Episode12 ストールペルソン(偉人)
私とフレイは客室に戻ると、ベッドを選んだ。
私は窓際のベッドに腰掛けた。不思議な素材でできていて、見た目は紙のように軽そうなのに、実際に触れるとふんわりと柔らかくて温かかった。
お風呂から上がったばかりのフレイと話していると、つい地上から来たことを口にしてしまった。彼は目を丸くして驚く。
「えっ、本当に? 君、地上の出身なの?」
興味津々といった様子で、地上の暮らしについて矢継ぎ早に質問してくる。私はできるだけ詳しく答えた。牧場のこと、空の色、夜の静けさ——そんな何気ない話にも、フレイは目を輝かせて聞いてくれる。
「すごいね!そんなことってあるんだ!」
フレイは、天界の生活についても教えてくれた。その中でも、私が特に興味を引かれたのは、天界に棲む妖精たちの話だった。
「例えば、食堂で料理を作っていた羽の生えた生き物はアールヴァル妖精っていうんだ。彼らはアールヴっていう種族で、すごく賢いんだ。でも、その一方でデックアールヴァルっていう妖精もいてね……そいつらはエインヘリャルの生気を食べるんだよ」
「……え、生気を?」
「うん。まぁ、僕も本でしか見たことはないし、普通に暮らしてたら出会わないだろうね。彼らの住処は誰も知らないんだ」
生気を食べる妖精……。私は思わず想像してしまった。地上にはそんな存在はいなかったけれど、天界には不思議な生き物がたくさんいるようだ。
「そういえば、天界では毎日決まった時間に通り雨が降るんだよ」
「通り雨?」
「うん。夜中の十二時と昼の十二時に必ず降るんだ。それも、ほんの短い時間だけね」
「グリンカムビみたいに、誰かが降らせているのかな?」
「面白い発想だね!考えてもみなかったよ」
そんな話をしているうちに、ふと私は学園について何か知っているか尋ねてみた。すると、フレイは学園長グリームニル・フークの伝説を語ってくれた。私はフリッグ副学園長と家名が同じことに気付いた。夫婦なのだろうか。
「グリームニル学園長は、かつてロキを倒した英雄なんだ」
ロキ——その名を聞いて、私は思わず手配書を思い出した。
「父さんから聞いた話だけどね。百数十年前、天界は滅びかけたことがあるんだって。天界を創造したという言い伝えのある、創造主ユーミルが暗殺されてしまってね。その暗殺を仕組んだのがロキっていう奴だった。ユーミルを失った天界は大混乱に陥ったんだけど、グリームニルがロキを討ち、知恵と力で世界を立て直したんだって」
私は、それは重罪で指名手配されるわけだと思った。それに、そんな偉大な人物のもとで学べるなんて——私はとても光栄なことのようにも思った。
話しているうちに時間はあっという間に過ぎた。フレイとの会話は楽しく、心が弾んだ。
ふと気づくと、窓の外には通り雨が降っていた。雲海にきらめく雨粒が吸い込まれていく光景は、幻想的で心を奪われた。私は窓際でフレイと並んでその景色を眺めた。
「明日に備えて、そろそろ眠ろうか」
「そうだね。また地上の話を聞かせてね」
私はベッドに横になり、雲海を眺めながら目を閉じた。軽くて柔らかく、暖かい紙のベッドは心地よい。まぶたがゆっくりと重くなっていく。
その時、窓際で何かが動いた。
目を凝らすと、雲間からアーチを描くように飛ぶ影があった。それは——人魚だった。
宙を舞うその姿は、妖艶でありながらも、どこか儚げで美しかった。ゆっくりと雲海に消えていく。時間がゆっくりと流れているような感覚に陥った。
(……美しい…...あれは少年少女には刺激が強過ぎるか.....)
そんなことを考えながら、意識は深い眠りへと沈んでいった——。