番外編 本当の呪いの人形 2
王都一二を争う商会の一つ、
ザブロック大商会。
そこの主人が、
ベンジャミン・ザブロックという男だ。
貴族ではないが、戦争用の備品類や保存食の調達、珍しい輸入品を扱い、
王国軍や貴族たちに重宝されていた。
しかし一方裏では、禁制品である違法薬物を王国中に売りさばき利益を貪っていた。
ベンジャミンは悪人だ。
自分の欲を満たすためなら犯罪行為も平気でする。
そんなベンジャミンの唯一の楽しみは、
彼の邸宅の地下室にあるコレクタールームに篭り、
自身が世界中から集めた美しい人形たちを愛でることだった。
部屋の四方の壁にある飾り棚に並び置かれた数々の美しい人形たち。
そして部屋の真ん中に置かれた
大きなガラスケースの中には、
まるで玉座の様に手の込んだ装飾で飾られた豪華な椅子。
その椅子に人間の子供と同じ大きさの美しい人形が、座っていた。
ソフィアの家、フェンロール子爵家から帰って来たベンジャミンは、
邸宅の地下室のコレクタールームへ真っ直ぐに向かった。
自分が集めた美しい人形たちを満足そうに愛でるベンジャミン。
特に大きなガラスケースに入っている、子供のような女の子の美しい人形が、
お気に入りだった。
「お前は世界一美しい人形だ。」
「こんなに美しく素晴らしい人形は、私だけのものだ。」
「お前を手に入れることが出来て、私は本当に満足だ。」
その人形を愛おしそうに見つめて話しかけるベンジャミン。
彼は気付かなかった。
まるで生きている人間のように、
彼に熱い視線を向けている、
ガラスケースの人形の女の子の眼に。
ふっと目を人形から反らし、
いきなり不機嫌になるベンジャミン。
「フェンロールのやつ、娘だと言ったが、嘘だ。あれを手離したくないのだ。あの生きた人形姫を。」
「出窓に座る姿を見た時、驚きと興奮で私の心臓は高鳴った。私はやっと出会えたのだ『生きた人形姫』に。」
「一度は身を引いて帰ったが、どうしても欲しい。」
「必ず手に入れやる。」
ベンジャミンの独り言をじっと聞いているかのように、
彼を見つめるガラスケースの中の人形。
その眼には、
怒りと嫉妬に燃える炎が浮かんでいた。
『貴方の心と身体は私だけのもの。貴方の瞳に映るのは私だけよ。』
突如、
その人形から黒いモヤモヤが現れ、ガラスケースを割った。
みるみる部屋に充満する黒い霧。
それは彼女(人形)が生み出した、
ベンジャミンへの歪んだ愛情欲、嫉妬、執着心だった。
黒い霧は渦を巻き、部屋の中を嵐のように吹き荒れた。
飾り棚に飾られていた人形たちが、次々と倒れ、床に落ちて行く。
異変に気付きドアを開けるが、
びくともしない。
ベンジャミンは、窓もない部屋の中を逃げ惑うことしか出来なかった。
沢山の人形たちが、ぶつかり擦れるうちに静電気が起きた。
あっという間に発火し、燃え出す人形たち。
部屋が炎に包まれていく。
割れたガラスケースから人形が、
ベンジャミンに飛び付いた。
炎が蛇のように彼の身体に絡みつく。
熱さと息苦しさで、
身をくねらせるベンジャミン
「た、助けてくれー。」
彼の最後の叫びも虚しく、
人形にしがみつかれたままベンジャミンは、地獄の様な炎の海へと静かに沈んで行った。