所なんて……。」
クラインは一息置き、落ち着いて否定する。
「普通ならな。だが――聖山フラゼンガードを休憩所にしていたらどうだ?
あそこは立ち入り禁止だ。法に忠実な我が国の民が、近づくと思うか?」
エアルの言葉に、クラインの手が止まる。
「あなた……まさか……。」
問い詰めるような視線に、エアルは黙ってうなずいた。
「無茶です! それをしてあなたに何の得があるんですか!
もし竜騎士がいたら勝てるはずがない!
見つかれば罪人として捕らえられるだけですよ!」
クラインは声を荒げる。
「可能性があるなら、確認しておくべきだ。
国民を守るのが、俺たち騎士の役目だからな。」
エアルは力強く答える。
「ダメです。奥方は今お腹に子どもがいるんですよ?
こんな危険なことをして……命がいくつあっても足りません!
エアル、お願いですから思いとどまってください!」
クラインの必死の声は、エアルの胸に痛いほど響いた。
友の想いがありがたいと心から感じる。
だが、ここに来たのは止めてもらうためではなかった。
「そこでだ、クライン。俺がいない間、留守を誤魔化してくれ。
しばらく王城を離れる。シンやダレオスに気づかれるのは面倒だからな。
俺も一応は騎士の端くれだ。そう簡単にはやられはしないさ。」
そう言って、エアルは席を立った。
――魔剣ミスティルティン。
こいつが、どこまで役に立つか。
エアルは左手をそっと握りしめた。
その手のひらには、昨日埋め込んだ種が眠っている。




