38話~暗黒魔導士~
部屋に戻った優人は、虎太郎とのやりとりを反芻していた。
──太陽を浴びると命を落とす。
──世話役の存在。
──敵を狩るだけという曖昧な活動。
それらをつなげていくと、ひとつの仮説にたどり着く。
もし虎太郎の世話をしている者が、死体をゾンビ化させる力を持っていたとしたら?
虎太郎は戦闘力の高いゾンビであり、山賊や亜人狩りを討たせて報酬を得る一方で、その遺体を回収している――。
そして、それらを用いてさらにゾンビを増やし、勢力を拡大していたとしたら?
仮に、噂される「第三勢力」の存在が事実であり、その幹部が虎太郎の“世話役”であるとするならば――
国家を揺るがすほどの軍団を築き、フォーランドを転覆させようとしているのかもしれない。
もしそうなら、絵里はあまり深入りさせるべきではない。
だが、今はまだ優人の予測に過ぎない。
たとえ証拠を掴んだとしても、あの年頃の絵里にすべてを話して理解を求めるのは難しい。
最悪の場合、絵里のいないところで虎太郎を斬ることになるかもしれない。
そう思うと、優人の胸に重いものがのしかかる。
彼は窓を開け、夜空を見上げた。
──どうか、この予感が外れてくれますように。
* * *
翌朝。
優人はガラントに頼み、「ゾンビや幽霊」に詳しい魔法使いを紹介してもらうことにした。
その男は“暗黒魔法”を操る者で、王都から少し離れた一軒家に住んでいるという。
優人は第三勢力の話も虎太郎の名前も出さず、「暗黒魔法に興味がある剣士」という偽の目的を掲げて会いに行った。
家の扉をノックすると、分厚い黒いローブをまとい、フードを深くかぶった男が現れた。
「ガラントさんからお話は伺っております。暗黒魔術にご興味があるのですね? どうぞお入りください」
家の中は、外光が完全に遮られ、魔法の灯だけが淡く空間を照らしていた。
男は客間に優人を通し、紅茶ならぬ緑茶を淹れてくれる。
フードを外した男は、意外にも若く、爽やかな印象を与える人物だった。
「せっかくの晴天なのに、こんなに締め切っていたらもったいなくないですか?」
優人がそう尋ねると、男は穏やかに微笑んで答える。
「悪魔は日の光を嫌います。暗黒魔法は悪魔の力を媒体とする魔術。
……ですから、こうした環境が適しているのですよ」
その言葉に、優人は内心で警戒を強めた。
この男もまた、“日の光を避けている”……。
「自己紹介が遅れました。私は、炎の魔神イフリートを信仰する暗黒魔法使い――カルマと申します」
「……優人です。地上界から来た神隠し子です」
イフリート――。
地上界の神話やゲームにも登場する“地獄の炎を操る魔神”。
まさか、実在するとは。
「暗黒魔法に興味があるとのことですが、何か目的でも?」
カルマが尋ねると、優人は少し迷ってから、真実を包み隠しながら綾菜の名を口にした。
「……10年前に死別した彼女と、もう一度会いたいと思いまして。
死者蘇生が可能かと」
カルマは静かに首を振った。
「本当の意味での死者蘇生は不可能です。
魂の消えた肉体を動かす《クリエイトゾンビ》という魔法や、魂を戻して自我を宿らせる術はありますが……生命反応は戻りません。
魔力を供給し続けなければ、ただの死体に戻り、劣化も進みます」
「魂が戻るなら……それはもう、生き返ったようなものでは?」
「そう思うかもしれませんが、違います。
生命力は蘇らない。魂と記憶があるだけの“存在”です。
……いずれ崩れゆく運命にあります。だからこそ、過去に囚われるより、生きている隣人を大切にするべきなのです」
カルマは穏やかに、しかしどこか諭すように言った。
優人は、その言葉が胸に刺さるのを感じた。
──過去に囚われ、綾菜を一人にしてしまった自分。
──どれだけ悔やんでも取り戻せない時間。
──だからこそ、「今」を大切にしなければならない。
「……なるほど。たしかに、そうですね」
優人は静かに、だが確かにそう答えた。
「ちなみに……暗黒魔法とは、魂や命そのものを魔力に変える力。
対価の重い魔法ですが、神聖魔法よりも難解な奇跡を生むことも可能です。
神は善意に応じて力を与え、悪魔は契約により力を貸す。
どちらも“力”という点では変わりませんが――選び取る覚悟が求められます」
優人は深く一礼し、カルマの家を後にした。
王都に戻った彼は、未だ整理のつかない思考を抱えたまま、ヘルガラントへと戻る。
その夜、絵里は虎太郎と闇市で待ち合わせていると言い、嬉しそうに出かけていった。
優人にできるのは、ただただ祈ること――
虎太郎が、ゾンビやリッチといった存在でないことを。
* * *
──そして夜。
虎太郎が地下の部屋から這い出し、闇市へ向かおうとしていた時。
「虎太郎さん?」
彼を呼び止めたのは、黒いローブをまとう男――カルマだった。
「……どうかしましたか?」
「ここ数日、まともに狩りをしていないようですが、毎晩何を?」
「絵里っちゅう友達ができたがじゃ。面白い娘での。……死体が足りんがか?」
「いえ……問題ありません。
せっかく与えられた命です。存分に楽しんでください」
「ありがとう、カルマさん。
わしは恩義に報いるがが好きじゃき、何かあったら言うてくれ」
そう言って虎太郎は夜の街へ出かけていった。
──悪魔とは、人間の“負の感情”を好物とする。
十代の少女は感情の起伏が激しく、
特に“恋心”が絡んだ感情は――極上の美味。
カルマは一人きりになった部屋で、ゆっくりと口角を吊り上げた。
その笑みは、あまりにも静かで、不気味なものだった。
──闇が、すぐそこまで忍び寄っていた。




