番外編 本当の呪いの人形 1
ソフィアが五歳の頃、
自分の父の領地フェンロール領に国王カルロス・セレブキシンが、
領地視察に長男(第一王子)である七歳のエンニを連れて来たことがあった。
この時ソフィアはエンニと出会い、
楽しく美しい時間を過ごしたことがあった。
(このことがきっかけに、二人の運命の輪が大きく動くことになる)
エンニが帰ると、寂しいという自分の感情に戸惑うソフィア。
エンニとの楽しい思い出を反芻するように、出窓に座り、裏庭の草花を何時間も眺めて過ごしていた。
ほとんど動かず、
出窓で座っている姿は外から見れば
子供の大きさの美しい人形が
出窓に飾られているように見えていた。
その頃、父との商談の為に頻繁に邸へ、王都からやって来る商会の男がいた。
実は、商談は建前で男の狙いは、
噂で『人形姫』と呼ばれているソフィアだった。
事もあろうに出窓に座っているソフィアを本物の人形だと思っていたのだ。
そしてソフィアの父に
言い値で売ってくれるように交渉した。
ソフィアの父は驚き、
慌ててそれは自分の娘だと話した。
だがその男は、ソフィアの父が人形を手離さない為の嘘だと勝手に思い込んだ。
その後も表向きは商談だど言い、
毎日邸に押しかけて来た。
実際話の殆どは、
人形を譲るよう迫っていた。
困り果てたソフィアの父は、
娘を男に直接会わせることにした。
そして、ソフィアは自分の娘だと説明した。
品定めをするようにソフィアを間近で見る男。
心の中で歓喜する。
『本物の生きた娘人形だ、これこそ人形姫だ。』
彼の目は、欲望で覆われ真実が見えなくなっていた。
ソフィアに会ってから、自分の勘違いを詫び入れ、あっさり身を引いた男。
あの男は、自分を決して諦めないだろう。
なぜなら、あの男の目は、
生きた人形を欲している者の目だ。
ソフィアは直感でそう思うのであった。
このままではいずれ、恐ろしい出来事が起きるに違いない。
そう思うとソフィアの小さな体が、少し強ばった。
ソフィアは幼い子供だが、とても賢い娘だった。
彼女は他の子供にはない力、
呪いや負の感情が、
黒い霧のようなモヤモヤに見える能力を持っていた。
そして、その黒いモヤモヤが、人間に悪い影響を与え、
良くない事、悪事をさせることを知っていた。
ソフィアには男に纏わり付く負の感情と邪な欲望が呪いとなり、
悪影響を与えているのが見えていた。
そして、それとは別に
人ではない者の大きな執着心が、
この男をねっとりと包み込んでいるのも感じ取っていた。
『とても厭な感じだ』
この不快さは、今まで感じたことがないものだった。
男の帰る後ろ姿を見ていると、
ある感覚に襲われた。
男の背から威嚇するかのようにどす黒い圧力が、ソフィアに向けられていた。
これは嫉妬と執着心か。
かなり厄介だな。
こんなやつに関わりたくない。
ソフィアはその黒い圧力に向かって、心の中で強く言い放った。
『私はその男に一欠片も興味はない』
すると男の姿が小さく見えなくなる頃には、重圧は消え失せていた。