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新婚旅行のハズでした  作者: もんどうぃま
第一章 夫の災難
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7 報告


「クレンベルグ市長と何か関係があると仰るのですか?真面目なあの男と?」

お義父様はとても動揺していらっしゃいます。

「今の市長とお義父様がご存知の市長は全くの別人ですわ」


「べつじん……どういうことなんでしょうか?」

「父上、お話中申し訳ありません」

リオネルが私とお義父様の間に割って入りました。

「場所を変えましょう。このままここで立ち話をするのは体に負担ですし、話はまだ続きますから」

リオネルがお義父様にそう提案してくれました。


「そうか。そうだな。気が回らなかった。では、私の書斎で話そう。オリビア様、狭い所で申し訳ありませんが、いかがでしょうか」

「そうですね。お義父様のご随意に」


お義父様の書斎は整然と整えられていてとてもシンプルです。でもよく見れば、素材の良いものばかり。書斎机にちょこんと置かれた可愛らしい置き物や使われている実務的な照明からお人柄が伝わってきます。リオネルはお義父様似なのかもしれません。


親しい方とお酒やチェスを楽しむための趣味の良いテーブルと椅子に案内されました。絶妙なタイミングでバスチアンがお茶を運んできてくれます。私たちは紅茶を飲んでホッとひと息つきました。


まずは私から話し始めました。

「パトリックは私たちがホテルに向かった後、執務室に忍び込んで金目の物を物色しました。バスチアンの部下が取り押さえ、先程のようなことになっていたという訳です」

お義父様は深く頷かれました。


「お義父様にはお伝えしておりませんでしたが、実は私は占い師なのです。今回のこの騒動の裏で私腹を肥やしている黒幕の存在が浮かび上がりました。バスチアンの部下で似顔絵が得意な者がいまして、私の占いを元にその黒幕の似顔絵を描いてもらったのです。ちなみにこちらの似顔絵ですわ」


「パットにそっくりだ!」

お義父様は似顔絵の、普段は帽子で隠れていた部分を手で覆ったり離したりしてしきりに感心していらっしゃいます。

「彼はエンリッヒ侯爵に似ていますか?」


「え?いえ、正直なところ似ているとは思いません。母親似なんでしょうか」

「確かに母親似ではありますが、もっと似ている方がいらっしゃるのです」

私は彼の口元を隠しました。


「エルヴェ!」

お義父様は口を押さえて固まってしまいました。

「そうです。シャンタルさんのお父さま、エルヴェさん、つまりクレンベルグ市長ですわね。とてもよく似ていらっしゃいます。ですが、シャンタルさんと兄妹ではありません」


「え?親が同じなのに?」

お義父様は混乱しています。

「シャンタルさんはお義父様がご存知のクレンベルグ市長のお嬢さん。パトリックはその従兄弟の息子なのです」


「従兄弟……」

「シャンタルさんのお祖父様とパトリックのお祖父さんが兄弟なのです」

「もしかして今の市長は!」

「はい。今はその従兄弟がエルヴェを名乗っています。幸か不幸か二人は顔が似ているのです」


「なんてことだ」

お義父様は頭を抱えてしまいました。

「エルヴェさんはご自身のお屋敷で軟禁されていたところを保護いたしました。書類仕事をさせられていたようです。奥様も手伝いをさせられていて、お二人とも休養は必要ですが、ご無事です」


「良かった!」

「シャンタルさんの身の危険を匂わせて働かせていたようですわ。反対にシャンタルさんにはご両親の身柄を盾にリオネルに迫るよう脅迫していました。追い詰められたシャンタルさんはあのような愚行に……」


「何ということだ……」

お義父様の情緒が乱高下ですわ。


「筋書きはこうですわ。まず最初にエルヴェさんに助けを求めて従兄弟が屋敷に入り込みました。パトリックのお父さんです。屋敷で暮らすうちに実権を握っていき、エルヴェさんたちを脅すようになりました。あっという間に市長の座を奪ったのです」


「それはいつ頃なのですか?」

「半年以上前ですが、ここ一年以内のことです」

「リオネルの婚約者を探し始めた頃ですね」


「ええ。父親の市長成り代わりに味をしめた息子のパトリックはシェーンベルグの乗っ取りを図りました。息のかかった者をリオネルの結婚相手としてこの家に入り込ませ、必要なものを集めようとしたようです。現金や帳簿、当主の印などでしょう」


「イヴォンヌが撒き散らした噂のせいでしょうか?」


「残念ながらそうです。お義母様が結婚相手を無防備に探し始めたことを知って、なんとかできると思ったに違いありませんわ」


お義父様はリオネルを哀しそうな目で見ました。

「リオネルは短期間に二十人とお見合いをさせられていたそうですね」


「父上、正直とても辛い時間でした。ですが、オリビアに出逢えて全てどうでも良くなりました。今回のことがなければ、そのまま終わった話でした」


「すまなかった。王都での仕事に夢中で……」

「いえ。終わったことです」

お義父様は額を抑えて俯いてしまいました。


「リオネルとの婚約が上手くいかなかったパトリックはさらに自ら庭師として家に入り込み、直接使えそうな物を集めることにしました。お義母様に取り入ろうとして叶わなかったのでしょう。お義父様とお義母様の強い結びつきなど分からなかったのでしょうね。彼はそういうものには無縁な方ですから」


お義母様の被害を私が否定したことで安堵されたのか、お義父様は泣いていらっしゃるよも見えました。触れずにこのまま進めます。


「彼はモニーク・シーラッハ子爵令嬢にリオネル・シェーンベルグだと名乗って近づきました。庭師として出入りしているうちに彼女の釣り書きを奪ったのでしょう。見た目が好みだったのかもしれませんし、理由は分かりません」


「シーラッハ子爵家からの釣り書きの報告を受けていません」

お義父様は顔を上げないままそう仰いました。

「では、家に届いた段階での盗難でしょう。この婚約話は詐欺です。既にシーラッハ子爵には事の顛末をお知らせして、ホテルにいらしたモニークさんにはお引き取り願いました」


私はリオネルの左手を握って、

「全て終わりよ。安心してちょうだい」

と言うと、リオネルは心の底から安堵したように息を吐きました。

「ありがとう」

リオネルは私の手に右手を重ねてギュッと握りました。私はそんな彼が可愛らしくて笑みが溢れます。


「余談ですが、シーラッハ子爵には今回の婚約話が詐欺であったと訴えることは諦めていただき、別の婚約話をご紹介しました。少し年上ではありますが、騎士爵をお持ちの方で、モニークさんの好みにバッチリ合った方です」


「それも占いで?」

お義父様がお茶目に微笑まれました。

「ええ。お見合いオババにはたくさんのご縁が舞い込みますのよ?もっとも、モニーク嬢が回復されてからのお話ですけれど」

お義父様は何かを察したのか、神妙な顔で頷きました。


「何か疑問やお知りになりたい事などはありますか?」

「エンリッヒ侯爵がなかなか私に会ってくださらないのはなぜなのでしょうか」

お義父様が右手を小さく挙手しています。


「学生時代の片想いが原因ですわ」

「かたおもい……」

「エンリッヒ侯爵はお義母様に恋をしていたのだそうです。それを知ってパトリックがお義母様を手中にすることで、侯爵を脅そうと考えたのかもしれません」


「なんと言っていいのか……」

「エンリッヒのジゼール様は、今回侯爵にパトリックを見限らせることで全てを収めることにしてくださいました。侯爵はパトリックが実子だと信じていらっしゃいましたから、葛藤はお有りだったと思いますわ」


「はぁ……どこで恨みを買っているか分からないものですね」

「ええ。人は勝手な理由で勝手なことをしますからね。どう気をつければ良いとは言えませんし、全てに好かれることもありませんし」


「このことは私の胸にしまっておきます」

「はい。そうしていただけると助かりますわ」

「オリビア様がいてくださって良かった。リオネルと出会ってくださって本当にありがとうございます」

「私こそ。リオネルは本当に素晴らしい方ですわ」


背後からリオネルに抱きしめられました。

「オリビア、僕の人生を変えてくれたのは君だよ。ありがとう。それにはるかさんにも感謝しているよ」

「リオ……」

「雷鳴だっけ?」

「ふふっ。ええ、死んだと思いましたわ」


「雷鳴というのは?いや、野暮なことはしません。お二人の大切な想い出には触れずにそっとしておきます」

お義父様は眩しいものを見るような眼差しで私たちを嬉しそうに見ていらっしゃいました。


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