25 望み
「アメリア様、起きていらっしゃったのですね」
侍女がちょうど戻ってきました。
「ニコル、この人が家に帰りたいとか言うのよ?お父さまからの贈り物なのに!」
「アメリア様、お食事のご用意ができました。お食事の席でお父様に聞いてみましょう」
「はーい。あなたも一緒に行くのよ?」
アメリアさんは私の腕にご自分の腕を絡ませました。
「承知しました」
アメリア嬢のお父様、話が通じる方だと良いのですが……
「アメリア、新しいお母様はお気に召したかな?」
ああ、なんということでしょう。通じなさそうです。
「あなた!あたしのお母様だったの?」
「いいえ。違います」
「困るなぁ。話を合わせてくれないと!」
アメリアさんのお父様が眉根を寄せました。
「誘拐されてこちらに来たとそちらの女性にお伝えしたはずですが?」
「ゆうかいってなに?」
「子どもの前で何を言い出すんだ!」
「事実ですが」
「ねえ!お父様!ゆうかいってなに?」
「レストランで倒れた女性を介抱した後、気付いたらこちらで寝ておりました。仔細も知りませんわ」
「お父様ってば!」
「何でそんな事に……」
「こちらが伺いたいくらいですわ。そもそもここはどこですの?」
「ねー!!ゆうかいってなに!」
アメリアさんの一際大きな声が部屋に響きました。それまでは淑女のように小さなお声でしたものね。無視してしまってごめんなさいね。
「誘拐というのは人を許可なく連れ去る事ですわ」
「え?」
「ここへ来たくて来たわけではありません。犯罪です」
「はんざい……」
「アメリア様はお父様に私を貰ったと言っていましたから、お父様が犯罪者ということになります」
「そんな……お父様が……」
「子どもに何ということを!」
「その子どもに人を所有物と言うような考えを持たせたのはあなたですか?幼いうちからとんでもないことです」
「私たちはそれが許された立場で……」
「ですから、私はあなたを存じ上げません。ああ、名乗るのが遅れましたね。私はオリビア・クリスタル。隣国のクリスタル公爵家の娘です。次期ベルガー侯爵でもあります」
「嘘だろう?」
「仮に嘘だったとして、私に何の利点がありますか?仮に本当のことだった場合、あなたに何の利点がありますか?」
その男性は黙ってしまいましたわ。
「今ならまだあなたがどなたか存じませんから、私を速やかに帰宅させてくだされば不問にいたします。とは言え、そろそろ私の執事、バスチアンがここを訪ねてくる頃かと。私を荷物ごと玄関ホールへ連れて行くのが最善」
「え!嫌よ!帰っちゃ嫌!あなたはあたしの物でしょう?」
「いいえ」
「嘘よ!お父様がくださったのよ?」
「アメリア様、私は物ではありません。私は望んでいません。愛する夫の元へ帰りたいのです」
「嫌よ!置いていかないで!じゃあ、私も行く!一緒に連れて行って!」
「何を言い出すんだアメリア!やめなさい!」
「嫌よ!お父様はいつだってお忙しくてあたしを放っておくじゃない!変な女の人を連れてきてお母様だって何度言ったか分からないわ!やっとまともな人が来たと思ったのに!」
ああ、想像以上に無神経な方でしたわ。
「この人は温かいのよ!この人の側でなら眠れるの!今までの女の人は意地悪だったわ!あたしを追い出そうとした!お父様はあたしのことは要らないって言ってた!」」
アメリアさんのお父様は絶句しました。アメリアさんの心の傷。何があったのかは詳しくは分かりませんが、まだお小さいのにお気の毒なことです。
「私が育てることは無理ですが、ご希望なら同じような境遇の方々をお預かりしている養護院で暮らすことは可能です。あなたには選択肢があります。二つの選択肢です。このままお父様と暮らすこともできますし、養護院で同じ年頃の方々と切磋琢磨しながら手に職を付けることも可能です。もちろん途中で選び直す事も可能ですが、どちらを選びますか?」
「あたし、ようごいんへ行く!」
「分かりました。ではそのように」
廊下で騒ぎが聞こえます。私は食堂の扉を開けました。バスチアンが部下の方数名と歩いて来ます。
「オリビア様、遅くなってしまい申し訳ありません」
「バスチアン、こちらのお嬢さんが養護院入りをご希望です。アメリア様です」
「アメリア、行かないでくれ。お父様が悪かった。これからはアメリアのそばに居るから。アメリア!」
アメリアさんは怯えるように私の服を掴んで、私を盾にしました。
「それでは名も知らぬお方、失礼いたします」
私がカーテシーをすると、彼は顔色をなくしました。
「本当に貴族なのか……」
彼は椅子にストンっと座りました。体から力が抜けてしまったようです。
「ごきげんよう」
気を利かせたのか、アメリアさんの侍女が私の荷物とアメリアさんの荷物を持って来てくれました。
「あなたもご一緒にいかが?」
「私にまで声をかけていただきありがとうございます。年老いた両親を置いて行くわけには……」
「そう。気が変わったらこのカードを持って訪ねていらして。もちろんあなたには選択肢がありますわ」
私はその場でカードに、いつどういう方にお渡ししたのかが分かるように日本語でメモをしました。この文字を読める方にはマノンを除いてまだお会いしておりません。
アメリアさんはバスチアンの部下の子どもの扱いに長けた女性に抱き上げられて嬉しそうにしています。三歳からもう女の顔をする子もいる、と前世で言われたことをふと思い出しましたわ。
美容師の方が言うには、七五三の髪を結う時に鏡を見る目が男女で異なる傾向があるのだそうです。もちろん興味の無いお子さんもいるそうなので三者三様ではありますけれど。
アメリアさんは強かで逞しそうですわ。好意を持っていた方を見限る切り替えの速さ。無垢な残酷さ。好奇心旺盛で、未知の世界に胸を躍らせているようです。
ふふ。私たちが悪人ではなくて良かったですわね。アメリアさんのお父様が追い縋ってくることもなく、バスチアンを先頭に一行は屋敷を後にしました。
屋敷を出て馬車に乗り込みます。アメリアさんは私と馬車に乗りたい、と言うかとも思ったのですが、バスチアンの部下の女性を気に入ったようで、別々の馬車に嬉々として乗り込んで行きました。何でしょう?この気持ち。捨てられたようで少し寂しいですわ。
「オリビア様、組織の尻尾を掴みました」
「そう。いよいよね」
「ええ」
「それと、今回のことですが、アーレンス伯爵の三男が黒幕です。領地内での人身売買です。最初の頃は慎重に動いていたようで手掛かりがほとんどなかったんですが、最近は大胆な犯行が増え、ボロを出すようになりました。領地内の治安も悪く、伯爵家を相手に訴え出ても勝てない、と領民が減少しているようです。代わりに犯罪者や他の領地に住めなくなった者たちが集まり、表面上は普通の観光地として稼いでいました」
「なぜ私が選ばれたのかしら?」
「レストランで介抱した女性」
「ああ、あの方はご無事なの?」
「いえ、行方不明です。三男の婚約者だったようですが、ご実家の方々の行方も分かりません」
「そう」
「調査は継続していますから、分かり次第また」
「バスチアン、感謝しているわ」
「いえ。私こそ」
私たちはベルガー侯爵領に入りました。事件が起きたアーレンス伯爵領の隣がベルガー侯爵領です。ここにはもちろんクリスタルホテルがあります。ホテルのエントランスに馬車が到着しました。
深夜になってしまいましたから、煌々と輝くホテルの明かりが灯台のようでした。本来暗い中で馬車を走らせるのは危険なことですが、バスチアンのすることですから、素人は口を噤みます。
ホテルのエントランスに人影が見えます。愛しい彼のシルエットです。
「オリビア」
私を抱きしめた彼が声を絞り出しました。
「無事で良かった」
「リオ。あなたに会いたくて頑張りました」
リオネルは私を抱き上げました。お姫様抱っこです。前世の夢の一つがまた叶いました。
「驚いた?バスチアンさんに教えてもらって体を鍛えたんだよ」
悪戯っ子のようにリオネルが微笑みました。
「嬉しい」
涙が込み上げきました。私はリオネルの胸にもたれかかり、幸せを噛み締めました。やっと彼のところに帰ってくることができました。たった一日のことではありますが。ホッとしました。
ぐぅぅぅぅ
「食事、用意してあるよ。オリビアのことだから誘拐された先ではほとんど食べないだろうと思って。優しい食事ばかりだから物足りないかもしれないけど、急に食べると良くないみたいだから」
私は真っ赤になった顔を両手で隠しながら頷くしかありませんでした。
「貴重な赤面したオリビアを僕にも見せてよ」
拗ねたように言うリオネルが可愛くて堪りません。幸せです。




