表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
交界記 ―二つの世界の物語―  作者: なぎゃなぎ
第一章~地上界の剣士~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/194

48話~大森林地帯~

挿絵(By みてみん)

王都を出てから一週間。

優人たちは、とうとう大森林地帯の手前までやってきた。


当初は自分の馬車で行くつもりだったが――

大森林の雷に驚いたヘファイストスが暴れたら、馬車ごと混乱する危険がある。

そこで、王都から関所までは馬を借りて移動し、そこから先は歩くという作戦を取った。


……問題は、優人が馬を操れないことだ。


剣術なら得意でも、地上界の人間はもっぱら車移動で馬に乗る機会などない。

乗馬クラブに興味はあったが、授業料の高さに尻込みしたまま今日まで来ていた。


結果、エナの背中にしがみつくという、なんとも情けない形での旅となった。


エナの背中は、想像以上に小さく華奢だった。

女性の体は、どんなに大きく見えてもやはり華奢なのだと、毎回驚かされる。


そして、この細さに慣れない。


鎧越しに抱く腹回りの感触。

耳にかかる髪の匂い。


――正直、ドキドキが止まらない。

綾菜一筋で生きてきたのに、他の女性の温もりで心が揺れる自分が情けない。


* * *


地獄と天国を行き来する一週間だった。


関所の手前にある小さな村に到着。

ここで馬を返し、歩きで向かうことになったが――


「おいおい、ご両人。こんな所を歩いてどこへ行く気だ?」


村を出た直後、数人の男たちが道を塞ぐように声をかけてきた。


「はぁ……」


優人は分かりやすくため息をつく。


確認するまでもない。山賊だ。


王都からここまでの間にも散々遭遇した。

もっとも、組織立った山賊ではなく、チンピラのカツアゲのようなもの。


このフォーランドには、こういう輩がやたらと多い。

もういい加減、うんざりだ。


「私が誰か分かって、声をかけているのですか?」


エナが腰のショートソードに手をかけ、毅然とした声で問う。


ジールド・ルーンから派遣されている女騎士――エナ・レンスター。

この名を知っていれば、普通の山賊なら逃げる。

エナ自身が怖いのではない。彼女の後ろにいるジールド・ルーン、そしてフォーランド王妃スティアナが怖いのだ。


「知るかよ! エナの真似した女狐め!」


一人の山賊が叫び、剣を抜いて飛びかかってきた。

要するに、知ってはいるが「こんなところに本物がいるはずがない」と決めつけるタイプの輩だ。


キィンッ!


エナの剣が、山賊の剣を弾き飛ばし、その切っ先が男の喉元を捉えた。


ジールド・ルーン聖騎士団――

ジハド神の加護を得た神聖魔法、基本剣術、そして体力。

そのすべてを備えた者だけが入団を許されるという。


基本に忠実で無駄のない動き。

素人が敵うはずもない。


「……」


切っ先を向けられた男は凍りつき、身動きできない。


「エナもどきでも勝てないなら、結果は同じですよ?

それとも続けますか? こちらの和装の剣士は、私ほど優しくありませんけど」


柔らかく微笑むエナ――

しかし、その笑みが今は何よりも恐ろしい。


……普通ならここで終わるはずだった。


だが、今回は数が違う。十人。


「この数に勝てると思ってるのか?」


別の山賊がニヤリと笑いながら言う。


ダンッ!


優人が一気に距離を詰めた。


バシュッ!!


次の瞬間、山賊の首が吹き飛ぶ。


「さて……残り九人。選択肢は二つだ。逃げるか、死ぬか。もう一度だけ、チャンスをやる」


その声に、山賊たちは一斉に後ずさり、踵を返して逃げ去った。


「ふぅ……。懲りずに次から次へと……

いっそ全員斬り捨てた方が早いのかな」


血ぶりをしながら、優人がぼそりと呟く。


「そうしたところで、キリはありません。

この国の大半は元ジークフリード海賊団の船員なのですから」


エナの言葉に、優人は眉をひそめる。


「それで国が成り立つのか? 海賊にまともな生活なんてできるのかよ」


「ジークフリードは……本当の悪人ではなかったようです。

確かに罰されるべきことはした。でも、彼には彼の正義があったと――シン団長はおっしゃっていました」


ジークフリード――フォーランドの始まりに関わった男。

彼の最後の言葉はこうだったという。


『泣くな、妬むな、怒るな。笑え。それができないなら、死ぬまで戦え!』


「……死ぬまで戦え、か。それは、戦争をやめるなってことじゃないのか?」


優人の問いに、エナは首を振る。


「彼は、ジールド・ルーンの属国になるよう皆を説得したそうです。

遺恨を残さぬように……。

でもスティルやこの国の人たちは、“自分の命は自分のために使え”という自由の教えだと受け取っています」


フォーランドでは「奪いたければ奪う」「平和を望むなら村で暮らす」

それが流儀らしい。

その代わり、村や街の中では奪わないという鉄則もある。


「じゃあ、王都で起きた亜人商人殺害事件は?」


「あり得ません。国外の人間――第三勢力の仕業です。

実際、関所を奪ったデュークはグリンクス、カルマはエルンの人間でした。

フォーランドの鉄則を破るのはいつも部外者なんです」


「なるほどな……。そのジークフリードって奴のカリスマは相当だ」


話しながら歩く二人の前で、突然――


ドオオオオォォン!!


地面が震えた。


「きゃっ!」


エナが耳を押さえ、しゃがみ込む。


関所の奥――大森林地帯から聞こえた落雷の音だった。


「本当に……行くのですか?」

エナが不安そうに見上げる。


「ここまで来て、引き返したらスティルに笑われるさ」


優人が手を差し出す。

エナは少し迷ってから、その手を取って立ち上がった。


* * *


関所を抜けると、空は唸り続け、時折稲光が走る。

倒木、黒く焦げた木々、年中雷鳴が続く不気味な森。


「優人さん……一つ説明しておきます」


歩きながらエナが口を開いた。


討伐称号――竜殺し、巨人殺し、神獣殺し。

この三つは戦士の誉れであり、憧れであると語る。


「まさか、神獣殺しを狙ってるとか?」


優人の冗談に――


「違います!!」


雷のような声で即否定するエナ。

それだけ、この先に待つものを恐れている。


「……スティルの無茶振りには、ほんと苦労させられるよな」


優人はそんな彼女の横顔を見ながら思った。


さらに進む道すがら、エナはぽつりと漏らす。



「……スティルは、我が王より“心”があります」


「それだけのことを言うのに、そんなに躊躇うか?

……自分の国以外の王の方が優れていると思うのが、そんなに悪いことなのか?」


優人が静かに問いかける。


「優人さんは……人の心を見透かしたような質問ばかりしますね?」


エナは少しだけ目をそらした。


「エナのことなんて分からねぇよ。

けどな、カルマのときにも言いかけたけど――人の上に立つのは楽じゃないんだ。


人は上に立つ人間を値踏みする。

従いたくない相手ならサボるし、悪口ばかりで協力しなくなる。

逆に“この人のために”と思えば、実力以上を出す奴もいる。


でもな、上に立つ者は思ってるほど簡単に部下を切れない。

責任は全部こっちにのしかかるのに、パワハラだ何だで強く叱ることもできない時代だ。

だからこそ、上に立つ奴は、部下の分まで成長し続けなきゃ務まらないんだよ」


優人の脳裏には、かつて商社で部長職に就いていた頃の光景がよぎっていた。

部下は上司を選べる。嫌なら異動も退職もできる。

だが上司はそうはいかない。

人事に「部下を変えてくれ」と頼めば「お前の教育不足だ」と返され、

仕事をしない部下の遅れも、すべて自分の責任になる。


上司こそ、誰より孤独で逃げ場がない。


そんな現実を優人は知っていた。


「……何が言いたいんですか?」


エナが少し睨むように問う。


「その気持ちで残ってるなら、悪くない判断だ」


優人の言葉に、エナは思わず立ち止まり、涙ぐんだ。


「嬉しかったんです……私の判断を認めてもらえて」


涙を拭うエナを見て、優人は小さく息をついた。


空は雷鳴を轟かせ続ける。

それでも二人は歩みを止めなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ