191話~遺跡探索②~
「リッシュ!? シリア司祭は?」
後ろを振り向いたアレスがリッシュに声を掛ける。
「ここにいます。ご心配をお掛けしました。」
リッシュの背後から、シリアがひょこっと顔を出した。
「シリア司祭!!」
アレスは慌てて小走りで近づき、治癒魔法を発動しようとする。
「えっ?」
だが、アレスの魔法は発動しなかった。
「やはり、あなたもですか。」
神聖魔法が使えず固まるアレスに、シリアが静かに言う。
「これは……どういうことですか?」
アレスがシリアに尋ねる。
「分かりませんが、この遺跡では地下1階より下では神聖魔法が使えないようです。」
「だから、意識が戻った後もホーリーライトを使わなかったのか。」
リッシュが納得したように頷く。
「すみません。あの時は、まだあなたに弱みを見せたくなくて……。」
シリアが俯きながら詫びを入れた。
「いや、かまわないさ。今、俺を仲間と思ってくれているなら、それで十分だ。」
リッシュの言葉に、シリアの表情がふっと明るくなる。
「それで、リッシュ。話を戻すが、“次元移動”――つまり次元魔法を使っていたというのは、どうして分かった?」
優人が尋ねる。
優人の仮説は“この遺跡は次元魔法で出入りしていた”というもの。
それをリッシュが確信にしてくれた理由が気になった。
リッシュは無言で魔方陣の中に入り、床の古代文字を指差した。
「ここに“オウレ”と書かれている。
次元魔法の力の根源は、古代獣オウレ様だ。
俺は次元魔法については詳しくないし、古代文字も読めないが、この“オウレ”だけはテトで見たことがある。」
「なるほど……。」
優人は魔方陣を見つめながら頷いた。
「次元魔法を使って、この遺跡を出入りしていた――それが今回の探索に何か関係あるのか?」
アレスが首を傾げる。
優人は少し気まずそうに頭を掻いた。
「いや、実は関係ない。次元魔法について知りたいのは、神隠し子である俺たちの都合なんだ。
探索としては、地下1階の部屋を徹底的に調べる必要があるってことくらいかな。」
「なるほど。」
アレスは笑顔で頷く。
「では、地下1階に戻りましょう。」
シリアの言葉で、一行は階段を登り始めた。
* * *
地下1階に戻ると、シリアがまず周囲の魔力を確かめた。
「あ、ここなら神聖魔法が使えます。」
自分に致死判定の魔法をかけ、容態を確認してから、シリアは安堵の表情を浮かべる。
真っすぐに伸びた通路の先には、先ほど崩落した礼拝堂の跡が大きな穴となって残っていた。
そこから、天井から淡い光が静かに降り注いでいる。
入り口ごと崩れいる――つまりそこから飛んで外に出られるという事だ。
通路の左右には、それぞれ2つずつの扉が並んでおり、そのうち1つは半開きになっていた。
「あそこに……誰かいるんでしょうか?」
シリアが半開きの扉を見つめ、小声で問う。
「恐らく誰もいない。さっき倒した連中が、あの部屋から出てきたんだろう。」
優人は答えると、スタスタと歩いていき、ためらいもなく扉を開けた。
「おいっ! トラップは!?」
リッシュが血相を変えて駆け寄る。
「あるわけない。」
優人は笑いながら言った。
確かに、罠があるはずがない。
少なくとも、この地下1階には。
ここは元・暗黒魔法使いの神殿であり、今は犯罪組織の隠れ家。
信仰の場としてではなく、ただの“隠れ家”として使われていた。
明かりの付け方すら知らなかった彼らが、罠を仕掛けるような手の込んだことをするはずがない。
……というかここは潜伏、生活の為の隠れ家のはず。
トラップなんて仕掛けていたら安心して隠れられない。
* * *
扉を開けると、10畳ほどの部屋があった。
中央には大きなテーブルが2つ並び、椅子が10脚ほど乱雑に置かれている。
テーブルの上には、食べ終わった皿や蝋燭の残骸が散乱していた。
「敵は10人か?」
リッシュが推測を口にする。
「それは分からない。椅子は1人1つ使うとは限らない。
使い回すこともあれば、1人で何脚も使うこともある。」
優人はそう言いながらテーブルに近づき、上を丹念に調べた。
皿にはまだ汁気が残り、臭いもきつい。
2~3日前に使われた形跡。
優人は鼻を手で押さえ、顔をしかめた。
「これ……なんだ?」
アレスが1枚の紙を拾い上げ、優人に見せる。
優人は受け取って目を通した。
そこには見たことのない文字がびっしりと書かれている。
象形文字にも似た、古代的な筆跡。
「どうだ? 読めるか?」
アレスが覗き込む。
「……いや、まったく分からん。」
優人が答えると、アレスは呆れ顔をする。
その様子を見たシリアがクスクスと笑い、紙を受け取った。
「優人さんは地上界の神隠し子ですよ。天上界の文字が読めるわけないじゃないですか。」
アレスは顔を赤らめ、気まずそうに頭を掻いた。
シリアは紙を目で追いながら、ゆっくりと読み上げた。
もう時間が無い。
イフリート様の怒りが落ちる前に、スタットの村長の娘を拐え。
私は念のため、代わりの生け贄を確保してくる。
――ジャック・オルソン
「こう書かれていますわ。」
シリアが読み終えると、空気が一気に重くなった。
「スタットの村長の娘……。スタットって村、どこにある?」
優人が問う。
「王都から半日ほど馬を飛ばした所です。
でも、なぜスタットの村長の娘なんでしょう?」
シリアが首を傾げる。
「身代金か?」
アレスが口を挟む。
「生け贄だよ。」
リッシュが即座にツッコミを入れる。
「代わりでも通用するらしいのが気になるな。
シリア、イフリートは悪魔だよな? 悪魔のルール的に何か思い当たることは?」
優人が尋ねる。
シリアは考え込み、やがて口を開いた。
「悪魔は、12歳から15歳くらいの女の子の魂を好むと言われています。」
その言葉に優人の脳裏を、フォーランドでのカルマの言葉がよぎった。
“思春期の魂は一番美味い”――。
「なるほど……。まあ、その辺りは王都に戻って綾菜に聞こう。
ルーンマスターとしての見解も気になる。」
アレスがそうまとめると、一同は頷いた。
* * *
次に入った部屋は台所だった。
だが、そこに広がっていた光景に、優人とシリアは顔を引きつらせた。
台所、風呂、そしてトイレ――。
すべてが同じ部屋の中に詰め込まれている。
「……こ、これはちょっと……。」
優人が顔をしかめる。
木造の床は腐りかけ、臭気がこもっていた。
便の臭いが漂う中で体を洗い、食事を作る――考えただけで吐き気がする。
「ここは……やめとくか?」
優人が提案するが、シリアは自分の頬を叩き、気合を入れて中へ入っていった。
リッシュも後を追う。
優人はため息をつき、アレスに廊下の警戒を任せると、渋々2人の後を追った。
アレスは――探索には向かない。
剣と盾、そして筋力は誰よりも頼れるが、推測や観察は苦手。
戦闘では頼もしいが、調査では優人が前に出るしかない事が分かった。
優人の中に1つの懸念が生まれていた。
――ジャック・オルソン。
あのメモは命令書のような内容だった。
命令を出す側は、出される側より上の立場。
つまり、ジャックはあの2人の上司であり、恐らく戦闘力も上。
万が一、この場に戻ってきたら戦闘は避けられない。
だからこそ、アレスを通路に残し、警戒に当たらせたのだった。
「堕落とは何なのでしょう。
こんな劣悪な環境で生活できるのは、逆に精神修行のようにも思えます。」
シリアが顔を引きつらせながら言う。
優人は苦笑した。
確かに、清潔な暮らしに慣れた人間には耐えがたい環境だ。
だが、汚い環境も長くいれば慣れてしまう。
「泥沼で生まれた魚は、そこが汚いとは知らないまま一生を終える。
でも、綺麗な湖で生まれた魚を泥沼に移すと、死ぬことすらある。
人それぞれ、適した環境があるんだよ。」
リッシュが穏やかに言う。
「なるほど……。」
シリアが素直に頷く。
「そして、森で育った俺たちエルフも人間とは価値観が違うが……。」
リッシュは鼻の頭を掻きながら、少し照れくさそうに言った。
「シリアの笑顔には、俺でも癒される。」
「ありがとうございます。」
シリアが微笑みながら返す。
――その瞬間、優人の動きがピタリと止まった。
リッシュ……まさかシリアに!?
サリエステール、とうとう神と古代獣の垣根まで越えるのか!?
優人は思わず口元を緩めた。
結局、この部屋には有用な情報は見つからず、一行は次の部屋へ向かった。
* * *
最後に入った2つの部屋には、二段ベッドが10台ずつ並んでいた。
木製のベッドは老朽化が進み、上段は今にも崩れそうだ。
下段のベッドには6台だけ、新しいシーツが敷かれていた。
「6人か……。」
優人が呟く。
この神殿は神話の時代に造られたものだが、ベッドの状態から見て、
ここ200~300年の間にも誰かが使っていた可能性がある。
そして、今使っていた連中は6人。
だが、実際に遭遇したのは2人だけ。
残る4人は――スタットの村にいる。
優人たちが遺跡に入った時間を考えると、すでに村に到着し、
村長の娘を拐ってしまっているかもしれない。
優人はこの推測を仲間たちに伝えたが、シリアもアレスも焦りを見せなかった。
「生け贄の受け渡しは“月の無い日”――つまり、日食の夜です。」
シリアが静かに言った。
地上界と同じ周期ならば、まだ2週間ある。
優人たちは焦らず、一度王都へ戻り、綾菜に相談することにした。




