29 反撃の狼煙
さあ、いよいよ今日は春の訪れを祝う夜会の日です。今日の参加者の半数の女性は恐らくジェシカ様風メイクをしているでしょう。なにせ、流行りですから。
私は今日はクレマンにエスコートをされます。リオネルは騎士の格好で会場内ですでに待機しています。バスチアンに鍛えられたリオネルは騎士と言っても過言ではないほど急激に腕を上げました。
凄まじい努力です。私のためだと思うと胸が熱くなります。ジュリアンのせいですけど、おかげでもあると思っています。
お前は守れる男になれ、と真剣な顔で指導してくれるバスチアンに対して、断るという選択肢はなかった、とリオネルが困った顔で教えてくれました。バスチアンはリオネルを通して過去の自分を鍛えているのかもしれません。おかげで私好みの細マッチョボディな夫です。ありがとうございます。
「ベルガー侯爵家の皆さま!」
入場の合図で伯父様ご夫婦に続いてジェシカ様風な私とクレマンが入場しました。
「ジェシカ様?」
「お元気になられたのだわ」
「変わらぬ美しさだわ」
「クレマン様は渋みが増して素敵」
などという声がチラホラ。学園の同窓生の方でしょうか?ジェシカ様とクレマンの二人は学園でも有名でしたから、私たちの姿を見て思い出されたのかもしれません。
あ!挙動が不審な方を発見しました。ブロワ・アーレンス伯爵令息とその母、アーレンス伯爵夫人です。あら、正妃様も動揺していらっしゃいます。あのお二人は、ジェシカ様が襲われそうになった現場を覗き見ていたという情報があります。彼女のドレスを裂いたのがあのお二人だと。
悪趣味なお二人。犯罪行為で結ばれたお二人はそういう意味でもお似合いなのかもしれません。止める立場の方々ですのにね。そしてあの表情を見る限り、情報は正しかったのだと思います。残念なことです。
他にも被害者がいると風の噂に聞きましたが、その傷を乗り越えて生きていらっしゃる方の心を抉るようなことはいたしません。乗り越え方は人それぞれです。
周囲がとやかく言うことではありませんし、受け止め方も人それぞれです。生きてさえいてくれれば、今という時間を少しでも幸せを感じて過ごしてくれれば、それで良いのだと私は思います。
会場内には無数のジェシカ様。アーレンス家の面々と正妃様には過去の過ちを思い出していただけたら幸いです。私たちの報復はこれで終わりです。地味なことしかしません。全て裏で動いて終わりなのです。
私たちはジェシカ様の名誉を傷つけるようなことをしないと決めました。憶測でものを言う方は多々いらっしゃいます。そう言った話の端にも登らせないで、ひっそりとアーレンスを葬るのです。
反撃の狼煙はもう数年前に上がっていました。徐々に行われた経済制裁。アーレンスの領民のほとんどはもう領外の違う場所で暮らしています。
裏では犯罪者が多く集まり、表では賭け事やショービジネスに関わる人々と観光客。アーレンスに滞在している方々のほとんどは領民ではなく、一時的な滞在者ばかりです。
農業従事者や、畜産業、工業などその場でないと仕事が成り立たない方々は引っ越せませんから、私の運営している護衛業務の方々を派遣して、街ごと犯罪などから守っていました。
アーレンスの家に人を送り込んで、内部事情を探らせたり、鳥を派遣して情報を統制したり、かなり多くの人員を割いてきました。
結局は私が誘拐された事件まで決定的な証拠が掴めなかったのですから、高くついてしまいましたわね。
その上その証拠は司法には提示しません。取引の材料に使いました。はるかの見立てではその方が効果的なのです。司法もまだ上の方が腐っていますからね。
さて、ジェシカ様風メイクが流行った結果、何が起こったかと言いますと、まず、カツラ業界が大変潤いました。ジェシカ様の髪は緩くウェーブがかかったミルクティー色です。今世では黒髪ストレートの方が多いので、カツラを着けないと表現できない髪型なのです。
私や伯母様たちは似たような髪色をしていますから、巻き方を工夫するだけで再現可能です。黒髪のお嬢さん方にはカツラをレンタルさせていただきました。他にも色々な髪型をご用意していましたから、ご自身を着せ替えるように楽しんでいただけたと思います。
カツラを作る工房はベルガーにあります。多くの方々が性別も年齢も問わず協力してくれました。かなりの長さの髪がたくさん必要でしたから、本当に助かりました。
次に、アーレンス伯爵領がなくなりました。ブロワ・アーレンスが失踪したのです。念のため申し上げますと、私は関係ありません。何もしていません。彼の弟、つまり、アーレンスの三男が長男は異父兄弟だ、と言い出したのです。
バスチアンの調査でもこの情報は真。本当のことでした。ブロワの父親はアーレンス伯爵ではありません。なんとブロワとそっくりな男が王宮にいました。正妃様の執事です。
彼は子爵家の次男で、学生時代の正妃様の取り巻きの一人だったそうです。彼が様々な面で王宮内での王妃様の便宜を図っていたのだそうです。
ブロワたちの母、アーレンスの後妻は伯爵家の血筋でない者を伯爵にしようとした、と逮捕されました。お家乗っ取りと認定されたことになります。その流れで、知っていながら放っておいた正妃様の執事も拘束されました。
街中でブロワと何度も会っているところを多くの人に目撃されていましたから言い逃れはできませんでした。迂闊ですよね。驕りだったのかもしれません。何年も自分たちの思い通りに物事が動いていたのですから。
アーレンス伯爵の後継は、三男か?とも思われたのですが、クレマンと彼は爵位を国に返上しました。多額の借金があったのです。伯爵夫人が正妃様に横流ししていた証拠が残されていましたし、そのための借金であったと認定されました。
オデット様に渡していた金額は十年以上変わっておらず、アーレンスの税収が減った後は犯罪で得たお金でなんとか補填していたようです。しかし私たちの真綿で首を絞めるような経済制裁がじわじわと伯爵家を追い詰めていました。
私の誘拐事件の実行犯たちが転職した結果、収入が一気に減って突然資金繰りが上手くいかなくなり、あっという間に没落へと進んでしまいました。
オデット様の強欲さが滅びを加速させたと言っても過言ではありません。両手に手錠を付けられて運ばれていった母は何だかホッとしたような顔をしていた、と三男さんがクレマンに伝えたそうです。
三男の彼は今、クリスタル家所有の鉱山で現場監督をしています。一攫千金を夢見て集まってくる猛者を手のひらでコロコロ転がしながら、責任者として君臨しているようです。楽しく暮らしているようでホッとしました。
オデット様も失脚しました。アーレンス財政を調査していた繋がりで、公費の使い込みもバレてしまいました。実は随分前から証拠を押さていて、ただ泳がされていたような状態だったのだそうです。
叩きどころを間違えると大変ですから、文官の方々は耐えに耐えていたそうで、やっと追い詰められます!と感謝された、と側妃様、今は正妃ユミリア様ですね、照れくさそうにしていらっしゃいました。
今代の王とユミリア様は政略結婚ではありますが、幼い頃からお互いを想い合っていました。その二人の間に割って入り正妃の座を金の力で奪い去ったのが元正妃オデット様でした。お金の力だけで王を囲い込んだのですから、ある意味女傑です。
長年君臨したせいか、以前は策士だったのでしょうけれど鈍くなられたのか、罪を重ね過ぎたのか、最期はあっけないものでした。今は罪人として牢に繋がれています。金の力で黙らせることができなくなり、若い騎士にあっさりと取り押さえられました。
私たちの反撃の狼煙は密かに上げられ、相手に気付かれぬうちに狙い以上の成果を得ることができました。資金も時間も随分とかかってしまいましたが、希望以上の結末を見ることができました。
こうして、私の人生で一番悲しかったジェシカ様の事件は静かに幕を閉じたのでした。




