21 対峙
昼過ぎになって、ジュリアン殿下からの呼び出しがありました。思っていたよりも時間があったので、最適なタイミングで劇的に飛び込んできてもらおうと思っていた助っ人が間に合ってしまいました。
最初から一緒に話し合いの席に行くことにします。私の秘書のような立場をお願いするのは心苦しいの方ですが、快く引き受けてくださいました。
ジュリアン殿下はまだ来ていませんでした。流石に待ち惚けはないとは思いますが、少し不安になってきます。心理戦なのか、ただ時間を守らない方なのか……
待ち合わせから一時間ほど遅れてジュリアン殿下が正妃様を伴って入っていらっしゃいました。立会人がまさか正妃様だとは思いませんでしたわ。
私の方は、バスチアン、リオネル、マノン、クララ、セイラ、そしてヴィクトル殿下。立会人はアンリ会長と会長の秘書という立場のスザンヌ様です。無事鉱脈を見つけて財産と共に戻られたばかりです。先日「天使健在」と知らせを受けたのは僥倖でした。
「あなたがオリビア?」
「王国の輝かしい月、正妃様にオリビア・クリスタル次期ベルガー侯爵がご挨拶を申し上げます」
「なるほど。ただの娘ではないと言いたいのね。分かったわ」
「マノン!なぜそちら側にいるのだ!後宮から出たくなどないだろう?贈り物をしっかり受け取っているではないか。俺の気持ちは分かっているのだろう?ああ、なかなか婚姻の日がいつか分からなくて拗ねてしまったのか?明日にでも結婚してやるから機嫌を直すが良い!」
私は無言で現金を並べ始めました。アンリ会長がこの場に全ての現金を持ってきてくださいました。五億の現金が分かりやすく並べられました。
「なぜだ!お前が動かせる現金は国内持ち込み上限の一億と国内資産の二億、合わせて三億だったはずだ!借金か?借金をしてまでもマノンを迎えにきたと言うことか?愚かな。マノンは俺を愛しているんだ!その無駄金を俺とマノンの祝い金としてそのまま置いて行くが良い!」
正妃様が左手をスッと持ち上げるとジュリアン殿下は口を黙ました。あら、意外と正妃様のおっしゃることは聞くのですね。
「マノン、あなたはどうしたいですか?正直に言ってごらんなさい」
「恐れながら、私はジュリアン殿下からの愛を求めたことは一度もございません。母国のアダマンテ王国へ帰りたいのです」
「お前の家は没落したでしょう?帰る場所など無いのではなくて?」
「恐れながら、家がなくとも、後宮から出たいのです。例え泥を啜って生きることになろうともここを出て、自分の力で生きていきたいのです」
「母上、マノンは照れているだけでございます。あれはマノンの本心ではありません。マノンは俺を愛しているんだ!マノンを連れて行くなら金を払ってもらおう!慰謝料十億だ!払えまい!マノンには金がかかったのだ!」
スザンヌ様が追加の五億を並べようと立ちあがろうとした時です。正妃様は悲しそうな顔でジュリアン殿下を一瞥すると、私の方を見ました。それを見たスザンヌ様はそのまま椅子に座り直しました。
「正妃様、こちらをご覧ください」
私の言葉を受けた正妃様が右手をスッと挙げると、執事の方が音もなくこちらへ歩いてきました。
遠い昔、バスチアンが貰ったジュリアン殿下のサインが入った書類。その写しを執事の方に預けました。正妃様は眉を一瞬顰めて、書類をもう一度上からご覧になりました。
「なるほど。この書類は有効ですわ。この王宮までオリビアが迎えに来て、マノンが望んだ場合はマノンの意思に従う。良いわ。マノンは返すわ」
「母上!マノンは俺のお気に入りです!アンリエッタのババアに邪魔されて俺のモノにできなかっただけで、ババアを葬った今、やっとマノンを手中にできるのです。なぜ邪魔をするのですか?」
「ジュリアンを拘束して」
正妃様は悲しそうな顔でそう騎士に告げました。
「なぜですか?母上?放せ!俺を誰だと思っているんだ!やめろ!」
「口を塞いでかまわないわ。ジュリアン、あなたは今自白したわ。アンリエッタ様を葬ったと」
正妃様がそう言うと、騎士は「失礼」と言って王子に猿ぐつわをかませました。あら、バスチアンが使っている物と同じだわ。
うーうーと唸るジュリアン殿下は部屋から連れ出されていきました。
「ここだけの話にして頂きたいのだけれど」
正妃様がお辛そうに話し始めました。
「彼は私のジュリアンではなかったの」
その場にいた私たちは言葉を失いました。
「従兄妹の騎士と市井の女性の息子だったの。赤ちゃんの時に私のジュリアンと入れ替えたのですって。長男と性格があまりにも違うからずっと不思議に思っていたのよ。そんな時噂を聞いてしまったの。ジュリアンは私付きの騎士の息子だと。顔がそっくりだと。私から生まれるのは陛下のお子しかありえないから秘密裏に調べさせたの。疑惑がただ深まっただけだったわ。ねえ、オリビア、あなた占い師なのでしょう?私のジュリアンの居場所を調べてほしいの」
「占いは信じるも信じないも占われた方の自由ですし、全てが分かるとも限りません。それでもよろしいのですか?」
「ええ。何かに縋りたい気分なの。今日あなたが来ると聞いて丁度いいと思ったのよ。ねえ、マノンは返すわ。ヴィクトルの未来もヴィクトルが困らないように整えてあげる。どうか私のジュリアンを探してちょうだい」
正妃様は縋るように私たちを見ました。ふと正妃様は私の後ろに立つリオネルに目を止めました。
「ちょうどあなたくらいの年齢だと思うわ。あなた、眼鏡を取ってくださる?」
正妃様が震え始めました。
「あなた、先先代の王にそっくりだわ」
正妃様は震える手をリオネルに伸ばしました。
「あなた、背中に星型の痣が無い?小さな小さな痣なの。私のせいでついたあの火傷の跡」
「正妃様、幼い頃の火傷の跡は成長と共に消えてしまうこともありますわ」
「そうね。そうよね。ごめんなさい。やはり、占ってもらった方が良いわね。お金はしまっておいて。お金と人を交換するなんて、あってはいけないことよ。ジュリアンがごめんなさいね。ジュリアンの言葉を信じて長らく放置してしまったことも謝罪するわ」
「では、マノンは連れて帰らせていただきます」
「義母上、私もオリビアと一緒にアダマンテ王国へ行ってもよろしいでしょうか」
すかさずヴィクトル様が尋ねました。
「構わないわ。ヴィクトルの好きになさい」
優しくヴィクトル様に微笑みかける正妃様。
「父上にお伺いを立てる時に義母上からの書類があると交渉がしやすいので、こちらの書類に署名をいただきたいのですが」
「分かったわ。準備のいいこと。はい、これで良い?ねえ、オリビア、占いの道具はここにあるの?」
「はい」
「じゃあ、早速お願いするわ。他の方は別室で寛いでいらして」
「正妃様、マノンの荷物を取りに行っても構いませんか?私の侍女にお供させても?」
「そうね。一人では荷物が持てないかもしれないわね。良いわ。こちらの書類?あなたも用意が良いわね。まあ、王宮内は書類がないと動けないものね」
マノンに付き添ってタニアが荷物を取りに向かいました。アンリ会長は現金をバッグに詰めて別室へ。スザンヌ様が占い道具を持ってきてくださいました。バスチアンとリオネルは私の後ろを譲る気がないようです。三人で正妃様の下へ向かいます。
セイラとヴィクトル様は王様に出国の許可を取りに向かいました。念のためクララがセイラに付き添いました。あとはヴィクトル様次第です。
「では始めます」
私は水晶玉をいつものように設置してはるかに問いかけました。メッセージはマノンが危険。
「正妃様、マノンに危険が迫っています!」
「まさか!」
正妃様は騎士に指示をして後宮へ向かわせました。
「私たちが向かっても足手纏いになるだけだわ。彼らに任せておきましょう」
「……分かりました」
はるかからのメッセージはマノン無事。ホッとしました。続けざまにはるかがメッセージを送ってきます。
「男性と女性、私はお会いしたことがありません。似顔絵を描くことができる方をお連れしていないので、お顔を伝えることができません。本物のジュリアン様は、今、幸せに暮らしていらっしゃいます。本当に入れ替わっていたのですね。今のジュリアン様のお顔は……あら」
私はバスチアンに耳打ちしました。バスチアンも流石に驚いたようで、目を瞬かせて深呼吸を一つしてから部屋を出ていきました。
リオネルが不安そうに私を見ています。
「すぐに分かるから待っていて」
と伝えると、少し不満そうに「分かった」と言いました。流石に正妃様より先には伝えにくいですわ。




