Episode2 スプリッカ(裂け目)
「おは..よう?って赤ん坊と話せるわけないかあ」
――誰?
突然、頭の中に直接語りかけるような声が聞こえた。私は驚きながら声の主を探し、目の前の牛の乳を避けるように目を動かした。すると、私の真上にいた一頭の牛が動きだした。
その牛は、元の世界の牛ではなかった。お腹に裂け目のような奇妙な模様があり、白色でも黒色でもなく苔の中で擬態したようなモスグリーン色をしていた。
「あなたが、喋ったの?」
私が疑問を頭に浮かべると、その牛は驚いた様子で答えた。
「やっぱり赤ん坊が喋ってるう!?僕はアウラ。この牧場に住む牛だよう」
牛が喋った。いや、もしかしてこれはテレパシー? まるで人と会話しているかのように、私の頭に言葉が流れ込んでくる。
……いやいや、そんなことよりも、私は何故ここにいるのかを知りたい!
...?...!...?...!
アウラとの会話のおかげで、私はいくつかの事実を知ることができた。
まず、私は突然この牛舎に現れたらしい。アウラによると、彼女は昨夜までここに私のような赤ん坊がいた記憶はないと言う。つまり、私の存在は昨日までこの世界になかった可能性が高い。
次に、 この場所は「ミズズ」という国の「ゴード街」にある牧場だという。ミズズ……聞いたことがない。つまり、私はやはり異世界に来てしまったのか?
さらに、アウラはこれまで人間や赤ん坊と話したことがなかったという。つまり、アウラが私と話せるのは私側に原因があるということだ。
――異世界転生。
私はそういうアニメを何度か見たことがある。でも、どれも最後まで見たことはないし、結末を知らない。
だけど、まさか自分が本当に転生してしまうなんて……。
私は元の世界に帰ることができるのだろうか?
そんな疑問が頭をよぎる。しかし、それ以上に私には気になることがあった。
この異世界で、私は生きていけるのだろうか?
私は元の世界で「愛は全てを超越する」という哲学を掲げ、それを信じて生きてきただけのアラサー。愛とは相手の幸せを尊重すること。相手とは目に見えるものだけではなく、万物のこと。万物の幸せを尊重することで、自分も万物から愛される。……そういった「愛」の力を信じてきただけ。
だが、ここは異世界。元いた世界の常識がどれだけ通用するかは分からない。
……いや、それを考えるのは今じゃないか...まずは、この牛舎から出る方法を考えなくては...
私は赤ん坊の体。自力で動くことすらままならない。けれど、このまま何もしなければ牛舎の中で冷たくなるのを待つだけだ。
牛舎の隙間から差し込む光を見つめながら、私はこれからの行動を考え始めた――。