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交界記 ―二つの世界の物語―  作者: なぎゃなぎ
第一章~地上界の剣士~
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9話~旅立ち~

挿絵(By みてみん)

「どーん!!」


「ぐびゃら!!」


椅子で寝ていた優人に、絵里が勢いよく飛び込んできた。今日の朝も、こうして始まる。

優人はむせながら目を覚まし、げほげほと咳き込む。


「最悪の目覚めだな……」


「優人さん、早く行こうよ!エシリアさんの家!」


眠そうにしている優人の体を、絵里がゆさゆさと揺らしながら急かす。


「気が早すぎるだろ……。今日の昼から山に行くんだぞ?」


優人は少し強めに返して、絵里を黙らせようとする。


「でももう目が覚めたもん!」


「知らんがな……」


結局、優人は絵里に急かされるまま、渋々酒場に降りて朝食をとった。


「午前中は鍛冶屋に行って、刀を取りに行くからな」


食事をしながら、優人は絵里に今日の予定を伝える。


「私も行く!」


絵里はすぐさま元気よく返事をする。


朝食を終えた二人は、鍛冶屋へと向かった。


* * *


「おう、来たか優人!」


鍛冶屋に入ると、威勢の良い声で職人のおじさんが迎えてくれる。


「おはようございます。刀の調子はどうですか?」


優人は挨拶を済ませると、すぐに刀の仕上がりを気にした。

地上界の刀鍛冶の技術は非常に高い。そんな代物を、技術力のわからないこの世界の職人に預けたのだ。

心配しないわけがない。


「ばっちりだよ。……にしても、見るたび惚れ惚れする武器だな。

使い手がいるとはいえ、こいつは芸術品だよ」


そう言って、おじさんは鞘から刀を抜き、刀身に目を奪われる。


「盗まないでくださいよ?」


「へっへっへ。盗んでやりたい気持ちは山々だが、武器は使ってこそだ。

使いこなせねぇ俺が持っても、刀が泣くってもんさ」


そう語るおじさんの目は真剣で、武器を心から愛していることが伝わってくる。

“理想の死にざまは、世界最高の武器で殺されること”が口癖だ。

優人も武器は好きだが、さすがにそこまで狂えない。少し引いた。


「この刀を打った職人もすごいよな。地上界の人間なんだろ?

突き技には向いてねぇが、切れ味と美しさは文句なしだ。よだれが出るぜ」


「銘は入ってるけど、量産された中の一本ですよ。

地上界の武器屋で三十万くらいで買いました」


優人はそう説明する。


「この完成度で数打ちかよ……日本って国に行ってみたくなってきたな」


悔しそうにおじさんが言う。


「おっさんが行ったら逆に怒られるかもな。

名刀ほど厳重に保管されてて、触ることすらできないし、当然使われてもいない」


優人は話に付き合いながら、少し楽しそうに答える。


「全部、俺が救い出してやる!」


「それは犯罪だ」


無茶なことを言うおじさんに、すかさずツッコミを入れる。


「ところで優人、この刃文はもんなんだが……なんでこんなにうねうねしてるんだ?」


さすが鍛冶の職人、おじさんは刀の細かい違いにも気づいている。


「ああ、それは『互のぐのめ』ってやつです。

刀に焼きを入れるとき、あえてそうするんです。

直刃すぐはも多いですけど、俺はこっちの方が好きで。面白みがありますから」


優人が簡潔に説明する。


「やっぱり、わざとなんだな……いや、見事だ!

こいつを使った戦い方、見てみてぇなぁ!」


職人魂がうずくのか、おじさんは目を輝かせる。


「戦闘は危険ですから、諦めてください」


優人は即答して、きっぱりと断った。


「優人さんの刀の動きって、なんか舞を踊ってるみたいで綺麗ですよ。

その切っ先から、真っ赤な花びらが飛び散るみたいな感じ!」


絵里が突然、詩的な感想を口にする。


「……え?」


その発想に、優人は驚く。


だから山賊や狼との戦いを見ても怯えなかったのか……。

戦闘を“綺麗なもの”として見ていたのだと、優人はなんとなく納得する。


「でもさー、そこまで綺麗なら、刀の装飾ももっと華やかにすればいいのに」


今度は絵里が、刀の拵え(こしらえ)について口を出す。


「いやいや、実用的な美しさこそが刀の魅力だろ?

じゃらじゃら飾り立てる方が逆にダサいって」


鍛冶屋のおじさんがすかさず反論する。彼の趣味も優人と似ているらしい。


「えー……だって真っ黒じゃん」


分かっていない絵里が、さらに不満げに言う。


「よし、つかから順番に説明しよう!」


優人は我慢できずに、力説モードに入る。


柄頭つかがしらはあえて銀色の鋼で四角くしてあるんだ!

ここは柄当てする場所だから、あえて無地にしてある。

柄の内側には鮫皮を使ってて、柄巻は合成樹皮。タコ糸より圧倒的にフィット感がいい!


目貫めぬきは火の鳥、つばも火の鳥が刀身を囲むように舞ってる。

しかも!火の鳥以外の部分はわざと錆びさせてあって、火の鳥だけが浮き出るようになってる!


さやは上品な黒漆一色。光沢がたまらなくて、下げ緒は色落ちした黒紫で“わびさび”を表してる!」


興奮気味に語る優人に、絵里とおじさんは一瞬黙り込んだ。


「う、うん。スゴイネー……」


絵里はまったく理解していないくせに、いい加減な返事をする。


「よし、もう一度説明を――」


「いや!分かったから!興味ないから、もう大丈夫!」


ついに絵里が本音を口にした。

優人はショックでしょんぼりする。

おじさんはそれとなくフォローを入れてくれる。


気まずくなった空気を察して、絵里が慌てて優人を外に連れ出した。


酒場に戻ると、カウンターにはすでにエシリアの姿があった。

まだ昼には少し早い。


――待ちきれなかったのか?


優人がそう思っている間に、絵里はまっしぐらにエシリアへ駆け寄り、勢いよく抱きつく。


まるで犬のようだな――優人は心の中でそうツッコむ。


「お弁当を用意してきたんです。今日は天気も良いですし、山の頂上で一緒に食べませんか?」


なるほど、そういうことか。

優人は納得し、三人は早めに出発して山へ向かうことにした。


* * *


道中、狼や山賊の姿が何度か見えたが、優人の姿を確認するとすぐに逃げていった。

山賊の方は、以前脅した効果がよほど効いているらしい。

獣は、もしかしたらカムイを倒した時に付いた血の匂いが、まだ優人の身体に残っているのかもしれない。


――洗濯もしてるし、風呂にも入ってるけど……獣の嗅覚ってすごいんだな。


そんなことを考えながら、優人は少しがっかりしていた。

せっかくの冒険なのに、敵が勝手に逃げてしまうのでは張り合いがない。

とはいえ、エシリアや絵里が安心して山を登れるのはありがたいことでもあった。


山頂に着くと、エシリアが木陰にござを広げ、持参した弁当を取り出す。

中身はサンドイッチとちょっとしたつまみだ。三人で輪になって食事を楽しむ。


「そういえば、酒場の依頼に“エリク草の採取”ってありましたよね?この辺にあるんですか?」


優人がサンドイッチを手に取りながら尋ねる。


「最近は、あまり見かけなくなりましたね……。

昔はこのあたり一帯に、白い綿毛のような花がたくさん咲いていたんですが……。

乱獲のせいで、数が減ってしまったんです」


エシリアの瞳は、少し寂しげだった。


その様子から、彼女が自然や資源を大切にする人だということが伝わってくる。

優人も、無意味に命や自然を消耗するのは嫌いだ。彼女の価値観に共感を覚える。


――戦闘力のない冒険者が、金欲しさに草を根こそぎ取っていったって……マスターも言ってたな。


「よし、やめよう」


優人は少しだけエリク草を採って帰るつもりでいたが、やめることにした。


食事を終えると、エシリアが立ち上がって優人に声をかけた。


「優人さんは、ここで座っていてください。

この山では、優人さんの存在自体が抑止力になっているようですし」


登ってくる途中の山賊や獣の反応から、彼女はそれを確信したのだろう。

優人は頷き、残っていたつまみをつまみながら、エシリアと絵里を見送った。


ふたりは、巣のある木へと近づいていく。

――危なくないか?と優人は思ったが、エシリアがすぐに風水魔法を使ってハチの巣に何かを施す。


次に彼女は巣の下に器を置き、別の魔法を放つと、数匹のハチと共に、はちみつが器にぽとぽとと落ちてきた。


何をしているのか詳しくは分からないが、魔法ってやっぱりすごい。

優人は思わず感心した。


やがて二人は、たっぷりのはちみつを手に戻ってきた。

落ちてきたハチは、ちゃんとその都度取り除いたらしい。


「これをお師匠様に届けると、美味しいはちみつに変えてくださるんです」


エシリアが嬉しそうに言う。


「そのままじゃダメなの?」


「はい。もうひと手間かけるんです。

そうすると甘くなって、紅茶に入れるとすごく美味しくなるんですよ」


エシリアは手を頬に当て、うっとりと語る。

その様子があまりに幸せそうで、優人もつられてほっこりする。


* * *


帰り道。


優人はエシリアに、「そろそろ旅に出ようと思っている」と伝える。

エシリアも「ちょうど街へ行きたかった」と言っていたので、出発日の相談を持ちかけた。


そして話し合いの結果――明朝に旅立つことが決まった。


絵里は、マスターや鍛冶屋のおじさんと別れるのが少し寂しそうだった。

けれど、「地上界に戻って、両親や好きな人に会うんだ」と自分に言い聞かせて我慢している。

エシリアに関しては、「一緒に地上界に行こうよ!」なんて無茶なことまで言っていた。


その夜、夕食をとりながらマスターに旅立ちの話をする。


「そうか……もう行っちまうのか。まあ、そういうもんだな」


マスターは少し寂しそうに笑いながらも、しっかりと受け入れてくれた。


翌朝。

エシリアが酒場に現れ、三人で最後の朝食をとった。

そのあと、優人たちは出発の挨拶をしにマスターのもとへ向かう。


「おい、優人よ。これは餞別だ。持ってけ」


そう言ってマスターは3万ダームを差し出す。

さすがに受け取りを一度は断ったが、最終的にはありがたく受け取った。


ラルフ、チェダ、ナフィの三人も見送りに来てくれていた。


「お前ら、気をつけて戦えよ?山賊の頭はまだ残ってる。お前らで何とかしてくれ」


優人の激励に、三人は元気よく返事を返す。


この村で過ごしたのは、たった一週間――

だが、時間以上に濃い日々だった。


優人は心の中で、村の人々一人ひとりに感謝しながら、村を後にする。


これから、どれだけの街を渡り、いくつの国を越えるのだろうか。

絵里を、無事に地上界へ戻すことはできるのだろうか――

そして、綾菜との再会は……?


期待と不安を胸に抱えながら、三人の旅が始まる。

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