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交界記 ―二つの世界の物語―  作者: なぎゃなぎ
第六章~白と黒の戦い~

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191話~遺跡探索②~

挿絵(By みてみん)

「リッシュ!? シリア司祭は?」

後ろを振り向いたアレスがリッシュに声を掛ける。


「ここにいます。ご心配をお掛けしました。」

リッシュの背後から、シリアがひょこっと顔を出した。


「シリア司祭!!」

アレスは慌てて小走りで近づき、治癒魔法を発動しようとする。


「えっ?」

だが、アレスの魔法は発動しなかった。


「やはり、あなたもですか。」

神聖魔法が使えず固まるアレスに、シリアが静かに言う。


「これは……どういうことですか?」

アレスがシリアに尋ねる。


「分かりませんが、この遺跡では地下1階より下では神聖魔法が使えないようです。」


「だから、意識が戻った後もホーリーライトを使わなかったのか。」

リッシュが納得したように頷く。


「すみません。あの時は、まだあなたに弱みを見せたくなくて……。」

シリアが俯きながら詫びを入れた。


「いや、かまわないさ。今、俺を仲間と思ってくれているなら、それで十分だ。」

リッシュの言葉に、シリアの表情がふっと明るくなる。


「それで、リッシュ。話を戻すが、“次元移動”――つまり次元魔法を使っていたというのは、どうして分かった?」

優人が尋ねる。


優人の仮説は“この遺跡は次元魔法で出入りしていた”というもの。

それをリッシュが確信にしてくれた理由が気になった。


リッシュは無言で魔方陣の中に入り、床の古代文字を指差した。


「ここに“オウレ”と書かれている。

次元魔法の力の根源は、古代獣オウレ様だ。

俺は次元魔法については詳しくないし、古代文字も読めないが、この“オウレ”だけはテトで見たことがある。」


「なるほど……。」

優人は魔方陣を見つめながら頷いた。


「次元魔法を使って、この遺跡を出入りしていた――それが今回の探索に何か関係あるのか?」

アレスが首を傾げる。


優人は少し気まずそうに頭を掻いた。

「いや、実は関係ない。次元魔法について知りたいのは、神隠し子である俺たちの都合なんだ。

探索としては、地下1階の部屋を徹底的に調べる必要があるってことくらいかな。」


「なるほど。」

アレスは笑顔で頷く。


「では、地下1階に戻りましょう。」

シリアの言葉で、一行は階段を登り始めた。


* * *


地下1階に戻ると、シリアがまず周囲の魔力を確かめた。


「あ、ここなら神聖魔法が使えます。」

自分に致死判定の魔法をかけ、容態を確認してから、シリアは安堵の表情を浮かべる。


真っすぐに伸びた通路の先には、先ほど崩落した礼拝堂の跡が大きな穴となって残っていた。

そこから、天井から淡い光が静かに降り注いでいる。

入り口ごと崩れいる――つまりそこから飛んで外に出られるという事だ。



通路の左右には、それぞれ2つずつの扉が並んでおり、そのうち1つは半開きになっていた。


「あそこに……誰かいるんでしょうか?」

シリアが半開きの扉を見つめ、小声で問う。


「恐らく誰もいない。さっき倒した連中が、あの部屋から出てきたんだろう。」

優人は答えると、スタスタと歩いていき、ためらいもなく扉を開けた。


「おいっ! トラップは!?」

リッシュが血相を変えて駆け寄る。


「あるわけない。」

優人は笑いながら言った。


確かに、罠があるはずがない。

少なくとも、この地下1階には。


ここは元・暗黒魔法使いの神殿であり、今は犯罪組織の隠れ家。

信仰の場としてではなく、ただの“隠れ家”として使われていた。

明かりの付け方すら知らなかった彼らが、罠を仕掛けるような手の込んだことをするはずがない。

……というかここは潜伏、生活の為の隠れ家のはず。

トラップなんて仕掛けていたら安心して隠れられない。


* * *


扉を開けると、10畳ほどの部屋があった。

中央には大きなテーブルが2つ並び、椅子が10脚ほど乱雑に置かれている。

テーブルの上には、食べ終わった皿や蝋燭の残骸が散乱していた。


「敵は10人か?」

リッシュが推測を口にする。


「それは分からない。椅子は1人1つ使うとは限らない。

使い回すこともあれば、1人で何脚も使うこともある。」

優人はそう言いながらテーブルに近づき、上を丹念に調べた。


皿にはまだ汁気が残り、臭いもきつい。

2~3日前に使われた形跡。

優人は鼻を手で押さえ、顔をしかめた。


「これ……なんだ?」

アレスが1枚の紙を拾い上げ、優人に見せる。


優人は受け取って目を通した。

そこには見たことのない文字がびっしりと書かれている。

象形文字にも似た、古代的な筆跡。


「どうだ? 読めるか?」

アレスが覗き込む。


「……いや、まったく分からん。」

優人が答えると、アレスは呆れ顔をする。


その様子を見たシリアがクスクスと笑い、紙を受け取った。

「優人さんは地上界の神隠し子ですよ。天上界の文字が読めるわけないじゃないですか。」


アレスは顔を赤らめ、気まずそうに頭を掻いた。


シリアは紙を目で追いながら、ゆっくりと読み上げた。


もう時間が無い。

イフリート様の怒りが落ちる前に、スタットの村長の娘を拐え。

私は念のため、代わりの生け贄を確保してくる。


――ジャック・オルソン


「こう書かれていますわ。」

シリアが読み終えると、空気が一気に重くなった。


「スタットの村長の娘……。スタットって村、どこにある?」

優人が問う。


「王都から半日ほど馬を飛ばした所です。

でも、なぜスタットの村長の娘なんでしょう?」

シリアが首を傾げる。


「身代金か?」

アレスが口を挟む。


「生け贄だよ。」

リッシュが即座にツッコミを入れる。


「代わりでも通用するらしいのが気になるな。

シリア、イフリートは悪魔だよな? 悪魔のルール的に何か思い当たることは?」

優人が尋ねる。


シリアは考え込み、やがて口を開いた。

「悪魔は、12歳から15歳くらいの女の子の魂を好むと言われています。」


その言葉に優人の脳裏を、フォーランドでのカルマの言葉がよぎった。

“思春期の魂は一番美味い”――。


「なるほど……。まあ、その辺りは王都に戻って綾菜に聞こう。

ルーンマスターとしての見解も気になる。」

アレスがそうまとめると、一同は頷いた。


* * *


次に入った部屋は台所だった。

だが、そこに広がっていた光景に、優人とシリアは顔を引きつらせた。


台所、風呂、そしてトイレ――。

すべてが同じ部屋の中に詰め込まれている。


「……こ、これはちょっと……。」

優人が顔をしかめる。


木造の床は腐りかけ、臭気がこもっていた。

便の臭いが漂う中で体を洗い、食事を作る――考えただけで吐き気がする。


「ここは……やめとくか?」

優人が提案するが、シリアは自分の頬を叩き、気合を入れて中へ入っていった。

リッシュも後を追う。


優人はため息をつき、アレスに廊下の警戒を任せると、渋々2人の後を追った。


アレスは――探索には向かない。

剣と盾、そして筋力は誰よりも頼れるが、推測や観察は苦手。

戦闘では頼もしいが、調査では優人が前に出るしかない事が分かった。


優人の中に1つの懸念が生まれていた。


――ジャック・オルソン。


あのメモは命令書のような内容だった。

命令を出す側は、出される側より上の立場。

つまり、ジャックはあの2人の上司であり、恐らく戦闘力も上。


万が一、この場に戻ってきたら戦闘は避けられない。

だからこそ、アレスを通路に残し、警戒に当たらせたのだった。


「堕落とは何なのでしょう。

こんな劣悪な環境で生活できるのは、逆に精神修行のようにも思えます。」

シリアが顔を引きつらせながら言う。


優人は苦笑した。

確かに、清潔な暮らしに慣れた人間には耐えがたい環境だ。

だが、汚い環境も長くいれば慣れてしまう。


「泥沼で生まれた魚は、そこが汚いとは知らないまま一生を終える。

でも、綺麗な湖で生まれた魚を泥沼に移すと、死ぬことすらある。

人それぞれ、適した環境があるんだよ。」

リッシュが穏やかに言う。


「なるほど……。」

シリアが素直に頷く。


「そして、森で育った俺たちエルフも人間とは価値観が違うが……。」

リッシュは鼻の頭を掻きながら、少し照れくさそうに言った。

「シリアの笑顔には、俺でも癒される。」


「ありがとうございます。」

シリアが微笑みながら返す。


――その瞬間、優人の動きがピタリと止まった。


リッシュ……まさかシリアに!?

サリエステール、とうとう神と古代獣の垣根まで越えるのか!?


優人は思わず口元を緩めた。


結局、この部屋には有用な情報は見つからず、一行は次の部屋へ向かった。


* * *


最後に入った2つの部屋には、二段ベッドが10台ずつ並んでいた。

木製のベッドは老朽化が進み、上段は今にも崩れそうだ。

下段のベッドには6台だけ、新しいシーツが敷かれていた。


「6人か……。」

優人が呟く。


この神殿は神話の時代に造られたものだが、ベッドの状態から見て、

ここ200~300年の間にも誰かが使っていた可能性がある。

そして、今使っていた連中は6人。


だが、実際に遭遇したのは2人だけ。

残る4人は――スタットの村にいる。


優人たちが遺跡に入った時間を考えると、すでに村に到着し、

村長の娘を拐ってしまっているかもしれない。


優人はこの推測を仲間たちに伝えたが、シリアもアレスも焦りを見せなかった。


「生け贄の受け渡しは“月の無い日”――つまり、日食の夜です。」

シリアが静かに言った。


地上界と同じ周期ならば、まだ2週間ある。


優人たちは焦らず、一度王都へ戻り、綾菜に相談することにした。

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