20話~野菜泥棒~
「エシリアさん、本当にいい人だったな」
帰り道、優人がふと口にする。
「でしょ!? 優しいお姉さんって感じで、私、大好きなんだ~」
絵里は、もらったばかりの杖を嬉しそうにいじりながら答えた。
「だな」
楽しそうな絵里の横顔を見ながら、優人は自然と笑みを浮かべた。
「はちみつ、早く取りに行こうね!」
絵里は遠足のような感覚でウキウキしている。
(……裏山って、そんなに安全な場所じゃないんだけどな)
優人は一瞬、釘を刺しておこうかとも思ったが、
せっかく楽しそうな絵里の気分に水を差すのも野暮だと思い、言うのをやめた。
(降りかかる火の粉は、俺が払えばいい)
「おう。槍の扱いはまだまだだけど、元素魔法も使えばだいぶ楽になるかもしれんしな」
そう答えると、絵里は「うんっ!」と元気よく返した。
* * *
ガチャ。
優人たちが酒場の扉を開けると、マスターがコルクボードに新しい依頼書を貼りつけていた。
「新しい依頼ですか?」
マスターの背中越しに、優人が声をかける。
「ああ……野菜泥棒退治だ」
マスターは顔をしかめながら答える。
「野菜泥棒? 狼か何かですか?」
「いや……手口からして、人だな」
その言葉に、優人は思わず周囲を見回した。
「……犯人に心当たりでも?」
優人の様子を見たマスターが、探るように尋ねてくる。
「いえ。ただ、田中たちの姿が見当たらないなと思いまして……」
優人は“野菜泥棒”の第一容疑者の名をあげた。
「俺もそこを怪しんでる。……地上界ってやつは、仕事して稼ぐって文化はないのか?」
マスターが遠慮なしにぶっ込んでくる。
悪気がないのは分かっているが、ちょっとだけ刺さる。
「いや、地上界でも生活の中心は仕事ですよ。……それより、“退治”って、殺すんですか?」
優人は気になっていた点を尋ねた。
「それは依頼を受けた冒険者次第だな。
仕事の内容は“野菜泥棒をやめさせてほしい”ってだけだ。
お前さんが捕まえて牢にぶち込んでくれるのが一番平和かもしれんがな。……依頼料は1万ダーム。安いがな」
確かに、最近の優人は1日で20万以上を稼ぐ。
その彼にとって、半日も使って得る1万ダームは割に合わない。
マスターが難色を示すのも、もっともだった。
「マスター……受けるかどうか判断する前に、現場を案内していただけますか? 絵里は今回は留守番で」
まだ田中たちが犯人と断定したわけではない。
だが、今までなかった“野菜泥棒事件”が、自分たち神隠しの後に発生しているのは、偶然とも思えなかった。
(もし田中たちの仕業なら……絵里は、大人を完全に信用できなくなるかもしれない)
最悪の場合、田中たちを自らの手で斬ることになる。
そんな光景は、絵里には見せたくなかった。
優人の心を察したのか、絵里は素直に「部屋で魔法の勉強をしておく」と答えてくれた。
いつもなら駄々をこねるはずなのに……やはり賢い子だ、と優人は改めて思う。
* * *
マスターの案内で、優人は被害にあった畑へと向かった。
畑は村の門のすぐそばにある。
(狼や山賊なら、むしろ山に近い畑を狙うはずだ。こんな村のすぐ近く……つまり、犯人は“村の誰か”か)
畑に到着すると、優人はしゃがんで土に触れようとする。
その瞬間、鼻を突くような香りが漂ってきた。
(……香水?)
昨夜の犯行だとすれば、ここまで香りが残るのは不自然だ。
だが、ここ数日風呂に入っていない者が、自分の体臭を隠すために香水を大量に使っていたとすれば……辻褄は合う。
しかもこの香り――伊藤がつけていたものと同じだ。
「マスター……今日あたり、田中たちがこの畑仕事を請け負った可能性ってありますか?」
「いや。昨日の夕方以降、あいつらの姿は見ていないな……」
「……ふむ」
優人は立ち上がり、あらためて畑を見渡す。
田中たちを裏山の部屋に置いてくることはできた。
そうしていれば、飢え死にしていたかもしれないし、山賊に殺されていたかもしれない。
少なくとも、“この犯罪”は起きなかったかもしれないのだ。
(それを……俺が、助けてしまった)
例え少量であっても、自分にも責任はある。
巻いた種は、自分で刈り取るべきだ。
優人は深くため息をつき、マスターに告げる。
「この依頼……田中たちの可能性が高いです。
もし彼らの仕業なら、依頼料はいただけません」
「お前さんは関係ないだろ?」
「一度でも助けたのは俺です。
それより……捕獲の場合、彼らの扱いはどうなるんですか?」
「天上界じゃ、罪人の罰は大体同じだ。
素っ裸にして、顔に“罪人”の入れ墨を入れる。男も女も関係なく、同じ牢に放り込まれる。
食事はパン一切れとコップ一杯の水。
死ぬやつはそれまでだ。
あとは、村人代表の10人が定期的に“更生したかどうか”を判断し、全員の許可が出たら釈放される。
もっとも、顔の入れ墨は一生消えねぇから、どこに行っても“罪人”からスタートだがな」
(なかなかえぐい罰だ……)
優人は思わず顔をしかめる。
「けどよ……罪に対して、罰が割に合ってなかったら、意味ねぇと思わねぇか?」
そう言ってマスターが続ける。
「キャベツひとつ作るのに、農家は半年以上もかける。
それを病気や虫でダメにされることもある。
実入りの少ない、苦労の多い仕事なんだ。
そんな努力の結晶を、一晩で何の苦労もせずに持っていかれたら……そりゃ、腹が立つだろうよ」
(……確かに、マスターの言うとおりか)
優人は、日本でかつて流行った“キセル乗車”を思い出す。
見つかっても運賃の倍額を支払えば済むという、割に合わない“罰”だった。
成功すれば得をし、失敗しても軽い罰で済む――そんなルールは、罰として機能しない。
罪には、それに見合う重みが必要なのだ。
(そもそも、ルールを守るのが当然。真面目に生きていれば罰なんて関係ない。
むしろ、罰が重ければ重いほど、抑止力になる)
「分かりました。お引き受けします。
ただし、犯人が田中たちだった場合は、やはり報酬はいただけません。
その1万ダームは、農家の方に渡してください」
優人の強い口調に、マスターは素直に頷いた。
* * *
私は田中正義、55歳。
かつて、ある商社に営業として入社したが――どうにも営業の才能はなかった。
周りの同期たちは営業先を回って契約を取り、インセンティブを得て、私より良い給料をもらっていた。
いつまで経っても成績が上がらない私は、あることに気づいた。
「上司の機嫌を取っていれば、昇進できる」という事実に。
それ以来、営業はそっちのけで、上司に取り入ることに全力を注いだ。
結果、今の地位に至った。
同期たちはいくら契約を取ろうが、上司に気を遣うことを知らない。
せいぜい課長か次長どまりだ。
会社員に必要なのは、“誰に認められるか”であって、“どれだけ稼ぐか”じゃない。
たとえ客に嫌われようと、上司に気に入られれば評価はされる。
それに気づかず、せっせと会社に金を入れながら、自分の出世を逃す――そんなバカ共が、私の高給を支えていた。
部下どもも使えない。
私の機嫌さえ取っていれば、面倒な営業から解放され、良い給料を得られるというのに。
私の不興を買えば、地方に飛ばされ、昇進の道は閉ざされる。
……それを理解しない奴ばかりだ。
――そんな私が、今は天上界という奇妙な場所にいる。
一緒に飛ばされてきたメンツがまた最悪だった。
伊藤紗季。
見た目はいい女だが、口答えはするし、抱かせてもくれない。
所詮はバイト上がりのバカ女。
高橋純一。
どこぞの寿司屋の板前だったらしいが、魚も米もないこの世界では何の役にも立たない。
おどおどして、自分というものがない。まったく、使えない男だ。
そして星崎絵里。
あのクソガキは、まだ子どものくせに大人の言うことを聞かず、人を見下した目で見てくる。
一度強くひっぱたいて、教育してやる必要がある。
……だが、最も腹立たしいのは、水口優人という男だ。
私は地上で部長まで昇進したというのに、あの男は私の言うことを一切聞かない。
協力もしなければ、敬意も払わない。
今のうちに私に恩を売っておけば、地上に戻ったときに良いポストを用意してやっても構わないのに、野心すら感じない。
ああいうタイプを見ると、上司への態度のせいで昇進できなかった“同僚たち”を思い出して苛立つ。
星崎も水口も、今は上手くやっているように見えるが――
上司への気遣いができない奴は、遅かれ早かれ痛い目を見るものだ。
……それにしても、今ついてきている無能たちにも腹が立つ。
ここ数日、ろくに食事もしていないというのに、「どうすればいいか」を自分の頭で考えようともしない。
高橋は、酒場に掲示されていた「畑仕事」の依頼に応募するつもりだった。
大の大人が1日働いて、たった5,000ダーム。
バカにしているのか? と呆れた。
伊藤は、「優人に取り入って金をもらう」と言っていたが、ろくに相手にもされていない。
そんな連中を見かねて、私が“夜中に畑の野菜を盗む”ことを提案した。
農家への仕返しも込めての、私の策だ。
天上界の人間は、村の外は夜になると見通しが悪くなるというのに、そんな場所に畑を作っている。
自業自得だ。
初日は大成功だった。
久しぶりに腹いっぱいキャベツを食べ、伊藤も高橋も文句を言いながら満足していた。
これが“部長”まで昇進した私の実力だ。
そのうち、奴らも分かるだろう。
今夜もまた、野菜祭りの時間である――。




