4 トリプルコンボ
「では、始めます」
私は水晶玉で目の前の方たち、シャンタルさんの関係者のお三人ですわね。ああ、ついでにもうお一人。人となりを占ってみることにしました。それに沿って処罰を決めようと思いましたの。
「あら、モラハラ、マザコン、ナルシストのトリプルコンボですわ。さらにこちらは自己愛の塊ですわね」
モラハラ野郎はシャンタルさんのお父さま。見た目は気弱そうな方で、一見するとお兄さまの方が黒幕かと思わせるような風貌の方。彼は胡散臭げに私を見て、ため息を吐きました。
マザコン男はシャンタルさんのお兄さま。母親が言う事は全て正しいと信じる、他責で自信家という厄介なお方。あら?このお方シャンタルさんのお兄さまではありません。
ついでに占ったマルクはナルシストだという結果でしたわ。先程はシャンタルさんを励ますご自分の姿に酔っていらしたのね。正義の味方シンドロームでしょうか。嫌な男トリプルコンビのシャンタルさんが気の毒になってきましたわ。
自己愛の塊なお方はシャンタルさんのお母さま。自分は動かないで誰かに全てを与えられたいタイプ。自分が幸せを享受する事が一番大切なお方。しかもシャンタルさんの結婚相手から金銭をむしり取ろうと考えていますわ。
私はカードをカットして四人分取り出しました。
怠惰、破滅、不穏な未来、愚者
あらら。ある意味、私との出会いが彼らの未来を変えるチャンスになったのかもしれませんわ。私は四人の処遇案を紙に書いてバスチアンに渡しました。
最終決定は急遽こちらに向かっていらっしゃるシェーンベルグ伯爵、お義父様の到着を待ちます。明日にはいらっしゃるはずです。
取り急ぎの対応は仕方ありませんけれど、最終的な指示まで出してしまうわけにはまいりません。私の領地ではありませんもの。案は出しますけれど。
警邏の者とシェーンベルグの騎士団を呼んで、この四人を拘束してもらいました。犯罪被疑者を収容する場所があるとの事で、彼らは屋敷から檻に入れられて運ばれていきました。ふぅ、屋敷にはやっと静寂が訪れました。
気分転換に、と私はお義母様とお義兄様をホテルに招待しました。場所を変えると気分も変わりますから。それに、お二人が留守の間に屋敷の者たちが模様替えをしてくれるそうです。バスチアンの部下でセンスが良い方を派遣しました。
その日はホテル内にあるレストランで、美味しい料理と極上の音楽を家族旅行気分で楽しみましたわ。良いレストランを誘致できて良かったです。お義母様も良い笑顔で、血色も良くなり少し元気になられたご様子。ホッとしましたわ。
今滞在しているのはクリスタルホテルのシェーンベルグ支店です。この建物の中に居れば安心して過ごせるはずでした。
ある女性の訪いと共に、楽しい時間は終わってしまいました。残念ですわ。私たちが過ごしていたのは、最上階のフロア。フロア全体が一つの居住区になっているお部屋です。
レストランから部屋に戻ると見知らぬ女性がソファで寛いでいたのです。
「どなた?」
リオネルが私を庇うように立ちました。腕力がない者ほど何をするかわかりません。
「あなたこそ誰なの?私は、リオネル・シェーンベルグの婚約者よ。彼に会いに来たの。そこのあなた、勝手に入らないでちょうだい。ここはリオネルの部屋よ」
私はリオネルの手を握って部屋から出ました。このホテル、セキュリティがダメダメですわね。撤退しようかしら……
「オリビア、リオネルは僕だよね?」
リオネルの顔は真っ青です。
「そうよ。愛しい私の夫、リオネル・クリスタルよ」
「あんなに自信満々によく分からないことを言われたのは初めてだよ。怖かった。見た目はどこかの貴族家のお嬢さんだったのに」
話をしながらも私たちの足は真っ直ぐバスチアンの部屋に向かいました。話を聞いたバスチアンはすぐに部下の方々に指示を出してあのお嬢さんのお世話をする侍女を向かわせました。情報収集もするのでしょう。
いつもの三人でフロントに向かい、支配人を呼び出しました。見知らぬお嬢さんが部屋に居るので別の部屋に変えてほしいと伝えます。念のため、オリビア・クリスタルであることも伝えました。
支配人は訝しげに私を見ました。
「公爵家の娘さんがこんな所にいるわけがない。騙りは良くないよ、お嬢ちゃん」
鼻で笑われましたわ。シェーンベルグ家の次期当主、お義兄様が異変を感じ取って私の方に歩いていらっしゃいました。
私たちとは違うお部屋で過ごしていらしたお義母様とお義兄様にもロビーに来ていただきました。まだ、あのお嬢さんが何をするか分かりませんから避難です。お義母様はまた元気がなくなってしまいました。
「オリビア様どうされました?」
「おいおい、手の込んだやり口だな。詐欺師か?」
支配人が私たちを蔑むように見ました。私たちは驚いて顔を見合わせました。
「失礼ですけれど、あなたはいつ頃からこちらで支配人をされていらっしゃるの?」
「はあ?なんだその言い方。まあいいけど、大体半年くらいだ」
「どなたのご紹介ですの?」
「シェーンベルグ伯爵に決まっているだろう!」
私とリオネルお義兄様を見ると、お義兄様は首を横に素早く振りました。心当たりはないようです。
「以前の支配人の方はどちらに?」
「人手が足りないと言うから厨房で下働きさせてる。さあ、嘘をついたのは見逃してやるから、部屋に不満があるなら出て行ってくれ。もっとも、金を払うなら泊めてやらんこともないがな」
支配人はそう言うと面倒な客に気分を害されたとでも言いたげに私たちを一瞥すると、フンッと顔を背けて戻っていきました。
「ええと、どういうことなんでしょうか?」
お義兄様は混乱されたご様子。
「偽物のシェーンベルグ伯爵がいらっしゃるようですわね」
バスチアンがフロントで現金を積んで、新しく部屋を三つ用意してもらいました。何の困難もありませんでした。今はハイシーズンではないとは言え、利用者がかなり減っているようです。このホテルの経営にはテコ入れが必要ですわね。
お義母様とお義兄様にはコネクトルームを用意してもらいました。室内の扉から行き来できるようになっています。ご不安ですものね。ただ、この時間でも部屋が選び放題……赤字なのではないかしら?
お義兄様は各所に連絡を取っていらっしゃいます。偽物のシェーンベルグ伯爵を探されるのでしょう。私とリオネルは部屋に戻り、バスチアンを待って、いつもの三人で作戦会議です。
「部屋にいた女性はシーラッハ子爵家のご令嬢でした。モニーク様はリオネル様とお見合いをされたそうなのですが、リオネル様は初見でしたよね?」
「どこかで会ったことはあるのかもしれないけど、お見合いはしていない。一応全員覚えてはいるんだ」
ああ、またリオネルが心の奥にしまった記憶が引っ張り出されてしまいました。
「偽伯爵と同様に偽リオネルがいるのかもしれません。嘘をついているようには見えなかった、と報告がありました。オリビア様の部屋に入れたのは先ほどの胡散臭い支配人の指示があったからのようですね」
「偽伯爵繋がりですものね」
「はい。諸々に合わせてちょうど部下を増員していたので、明日には情報が集まるとは思います」
「分かったわ。今日は休みましょう。リオネルの過去をひっくり返しているようで心が痛みますわ」
「結果的にそうなっているね……」
「大変でしたのね」
「あの苦労の先にオリビアとの出会いがあるなんて知らなかったから、当時はかなり辛かったよ。母が年齢だけで次々と選んだから……」
「お見合い相手の裏取りをしなかったということは、シェーンベルグは調査機関を持っていないのかしらね。バスチアン、支配人は見つかった?ご無事かしら。それと、お義兄様が偽伯爵捜査に動いていらっしゃるけど、今後の事もあるしお手伝いした方がいいかもしれないわね。あと、屋敷の方は順調かしら」
「支配人は既に保護しました。屋敷の方は手筈通りです。偽伯爵の件も動いております。オリビア様、ひとまず今夜はお休みください」
「分かったわ。ありがとう」
バスチアンは部下に指示を出しながら部屋から出ていきました。あれはかなり怒っていますね。バスチアンもリオネルを気に入っていますから、彼のお見合い騒動と、今回の私たちへの諸々、許せないのでしょうね。
「オリビア、僕のことで煩わしてばかりでごめん」
「リオ、あなたのせいではないわ。一つ一つ解決していきましょう。あなたのお見合い相手に他にもクセの強い方はいらっしゃるのか、教えてくださる?」
「流石に罵倒してきたのは彼女だけだったよ。最初だったからすごく驚いた。半分くらいは慕う相手がいたのに無理矢理、って人だった。その人たちは家から逃げるのを協力してあげたから、恨まれてはないと思うんだけど、どうかな……」
「そちらの追跡調査もしましょう。でも今は眠らなくては。バスチアンが騎士を配しているはずだから、安心して眠ってちょうだい。それに明日から忙しくなるわ」
「オリビアも来て」
リオネルはオリビアの手を取ってベッドに引っ張ってきた。
「君こそ眠らないと。ずっと忙しかったでしょう?」
「そうね。そうかも知れないわ」
私ははリオネルの首に腕を回して抱きつきました。
「おやすみなさい」
思っていたよりも疲れていたようで、私たちは久しぶりにお互いの体温を感じているうちにあっという間に眠ってしまいました。あ、ハグだけですよ?