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新婚旅行のハズでした  作者: もんどうぃま
第一章 夫の災難
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2 葛藤


「お義母様、お久しぶりです。シェーンベルグの領内に居ましたのにご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません」


シェーンベルグ領のお屋敷に来たのは初めてです。素敵な温室に案内されて、お義母様に久しぶりにお会いしました。お気の毒にやつれてしまわれて。ここしばらくの心痛の大きさに胸が痛みますわ。


「オリビアちゃん、忙しいのに来てくれてありがとう」

お義母様はフレンドリーなお方。人間関係で上手くいかないことの方が珍しいこのお方をここまで苦しませるなんて……早くお会いしてみたいですわ、シャンタルさん。


「事業のことでご相談したいこともありましたし、近々こちらにお邪魔させていただきたいと考えていたところでしたの。お義母様のご心痛を思えば、事業など後回しですわ」


「オリビアちゃん……」

いつもは溌剌としたお方ですのに、目には涙。お化粧で隠していらっしゃいますけど、目の下にはクマがありますわね。艶々のお髪も玉のようなお肌もいつもの輝きを失っていらっしゃる。お労しいわ。


「ここはね、私のお気に入りの温室なのよ。なかなかこちらには来れないのだけれど、屋敷の者が丁寧に世話をしてくれているの。夫からの結婚の時の贈り物の一つだったのよ。この地域は少し寒いでしょう?私が生まれ育ったのはエリンドル領なの」


「王国南部の観光業が有名なエリンドル伯爵家の領地ですわね。珍しい花木があって、季節ごとに異なる花が咲き誇る、全庭師憧れの庭園があると聞いたことがありますわ」


「そうなの。花に囲まれて育った私が寂しくないようにと、夫が」

「まあ!お義父様のお心遣い、素敵ですわ」

「花って不思議と心を癒してくれるのよね」


「ええ。同感ですわ。私、数多の女性の背中を押せるようなドレスを作りたいと思って、お花をモチーフにすることが多いんです。お義母様のお好きな花を教えていただいてもかまいませんか?」

「ええ。こちらにいらして」


良かった。少しお元気になられたようですわ。しばらくお義母様のお好きな花や、エリンドル領の珍しい花木のお話しを伺いながらティータイムを楽しみました。


シェーンベルグ伯爵家の方々は皆さま温厚で騒がしいことはないものですから、例のシャンタルさんが騒ぎ始めた時、すぐに分かりましたわ。侍女が慌てて温室まで走って来ました。狂女の襲来にお義母様は顔色が悪く、表情も硬いものに。


本来ならお義母様が対応するべき状況ですが、私が対応するとお伝えすると、安心されたようなご表情。必死に隠してはいらっしゃいましたけれども、行くべきだけれども行きたくない、そんな感じですかしらね。


私も市井の女性が貴族の屋敷に怒鳴り込んでくるなんて思ってもみませんでしたわ。命が惜しくないのかしら。貴族相手に市井の者が騒ぎ立てるなんて、斬り捨てられても文句は言えません。意外と有力な家の方なのかしらね。


そもそもこのお屋敷の方々は荒事が苦手なご様子。「緋色の館」で三角関係のトラブルが起きた時もビシッと収めたはるかの迫力を思い出しつつ、騒ぎの現場に向かいました。


あの方がシャンタルさんね。懐かしいわ。どの世界にもクレーマーっているのね。あらあら、門番の方が押されているわ。女性相手だとなかなかやりにくいのかしら。


これはあれね、あの門番の方はシャンタルさんの知り合いの方ね。それで押し切られてしまった……いいえ、あれは協力者だわ。シャンタルさんのせいで彼は仕事を失うでしょうね。高給取りだったでしょうに残念ね。


私が観察している間にシャンタルさんはあっという間に玄関ホールまで入り込んでしまいました。何度もここまで入り込んでいるに違いありません。


夫の帰省中は来なかったのかもしれないわね。リオネルは彼女に会ったとは言っていませんでしたから。リオネルはそういう強運なところがありますの。いえ、もはや豪運ですわね。


私は笑顔でシャンタルさんを迎え、彼女に話しかけましたわ。

「ごきげんよう。どちら様ですか?」


「あんた誰?あたしはこの家の次男の嫁よ。侯爵夫人になるんだから。ねえ!さっさと次男を出しなさいよ。そいつがあたしに求婚したんだって何度言ったら分かるのよ!いい加減にしなさいよ?結婚詐欺で訴えるわよ!」


確かに凄い迫力です。貴族の方でこういう話し方をする方はいらっしゃいません。箱入り娘だったお義母様にはまさに青天の霹靂、寝耳に水。こういう輩にどう対処すべきかはご存知ないでしょう。


それに門番が役に立たないなんて。門番の男の子はシャンタルさんに脅迫でもされているのかしら。


私はシャンタルさんに小声で話しかけました。

「死にたいのですか?」

「はあ?聞こえないわよ!何なのあんた!」

やはりシャンタルさんのお耳には届かなかったようです。


ただ、不思議なもので、小さな声で話しかけられると、聞き取りたい気持ちが芽生えるのか、怒鳴っていた方も少しの間こちらに耳を傾けてくれるのです。この隙にインパクトのある言葉を発しなくてはいけません。


「死にたいのですか?と聞きました」

「はあ?死にたいわけないでしょう?バカなの?」

「貴族に向かってその言動、やはり死にたいのですね。バスチアン」

「はい。オリビア様こちらを」

バスチアンが私に真剣を渡しました。刃の煌めきに少し後退るシャンタルさん。


前世の私は趣味で居合斬りを嗜んでおりましたの。このザ・日本な刀は私の領地の鍛冶屋で打ってもらいました。私のイメージと前世聞き齧った情報だけで、ここまでの刀を生み出してくれた彼には感謝感激雨(あられ)です。


「きゃあぁ!人殺し!いやぁぁ!」


バスチアンが藁を巻いた筒を設置。私はすかさず気合を入れてその筒を一刀両断いたしました。結構綺麗な刀筋でしたわ。バスチアンの部下が音もなく現れて全てを片付けて去っていきます。


シャンタルさんはやっと黙ってくれましたわ。あら、腰が抜けて動けないようです。バスチアンが彼女を横向きに抱え上げて談話室へ運びます。これでやっと話し合いの場が整いますわ。


私は徐に水晶玉を取り出して、シャンタルさんを占いました。はるかからのメッセージを受け取った私はさらに自作のタロット風カードでの占いを始めました。


シャンタルさんは訝しげに私を見ると、何か言いかけて止めました。バスチアンの鋭い眼差しに怖気付いてしまったようです。バスチアンはオリビア至上主義者ですから、下手な言動は危ないのです。


はるかからのメッセージは狐のお面を付けた狸の置物、カードが導き出したのは破壊と再生。どうやらシャンタルさんには更正の余地がありそうです。そして背後には狐顔の狸。


「シャンタルさん、あなたのお父様はクレンベルグの街を治める方よね」

「……はい」

「あなたたちは貴族ではありませんわよね」

シャンタルさんは何も言わず、俯いてしまいました。


「私はクリスタル公爵家の人間です。言っている意味、お分かりになります?貴族ではないあなたが仮にここで儚くなったとしても、私が罰せられることはないでしょう」


シャンタルさんは勢いよく顔を上げて私を見ました。「儚くなる」の意味はご存知だったようです。「素直にあなたがご存知のことを証言してくださるのなら、あなたには新しい人生を差し上げますわ」


「シャンタル!騙されるな!今俺が助けてやるからな!」

あの門番の男です。これは、面倒そうなタイプが現れましたわ。


「あなた、お名前は?」

「何様だ、この女。偉そうにしやがって」

「マルク!黙って!」

「シャンタル、俺が今助けてやるからな。俺だってやればできるんだ。おい!当主を出せ!俺が相手してやる!非道な結婚詐欺師を出せ!」


シャンタルさんはそれはもう小さくなってまるでそのまま消えてしまいそうでした。ああ、マルクは助けられそうにありません。バスチアンはあっという間にマルクの背後に回り込み、膝裏を蹴って跪かせました。


荒縄を取り出してマルクを縛り上げました。藁の筒を作った時に覚えて気に入ってしまったようですの。マルクは猿ぐつわもかまされてうーうー唸り始めました。


バスチアンの手際が速すぎて、私が目を逸らした間には仕上がっていましたわ。見損ねました。残念ですわ。バスチアンの部下が縛られたマルクを椅子に座らせてさらに椅子ごと縛り上げました。


マルクは諦めずに足をドンドンと鳴らして、うーうーと唸り声を上げています。目つきは鋭く、相当私たちを憎んでいる様子です。


バスチアンが椅子ごと彼を横倒しにしました。シャンタルさんの味方をしようと乗り込んできたのに、彼の異様さにシャンタルさんも引いています。百年の恋も冷めそうな姿です。




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