とある町の聖女 1
「神はあなたたちを祝福します」
私は今日、聖女になった。
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15になった今日、私マリーは聖都に赴いた。
その目的は、神の祝福を授かって聖女になるためだ。
聖女になるからといって、何か特別な力を授かるわけではない。
ただ、神エリーゼに聖女として認めてもらう必要があるのだ。
「嬢ちゃんも聖都に行くのか?」
聖都に向かう馬車の中で男に声をかけられた。
30手前ぐらいに見える男だ。
「えぇ。あなたは?」
「俺は冒険者だよ。この前の冒険で受けた呪いを解呪してもらうために聖都を目指している」
男はそう言いながら、左袖をまくった。
男の左腕は、黒く腫れ酷く痛そうだった。
「嬢ちゃんの歳で聖都に行くってことは、祝福を授かりに行くんだな」
「はい。私は聖女になるために聖都を目指しています」
「そりゃあ立派なことだな」
聖女の仕事は主に二つ。
一つは教会の管理で、もう一つは孤児を預かることだ。
「俺たち冒険者は、突然命を失うことが多い。俺の知り合いもつい最近命を落とした。そしてそいつには子供がいた。母親は子供を産んだときに亡くなってる。だからそいつの子供は、孤児として教会に預けられた。俺たち冒険者にとって、教会や聖女ってのは頼りになる存在だ。嬢ちゃんが、立派な聖女になることを期待してるぜ!」
「ありがとうございます」
彼の言う通り、教会に預けられる孤児のほとんどが冒険者の子供だ。
かくいう私も、冒険者の子供で孤児の一人だ。
両親二人とも冒険者で、物心つく前に二人を失った。
それから私は教会に預けられて今日まで過ごしてきた。
私が聖女を目指したのは、自分のような子供たちの面倒を見たいと思ったからだ。
聖都へは馬車で3日かかる。
まだまだ長い道のりである。
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旅は長い……と思っていた。
だが、道中何事もなく聖都についた。
そして、聖都の教会で祝福を受け終えた。
「あっという間だったな」
聖女になったからといって別に特別な力が宿るわけではない。
だからあまり実感が湧かないのだ。
聖女となった私はこれから教会で働くことになる。
大抵の場合、自分が育った街の教会に派遣される。
派遣という言葉を使ったのは、教会の仕組みを表すのに最も適した表現だからだ。
まず私の信仰する宗教はエリーゼ教である。
いくつかある宗教の中で最大規模のものである。
そしてエリーゼ教の総本山がいまいる聖都だ。
聖都には聖職者が多く住んでいる。
住民の3割は教会関係者らしい。
聖都にある教会関係者のほとんどが、上の立場の人間である。
ちなみに私は、聖女になりたての一番下の立場の人間だ。
下の立場のものは、この聖都から地方の教会へと派遣され経験を積む。
そして出世すれば、聖都へと戻ってくることができる。
これがエリーゼ教の仕組みである。
神聖なものに思える聖女も、冒険者や商人と何ら変わらない職業の一つなのだ。
「あっ、そろそろ行かなきゃ」
私は集合場所へと急いだ。
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「……はラディナに派遣する」
やはりほとんどの人が生まれ育った街へと派遣されている。
最初は慣れ親しんだ場所で経験を積ませるようにしているのだろう。
「聖女マリー」
「はい」
いよいよ私の番だ。
まぁ、他の人と同じように元の街へと戻るだけだろう。
「君は教会育ちだったね?」
「はい……」
他の人にはこのような質問はなかった。
「ならやはり君が適任だな。君にはパルスに行ってもらおう」
「……はい?」
パルスという地名を私は知らない。
そもそも、私の派遣先が元居た街ではないのだ。
「君には期待しているよ」
「あ、ありがとうございます」
私の仕事場が決まった。
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(いや、パルスってどこ!?)
教会を出た私はその場にうずくまり頭を抱えた。
私も他の人と同じように、元居た街の教会で経験を積むものだと思っていた。
それなのに、
「パルスってどこ!?」
名前も知らない土地に行くことになったのだ。
(とりあえず、パルスについて調べないと!)
明日には教会の馬車でこの街を出ていくことになっている。
それまでに残されたわずかな時間でできるだけパルスという場所について情報を集めたい。
少しでも知っていれば、心に余裕ができるのだから。
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「想像以上の大きさだわ……」
私は目の前に広がる無数の本棚に衝撃を受けた。
私がパルスについて情報を集めるために向かったのは、聖都にある大図書館だ。
ここには教会についての情報を中心に、さまざまな分野の情報が集まっている。
「えーと、パルス、パルス……」
私は教会についての本棚でパルスの名前を探した。
「あれ、おかしいな……」
教会についての情報なら全てそろっていると言われるこの図書館に、パルスの教会についての情報が全くない。
「あのー、すみません……」
私は近くを通りかかった司書に声をかけた。
「パルスについての情報が載っている本はありますか?」
「パルスですか?もちろんありますよ。案内しますね」
「本当ですか!ありがとうございます」
どうやら私が見落としていただけのようだ。
それはそうだ、この図書館にはすべての情報がそろっているのだから。
「……えーと、ここは?」
私は身に覚えのない場所に案内された。
てっきり先ほどまでいた教会についての本が管理されているエリアに案内されると思っていた。
だが案内された場所は、教会ではなく経済についての本がそろっているエリアだった。
「これがパルスについての本ですね」
司書はそう言いながら一冊の本を取り出した。
その本は周りの本と比べて極端に薄かった。
私は司書から本を受け取って開いた。
「………?」
私はもう一度最初から読み始めた。
「なるほど……」
パルスの教会についての情報が見つからなかった理由は、いたってシンプルなものだった。
パルスにはそもそも教会がないのだ。
パルスという町は最近開拓された土地につくられていたのだ。
「ん?ということはもしかして……」
私はとある一つの可能性が頭に浮かんだ。
だが、そんなことは万に一つもないだろう。
(とりあえず得られる情報はこれだけか……)
私はこの図書館にあるパルスに関する唯一の本を読み終えてしまった。
つまり、私はもう明日の出発を待つことしかできないのだ。
思ったほどの情報を手に入れられず、私は重い足取りで図書館を出た。
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「聖女マリーさん、こちらの馬車に乗ってください」
「はい」
あれから何かが起きることもなく、私は出発の時間を迎えた。
教会が用意してくれた馬車に乗って仕事場へ向かうのだ。
「失礼します」
「おっ、ようやくきたか!って、嬢ちゃんじゃねか!?」
馬車には見知った人が乗っていた。
この聖都に来るまでの間、馬車で一緒になった冒険者の男だ。
「クロッカスさん!?」
彼の名前はクロッカス。
聖都に呪いの解呪に来ていたはずだ。
「腕の呪いの方は大丈夫ですか?」
「あぁ、この通りバッチリだ!」
彼は左腕の袖をめくった。
腕の腫れは完全に引いている。
どうやら解呪は成功したようだ。
(しかしどうして彼が教会の馬車に乗っているのだろうか?)
彼の腕の呪いが解呪されたことはよかった。
それはともかく、教会の馬車に彼が乗っている理由がわからない。
「俺がどうしてこの馬車に乗っているのかわからないって顔だな」
「うっ、」
どうやら考えが顔に出ていたようだ。
「俺が乗っている理由はいたってシンプルなものだ。マリーが向かうパルスって場所は、最近開拓された土地だ。つまり、道中に魔物が出る可能性がある」
「なるほど、教会までの護衛ですね」
「半分は正解だな。残りの半分は、俺もそこの開拓地で働く」
教会の馬車の護衛を兼ねて、まだまだ危険地帯である開拓地で冒険者の仕事を見つけに行くようだ。
「今回は長い旅になりそうですね」
「そうだな。俺が安全に目的地まで連れて行ってやる!」
彼との二度目の旅路が始まった。
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「……いろいろあったな」
私は馬車から遠い空を眺めながらつぶやいた。
魔物との遭遇、商人の手伝い、そしてちょっとした人助け……
「本当に色々あったな」
ここまでの長い道のりが頭の中を流れた。
「どうした?腹でも痛いのか?」
「んっ、クロッカスさんにはデリカシーってものがないんですか」
「悪りぃ、悪りぃ」
クロッカスさんは適当に返事を返してきた。
こんなやりとりももう何回目かわからない。
「お二人さん、街が見えてきたぜ!」
「本当ですか!」
私たちのくだらないやり取りを遮るように御者さんが声をかけてきた。
彼とも聖都を出てからの長い付き合いだ。
そんな彼の声を聴き、私たちは馬車から顔を出した。
「「おぉぉーーー!!!」」
気持ちの良い風が私の髪を後ろへとながす。
土や動物の匂いが運ばれ鼻を刺激してくる。
そして私の目にはお世辞にも立派とは言えない木製の門が見えた。
そんな門でも目的の場所にたどり着いた喜びから、私には楽園の入り口に見えた。
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街に着いた私とクロッカスさんは長い旅を共にした御者さんと別れた。
「ようやく目的地に着いたな」
「そうですね。ここまで本当にありがとうございました」
「気にすんな。それに俺もこの街を拠点に生活するつもりだからな。とりあえず教会まではついていくぜ!」
私たちは教会の場所を街の住民に尋ねながら進むことにした。
そして歩くこと数分で目的の場所にたどり着いた。
「楽園……楽園……らく、えん?」
私は目の前の小さな小屋を見て、口に出す言葉を失った。
「おいおい、まさかこれが教会か?」
私の考えをクロッカスさんが代弁してくれた。
「そのようですね」
私たちの目的地であったパルスは最近開拓された土地につくられた街である。
そして聖都ではこの街の教会についての情報は見つからなかった。
つまり、この教会はエリーゼ教の関係者によってつくられたものではないと考えられる。
この街の住民がつくり、そこで働くものとして私が派遣されたのだろう。
「おぉ、もしかしてエリーゼ教の関係者か?」
おおよそ教会だと思われる建物を眺めていると、一人の男性が話しかけてきた。
その男性の装いは、この街で見た人たちとは一目で違いがわかるものであった。
「エリーゼ教の聖女マリーです」
「おぉ、やっぱり!俺はこの街の領主を務めているサルタンだ」
「りょ、領主様ですか!?」
「領主といっても、俺は元冒険者だ。気軽に接してくれ」
この街は最近開拓された土地につくられたものである。
貴族が管理している領地外のため、武功をたてた冒険者にこの土地が与えられたのだろう。
つまり目の前の彼はとんでもない冒険者ということだ。
「サルタン?もしかして『竜殺し』か!?」
「竜殺し?」
私はクロッカスさんの言葉にピンとこなかった。
『竜殺し』というのは目の前の彼の異名なのだろうか?
「俺たち冒険者なら誰でも、いや、冒険者以外でも知っているやつはたくさんいる」
「なるほど、とにかくすごい人物なんですね!」
「おまえ、本当にわかってんのか?」
「ハッハッハ!この街には俺の異名を知らない奴はいないから、新鮮な気分だな!」
「すみません」
「なに、謝ることじゃないさ!」
『竜殺し』という異名から怖い人物かと思ったが、サルタンさんは気さくな人のようだ。
「それに、君を呼んだのは他でもない俺だからな。この街にはエリーゼ教の教会が必要だと判断した。ちなみにこの教会を建てたのは俺だ」
私が予想していたようにこの教会を建てたのは、エリーゼ教の関係者ではなかった。
そしてもう一つの可能性も……
「やっぱり……」
「ん、どうかしたか?」
私はここに来るまでの間微かな不安を抱えていた。
そして今、その不安は確かなものに変わった。
「この街の教会には私しか聖女がいないみたいです」
「まじかよ!?」
そう、このパルスの教会の聖女は私だけなのだ。
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(マリーいつまで寝てるの?)
「ん……」
(早く起きなさい!)
「ハッ!!すみません!!んっ!?」
私は天井に向かって手を伸ばした。
そしてその天井が見知らぬものだと気が付いた。
「そうか、私はパルスにきたんだった」
昨日パルスに来た私はこの街の教会には私以外の聖女がいないと知った。
これは想定の範囲内だった。
教会は木造の小屋。
そして聖女は私一人。
ならやるべきことは一つだ。
「さて、今日も働きますか!」
私は聖女だ。
この街でただ一人の聖女だ。