81 当然にあらず
出産にまつわるエピソードがあるので苦手な方は飛ばしてください。
心臓が早鐘を打ち、得も言われぬ不安感が付きまとう。
ライトはまた、奥の扉を見るが、何の変化もない。
待ってる時間が途方もなく長く感じる。
タイラーはテーブルに肘をついて指を組んでいる。
ライトの視線は止まらず、オカリナと目が合う。
「急いても何もない、心を落ち着けよ、ライト」
そう言われてはじめて自分が落ち着いていないことに気づき、
スッ・・ハァー
大きく深呼吸する。
少し落ち着いたので、タイラーの隣に座り、同じように指を組んで目を閉じる。
「リータのお母さんは?」
なぜか自然と口からでた。
「・・・リータは凄い、難産だった。
夜に産気づいてから次の日の夜にもまだ産まれなかった。
それでもリーファは頑張り、アルも励まし続けた」
「・・・」
ライトは言葉がでない。
「産まれたのは明け方だった。
リーファは体力の限りを尽くし、それからほとんど動かず、誰にもどうしようもなかった」
胸に手を当て次の言葉を待つ。
「リーファは最期にアルとエレナを呼び、『リータをお願い』と言って息を引き取った」
「・・・っ」
声は出ず、涙がライトの頬をつたう。
タイラーは顔を上げ、ライトの方を見て、ライトの頭に手を乗せる。
「リータはエレナの乳を飲んで育った。
男の子と女の子・・・2人の子を亡くし、落ち込んでいたエレナも
リータと・・・リーファに救われた。
その翌年、お前が産まれたんだ」
「生は当然にあらず、両親に感謝じゃな」
オカリナがライトの隣に座り、背中を手でさする。
幸いなことに、ライトは身近な人の死を見たことがない。
いや、それは聞かされたことがなかっただけだった。
「ライトはお母さんに大切にされているんだね」
ムーの言葉が突然、脳裏に甦り、ライトの心に直撃する。
我が子を失った両親や最愛の妻を亡くしたリータの父親は
今までそんな素振りすら見せず
どれほど自分たちを大切に育て守ってくれたことか
「父さん・・・」
ライトは立ちあがり、隣に座る父の大きな体に抱き着き、体温と硬さと早い鼓動を感じる。
食事の度に、事あるごとに、指を組み父が「何に」に「感謝」していたのかが少しわかった。
タイラーはライトの方に向きを変え、軽く抱き返し、
「大きくなったな」
ライトの頬に止めどない涙が溢れ、
その言葉に詰まっている想いや背景がとても重く、
この話を聞いていなかったら全く違う意味に感じられたと思う。
「尊父とは斯くあるものだな」
オカリナがどこからか手ぬぐいを出し、ライトの顔を拭いてくれる。
ライトは返事を出来ず、コクコクと頷きだけで同意を示すが、
涙は止まらない。
オカリナはそれを優しく拭き続ける。
「タイラー殿、ライトは良き子ぞ、其方譲りのな」
オカリナの言葉にタイラーは小さく首を振り、また、指を組む。
ギギー
奥の扉が開く。
部屋にいる全員の視線がそちらに向き、
ヨークが汚れた布を持って出てきた。
ライトが素早く立ち上がりヨークに駆け寄る勢いで
「どう?」
と短く問うと
「お婆さんが言うにはまだまだ時間がかかるから、順番で寝ておけだってヨ」
ライトはヨークから布を受け取り、頷きを返す。
ヨークはライトの顔を見て
「ライト?」
小首をかしげる。
ライトはその視線から逃げるように布を持って外に出ていく。
代わりに、
「ティファは邪魔になってないか?」
タイラーが聞く。
「うん。お母さんの手を握って良い子にしてるヨ」
「そうか、よろしく頼む」
強張っているタイラーの顔に
「出来ることなんでもするヨ」
ヨークは笑顔で返す。
しばらくすると、ライトがクリンの終わった布を持って戻ってきて、それをヨークに渡す。
ヨークは受け取りながら、
「ライト?」
もう一度、ライトに問いかける。
「落ち着いたら、後で話す」
「わかったヨ」
それだけ言うとヨークは扉の奥に戻って行った。
それからは、誰も何もしゃべらず、重々しい空気の中、時間だけが過ぎていく。
問いかければタイラーは応えてくれるのはわかっているが、
この時間は待つ以外の別の事に使っていけない、そんな緊張感があるように感じた。
ギギー
扉が開き、ケリーがティファを抱きかかえて出てくる。
「ティファ?」
手をぎゅっとして、何かを握ろうとしたまま寝ている。
「頑張っていたけど、疲れたみたいだ」
「ありがとう」
そう言ってライトがティファを受け取る。
「中の様子は?」
「少し、陣痛の感覚が短くなってきた。お婆さんが言うには朝まではかからないとのこと」
「そう、ケリーは眠くない?」
「自分たちは昼過ぎまで寝てたので、産まれるまで見てます」
その言葉を聞いたタイラーが
「よろしく頼む」
ケリーに言いながら立ち上がり、ライトからティファを受け取って、ティファのベットに連れて行った。
ケリーもそのタイミングで奥の部屋に戻っていった。
沈黙の室内で、只々、時間が過ぎる。
遠くで畑蛙の鳴き声がする。
永遠の時間かと思えるほど長い夜の静寂が終わりを告げる。
扉の向こうで動きがあるのが音と振動で伝わってくる。
ライトは扉を見るが、タイラーは動じず、オカリナも静かにしている。
バタバタとしていた音が止まると何かを話している声が聞こえる。
ライトは座っていられなくなり、立ち上がり部屋を一回り歩く。
その時に隣のリータの家に灯りが付いていることに気づいて、家の外に駆け出していく。
リータの家に近づくにつれてリータが起きてることを確信する。
ライトが扉に近づくとそれは自然と開き、リータが姿を現す。
「どうしたの?」
「産まれそう」
「わかったわ」
リータはそのまま出てくる。
扉の奥にアルマンドの姿がチラっと見えた。
場所は違えど、皆、同じ時間を過ごしていたんだとライトは理解する。
歩きながらリータが両手の腕を捲り、歩みを止めてライトに向けて付きだす。
「クリン」
ライトの便利魔法がリータの両腕を洗う。
その間にリータはライトの顔をじっと見て、魔法が終了した時に目が合い、フッと口元から笑みがこぼれる。
ライトの家についてもリータは歩みを止めることなく、そのまま奥の扉に向かっていく。
気はボス部屋に入って行くときのそれである。
ギギー
「・・・・・・」
扉が開いた瞬間に母親の呻き声と粘りを帯びた熱気が溢れてきた気がした。
バタン
座っている父親の後ろ姿に変化はないが、テーブルに着いた肘から上は小刻みに震えている。
きつく組まれた指からはミシミシと音が漏れだしそうなほど力が込められている。
慣れてなんか・・・いない
慣れるわけがない
例えば、冒険者が何人も犠牲になっているのに
自分の仲間を(安全マージンが確保できてない領域に)送り込む。
ライトにはできない。直観でそう思う。
故に自分より強くて大きいんだ。
タイラーはその先の自分では立てない領域にいることがわかる。
『生は当然にあらず』
そのことを十分に理解して、その先にいる。
そんな想いでタイラーの組まれた指をみていた。
バン!
扉が急に開かれヨークが布を抱え飛び出してくる。
「ライト!」
「ヨーク!」
ライトも駆け寄る。
「逆子だった、泣いてくれないヨ」
「お婆さんは?」
「お尻叩いて泣かせろ!って、でも5回叩いても泣かないんだヨ」
ヨークから布を受け取ると中に赤ちゃんがいるが全体が紫がかっている。
(生きろ!)
「どうすればいい?」
「お尻叩いても反応が無かったからライトの魔力循環はどう」
「わかった」
布をテーブルに置いて赤ちゃんの手をそっと掴む。
(生きろ!!)
ライトはいつもより慎重に魔力循環をする。
少しすると赤ちゃんの体がピクっと跳ね、口を開く
「泣いて!」
ヨークが懇願するように手を組み近づくが
赤ちゃんの口がハクハクと動くだけで泣かない。
「此れを・・・」
オカリナが自分のマジックバックからポーションを取り出し、
自分の手首を切り血を数滴その中に垂らす。
「試してみても良いか?」
「エルフの飲み薬!」
「ぬしに聞いておるタイラー!」
「生きろぉ!!この子が生きるなら試してくれ!」
ヨークがポーションを受け取り、ためらいなく自分の口に含み、赤ちゃんに口付けをする。
ライトはそれに合わせ、少しだけ魔力量を上げる。
ピクン
赤ちゃんはさっきよりも大きく跳ね・・・
「・・・ぁぎゃ・・・あぎゃ・・・おぎゃ」
産声を上げた。




