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新婚旅行のハズでした  作者: もんどうぃま
第三章 追憶の彼方

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27 最愛


「その後、ジェシカ様の婚約者だったクレマン・アーレンス伯爵令息は姿を消しましたわ。自分のせいだとベルガー侯爵家に謝罪に行ったきり行方不明に。次にクレマンに会ったのは、私が趣味の居合のために刀を作ってもらった工房で、試し切りをしていた時でした」


「ああ、あの工房の?あの辺りでどう出会ったの?」

リオネルが不思議そうな顔で聞きました。刀を作ってくれた工房は街からは少し離れた所にあります。水路の近くですが山を登らないと着かないところです。


「あの時、クレマンは死に場所を探していたんだと思います。ジェシカ様のことで自棄になったクレマンはアーレンスを捨て、バスチアンと名乗り、市井の中でも特に治安が悪い地域に飛び込みました。喧嘩三昧の日々。鬼気迫る様子で自分すらも守らないクレマンの喧嘩は負け知らず。結果的に多くの者を従える立場になってしまいました。今でも慕ってくれる方々が大勢いらっしゃいます」

バスチアンはスッと立ち上がって洗面に向かいました。顔を洗うのでしょう。


ティーセットを持って戻ってきたバスチアンはいつもの表情に戻っていました。手慣れた所作でお茶を用意してくれます。私たちはバスチアンが淹れてくれた美味しいお茶を一口飲みました。


「元々が凝り症なんでしょうね。何をさせてもしばらくすると上手になってしまうんですもの」

「ありがとうございます。目の前でオリビア様が藁筒を一刀両断した時、過去の自分は死んだのです。生まれ変わった私はオリビア様のために生きております」


バスチアンは跪いて私の指先に口付けを贈りました。今世では服従と敬愛を表す仕草ですわ。興味深い習慣ですわよね。


「先日手掛かりを掴んだ、と言っていたわよね?」

「はい。先日のオリビア様の誘拐事件を不問にする代わりに」

「あら、義弟と手を組みましたの?」

「はい。オリビア様の誘拐を表沙汰にはできないので、せめて本命の方の情報を貰おうと思いまして」


「妙案だわ。情報の裏付けは済んだのかしら」

「はい」

「重畳だわ。私は実行日を占いましたわ。春の訪れを祝う夜会です」

「なるほど、それでジェシカの扮装を……」

「ええ。明日は霊園へジェシカ様にご挨拶をしに参りましょう。全てが順調に進むように見守ってくださるように祈りたいわ」


翌日、私たちは霊園を訪ねました。夜のうちに雨が降ったようで、庭園の周囲の木々が濡れています。本日は快晴です。霊園の入り口で花を買った私たちはジェシカ様の墓標があるベルガーの霊園に向かいました。


大きな霊園の一画に、代々のベルガー侯爵家の方々が眠っていらっしゃいます。このままいけば、私とリオネルもいずれここで眠るのです。


バスチアンは今日はクレマンとして来ています。いつもは無造作な髪型に無精髭を蓄えた、執事と言うよりは輩、といった格好で過ごしていることもあります。執事として振る舞う時にはピシッとしているのですが、それよりもさらに気合が入った格好です。


クレマンがジェシカ様に会いに来るのは何年振りでしょうか。私がクレマンと初めて会ったのは私が十五歳くらいの頃だったかしらね。リオネルに出逢う直前くらいかしら。


クレマンが先行して霊園を進みます。私とリオネルはワザと歩みを遅らせて、のんびりと霊園を歩きました。しばらく二人きりで居られるように。


「ジェシカ!ジェシカなの?」

妙齢の女性の声がしました。罪深い時間の始まりです。女性はドレスを持ち上げて必死にこちらへ走っていらっしゃいます。

「ジェシカ!」

胸が痛みます。


そう。ベルガー侯爵夫人、マリアーヌ伯母様です。今日はジェシカ様の月命日なのです。夫人の後ろから花束を抱えたベルガー侯爵が夫人を心配そうに見ていらっしゃいます。私の母の兄、シモン伯父様には私がオリビアだとお見通しのようです。


「ジェシカ!」

伯母様が近くまでいらっしゃいました。

「お久しぶりです。マリアーヌ伯母様」

目を見開いた伯母様の目から涙が溢れ出ました。

「……オリビア……お久しぶり。なぜ、このような、ことを?」


「報復の目処が立ちましたので」

私は伯母様に向けてカーテシーをしました。

「その件でユミリア従叔母(おば)様にお会いしたいのです」

「……分かったわ」


「ご無沙汰しております」


「クレマン!あなた、生きて……良かった。あ!あなたはご存知だったのね?」

伯父様の表情で伯母様に全てバレてしまいました。

「いたずらに思い出させたくなくて……すまなかった」

「伯母様、ごめんなさい」


「いいの。私こそごめんなさい。オリビア、成長したジェシカに会わせてくれてありがとう。私もそのお化粧をしたらジェシカに似るのかしら」

「その案、頂戴いたしますわ。伯母様にご協力頂けたら心強いですわ。ユミリア従叔母様にも協力していただきましょう。お声がけしませんとかえって怒られてしまいそうですわ」


「ふふ。あの子と一緒に頑張っているみたいで、何だか嬉しいわ。ユミリア様も自分の立場のせいで犯人を追い込めなかったと、とても悔しそうだったから、少しでも意趣返しができると知ったら喜ぶわ。そんな時に声をかけられなかったらきっと拗ねてしまうでしょうね」


伯父様は目に涙を浮かべて伯母様を抱きしめました。リオネルは左側に私を、右側にクレマンを。二人の肩をギュッと抱いてくれました。私たちはこの日の夜、長年温めていた計画を話し合いました。


大切な彼女はもう戻りません。その事実が何人の心を抉ったでしょうか。その上犯人は分かっているのに、初動捜査に手を加えられて証拠を消され、処罰を加えることもできなかった悔しさは消えません。


あの男は今でもやりたい放題に暮らしています。ジェシカ様のことはもう記憶の遥か後方、きっと日々の生活で思い出す日はないのでしょう。私たちは今でも苦しんでいるというのに。


ジェシカ様は従姉妹の私をとても可愛がってくださいました。可憐で清々しい魅力の女性です。クレマンと仲睦まじく、当時から屈折していた孤独な狼のようだった彼を純真な子犬にしてしまう。そんな大きな愛でクレマンを包み込んでいたジェシカ様。


彼女を看取った彼が、心を半分抉られた彼が、どんな気持ちで今日まで生きてきたか、私には想像もできません。報復が終わった後、彼がどう生きるのか、私には分かりません。はるかは心配しなくて大丈夫だとメッセージを送ってくれました。


今ははるかからのメッセージを心の拠り所にして、前へ進むしかありません。リオネルに私の不安が伝わったのか。その夜彼は私を抱きしめて眠りました。


さあ、切り替えましょう。今日はユミリア様にお会いする日です。リオネル、私、クレマン、伯母様の四人は王宮へ向かっています。私と伯母様はジェシカ様に見えるように支度をしてもらいました。


自分で言うのも何ですが、私とジェシカ様は顔立ちは似ているのですが、タイプが全く違います。ジェシカ様に似せた私は普段の私からはかけ離れているのです。メイクって凄いですよね。今世では「化粧」ですけれど。前世と今世では使われている言葉が微妙に異なるので、話すときはつい慎重になってしまいますわ。


そうです。リオネルやシモン伯父様がすぐに私を見分ける方がおかしいのです。お二人は特殊能力をお持ちなのだと思いますわ。本来なら女性の方が些細な変化に敏感だと言いますでしょう?でも、どこかでジェシカ様に生きていてほしかった想いがマリアーヌ伯母様の目を曇らせるのではないかと考えたこともありますわ。


シモン伯父様は現実を現実として受け入れている肝の据わったお方。愛娘を愛していらっしゃるのは間違いありませんが、ジェシカ様に起きたことを真正面から受け止めて、現実を生きていらっしゃるのだとも思います。


さあ、王宮が見えてまいりましたわ。ユミリア様は今代の王のご側妃でいらっしゃいます。身内の捜査だから贔屓していると正妃様からのご指摘を受け、断念せざるを得なかったあの日。あれからずっとグツグツと煮え滾る何かを胸に秘めておいでです。



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