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新婚旅行のハズでした  作者: もんどうぃま
第二章 夫の留学
19/30

19 強制

リオネルは不安そうです。

「人身売買はダメだよ。違う方法を探そう」

小声で私に訴えかけてきました。私が人として間違っていると感じたら正してくれる。リオネルへの信頼感が増します。私は大丈夫、と言うかのようにリオネルを真っ直ぐに見つめ、彼の手を握りました。


私は姿勢を正してジュリアン殿下を真っ直ぐに見て言いました。

「ジュリアン殿下、王宮へ伺うのに相応しい格好をしてまいります。こちらでお待ちになりますか?それとも先に王宮へ向かわれますか?」


朝起きてダラダラしていた格好や、パイを作っていた格好で王宮に来いとはあまりに無体な命令です。


「はあ、女性はこれだから、もっと簡単に考えられないものかな」

「少々お待ちください」

私たちはドレスを着替え、髪型を整えて、軽くメイクをしました。


「俺のために着飾らなくて良いんだって以前も言っただろう?」

「ジュリアン殿下、私たちは自分自身のために着替えて化粧をするのです。あなたのためではありませんわ」

「いいっていいって。皆まで言わなくて良いよ。全員後宮に入れてあげられる。マノンが待っているよ」


「私たちは後宮には参りません。王宮です。お間違えのないように」

「はいはい。まずは王宮ね」

「そこでなければお支払いできませんので」

「もう払ってくれるってこと?資産が足りてないのに?」

ジュリアン殿下は口元を歪めました。


やはり私の今動かせるお金をチェックしていたようです。払えそうで払えない金額、何かを代償に願いが叶えられそうな金額を指定されました。


「オリビア様、大丈夫なのでしょうか……」

「怖いですわ」

「大丈夫よ。王宮にはきっとバスチアンもいるし、私たちはなるべく近くで過ごすようにいたしましょう」

「「はい」」


不安がる二人と無表情のリオネル、私たちは四人で馬車に乗せられ、王宮へ向かいます。ジュリアン殿下は特別なご自分用の馬車に乗っています。アンリ会長宛ての手紙を、アンリ会長が手配してくださった騎士の方に預けました。


馬車の中では珍しく無言の私たち。昨日のフェスティバルが幻のようです。


「セイラ様がお帰りになられたら驚かれてしまいますわね」

タニアが心配そうに口を開きました。

「セイラはきっと王宮にいるわ。ヴィクトル殿下がセイラを後宮に入れられないように頑張っていると思うわ。簡単には出られなくなってしまうから」


「そんな……王子と名乗らずに交際を申し込まれたのですね。そのままセイラ様を連れ去って……王子は何をしても許されると言うのですか?オリビア様にも暴言を吐くし……」

タニアが怒っています。


心配そうにクララが言いました。

「ヴィクトル、いえ、ヴィクトル殿下がセイラ様を後宮へ?お優しそうだったのに女性の自由を奪うような……」


「ヴィクトル殿下はあれでセイラを守ろうとしているのだと思うわ。彼が関心を持ったと知られてジュリアン殿下に連れて行かれたら大変ですもの。それで公開告白に踏み切って既成事実を作ったのだと思うわ。宝石箱を開けてネックレスを見せてからもう一度交際を申し込んだでしょう?この国の王族の正式な申し込み方法なの。知っている人は彼が王族の方だとあの場で分かったはずだわ。本当にセイラを愛しているからだと思うの。平民だと思って連れて行ったら伯爵家のお嬢さんだったわけだから、喜んでいると思うわ」

「でもオリビア様の居場所が知られたのはその二人のせいなのではないですか?」


「否めないわね。何か不測の事態が起きたのでしょうね。私たちを呼び寄せた方が良いと考えたのかもしれないわ」

「バスチアン様もいらっしゃいますものね」

「ええ。マノンに接触できていたら鬼に金棒なのだけれど」


三人は希望が叶うことを祈るように目を閉じて両手を握り締めました。不安な時、人は本能的に祈ってしまうのかもしれません。


リオネルが私の手を握ります。決して離さない。そんな決意をしているかのよう。私も決して離れない、そう彼に伝えるように手を握りました。手を握りしめたまま私たちは決意を胸に前を向きました。


王宮までの道すがら、私はマノンのことを思い出していました。マノンは私と同い年の侍女で、共に学園に通っていました。成績は優秀、私と上位を争っていました。私たちは考え方が似ていて趣味も気も合う最高の友人でもありました。彼女も転生者だったのです。


ある日、留学生だったジュリアン殿下が私たちに関心を持ちました。私を庇って王子に話しかけたマノンはあっという間に彼に囲い込まれ、両親に売り払われました。ご両親は縁続きになるのなら、公爵家よりも王家の方が良いと思ったのだそうです。


子爵家と王家が縁付いても、ジュリアン殿下がお相手ですから、マノンに得はありません。良くて側妃、最悪愛人にもなれずに終わるでしょう。後宮は政治戦略上女性を使って男性が利を得る場所です。


後宮の中では無意味な権力争いや一晩で人生が浮き沈みするようなやり取りが行われるでしょう。まさに身一つで後宮に入れられたマノン、彼女が逞しく生き抜いていることを祈るしかありませんでした。


私はやっとここまで来ることができました。


彼女が今どうしているか、何の情報もありません。彼女が本当にジュリアン殿下を愛しているのだとしたら、クリスタル公爵家の養子に迎えてからこの国に送り出すこともできたのに……後悔ばかりです。


ついに王宮の門を潜りました。焦らないように、逸り過ぎて打つ手を間違わないように、気を引き締めてまいります。


流石にそのまま後宮に私たちを連れ込むことはできなかったようで、王宮の一室に通されました。何部屋かが繋がった居住空間です。寝室が三部屋、居間、洗面、そうですね、前世で言う3LDKといったところでしょうか。


私たちが部屋に通されてしばらくすると、扉をノックする音がしました。私たちの間に緊張が走ります。

「バスチアンです。オリビア様お加減いかがでしょうか」


リオネルが素早く立ち上がって扉を開けました。

「バスチアン!」

よほど嬉しかったのか、不安からの解放なのか、リオネルがバスチアンに抱きつきました。珍しく抱きついてきたリオネルを片手でいなしながら室内へ入ってきました。


相変わらず体幹が素晴らしいですわ。スタイルも崩れないし、しなやかです。私も鍛え直してもらおうかしら。


「リオネル様、長らく不在にしてしまい申し訳ありません。ですがこのような場で子犬が飼い主に戯れ付くようなことはしてはいけません」


「ごめん。嬉しくてつい。昨日の今日で無事なのか分からなかったから」

「そうですわ、バスチアン。私のことも放ったらかしで酷いわ」

即席三人関係の出来上がりです。ふふっ。


「オリビア様!」

セイラです。続いてヴィクトル殿下も部屋へ入ってきました。ヴィクトル殿下は部屋の外を見てどなたかを手招きしています。


「マノン!」

私が歓喜する番でした。先程のリオネルのように思わず抱きついてしまいました。こういう気持ちでしたのね。


「オリビア様!」

いくら転生者同士とはいえ、他の方がいらっしゃる場ではお互いの立場はきっちりと守ります。数年振りの再会でもそれは変わりません。


「マノン、無事で良かったわ。それに健康そう。さすがマノンね」

「オリビア様、私、頑張りました」

マノンの目が潤んでいます。想像もできないことがあったに違いありません。彼女は滅多に自分を褒めないのです。


「ヴィクトル殿下、ご配慮感謝いたします」

「今まで通りヴィクトルと呼んでほしい。公の場では難しいかもしれないし、私のことを怒っていないのだったら、だけど。黙っていてすまなかった」


「いえ、ヴィクトル様、私たちには後どのくらいの時間が残されているのでしょうか」

「全て明日になるよう手配した。今夜は全員この部屋で過ごすことになる。他に安全な場所を用意できなかった。すまない」


「いえ、一晩あれば十分です。ありがとうございます」

「せめてものお詫びに食料を用意した。自分たちで調理することになってしまうが、その方が安心だろう?」


「ご配慮感謝いたします」

ヴィクトル様は少し寂しげに微笑みました。

「では、私は仕事があるのでこれで。部屋の前に私に忠誠を誓ってくれた騎士がいる。警備をどうするかは彼と話し合ってくれ。セイラ、こんなことに巻き込んでしまって本当にすまない。それでも私はあなたと生きたいのだ」


「私もあなたと生きるために足掻いておかないときっと後悔すると思っています。今はただ辿り着きたい未来のために」

ヴィクトル様がセイラを抱きしめました。名残惜しそうに離れて部屋から出て行きました。


セイラは泣いています。クララとタニアがそっと寄り添い、椅子に座らせました。テーブルにはマノンが紅茶を用意してくれています。久しぶりのマノンの紅茶です。こんな時ではありますけれど、素直に嬉しいわ。



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