泡をさがして
ここいらでは珍しい、シビレエイの女の子が泣いていたので、タコのあきらは穴から顔を出しました。
シビレエイは、まだあきらの半分くらいの大きさです。体全体を震わせて、薄桃色の涙をたくさんこぼして、あきらの家の前でわあわあ泣いているのです。
「いったい、どうしたの」
あきらが声をかけると、その子はますます大きな声で泣きました。
「わああん、大事なものをなくしちゃったのよう、わあああーん」
あんまり大きな声でわめいていると、恐ろしいサメに見つかるかもしれません。あきらは急いで、彼女をふにゃふにゃの触手でそっと捕まえ、自分の家に入れてやりました。
家の中に入ると、シビレエイの女の子は泣くのをやめて、物珍しそうに辺りを見回しました。
「ここは、なあに?」
「僕の家だよ」
そこではじめてシビレエイは、あきらをじっとよく見ました。そして、丸い瞳にびっくりの表情が浮かびました。
「あなたは、だあれ?」
「僕? 僕は、あきらだよ。タコだ」
「あたしは、みお」
あきらは、シビレエイのみおに、プランクトンのおやつを出してあげました。
もぐもぐとおやつを食べているうちに、みおの涙はすっかりかわいたようです。
「さっきは、どうしてあんなに泣いていたの?」
「だって……」
みるみるうちに、みおはまた泣き出しそうな顔になりました。
「あたし、宝物の泡をなくしてしまったの!」
皆さんはご存じでしょうか? あきらやみおのような海で生きる子たちは、ぬいぐるみやガラス玉のかわりに、泡を大事に持っているのです。なぜって、魚たちには、宝物を入れておくポケットやかばんがありませんからね。泡なら、泳いだ後をどれだけでもついてくるから、なくさないで済むのです。
だけど、みおはどうして、泡をなくしてしまったのでしょう。
「お母さんがごはんを探しに行ってる間に、わかめの森を探険していたの。その時、イワシの大群に巻き込まれて、どんどん遠くに泳いでいっちゃって……気づいたら、どこまで来たのかも分からないし、泡も見つからないの」
かわいそうに、なんて心細いことでしょう。あきらはみおを優しくなぐさめてあげました。
「大丈夫だよ、僕が泡を見つけてあげるよ」
「ほんと?」
みおがぱっと笑顔になりました。
「あきらお兄ちゃん、ありがとう!」
あきらは、みおを連れて家を出ました。海の底は薄暗くて、どこにウツボやサメが隠れているか分かりません。あきらとみおはなるべく早泳ぎで上へ昇ります。
みおはまだ泳ぐのに慣れていなくて、ぱたぱたとひれを動かしながら、ちょっとしか進めないのです。あきらは何度か遠くにうつぼの影を見つけて、みおを引っ張りました。
たくさんの魚が泳いでいくところに向かってみると、大きな街がありました。わかめのもりも、イソギンチャクのホテルも、サンゴの公園もありました。砂の上では、ナマコがお昼寝しています。せわしなくあちこち走り回って騒いでいるのは、カニのラッパーでした。
たくさんの魚の子が、自分の泡で遊んでいました。トパーズの泡、すみれの泡、星色の泡、ルリカケス色の泡……色とりどりの泡で、目もくらむようでした。
「みおの泡は、どんな色?」
あきらは、みおにたずねました。
「あかね色。夕方の空の色」
みおは歌うように言いました。
ここでみつかるといいな……そう思いながら、あきらが上を見た時です。
さっと影が差して、辺りは急に静まり返りました。
暗くなった町から、小さな生きものたちがどんどん逃げていくのです。みおとあきらは何も分からず、立ち尽くすばかり。だけど、さっきまで遊んでいた子どもたちは、自分の泡をせかせかとつついて、親の元へ泳いでいきます。
親切なヤドカリが、あきらとみおに忠告しました。
「逃げた方がいいよ。恐ろしいものがくる!」
「恐ろしいものって……?」
「サメだ!!」
黒い影が、ぐあっと巨大な口を開けました。真っ赤な口の中には、鋭い牙がずらりと並んでいました。
あきらは、みおを抱きしめ泳ぎました。
「逃げなきゃ!」
ところが、みおはまじまじとさめを見つめ、あきらに逆らおうとするのです。
「みお!」
みおがさけびます。
「サメのお口! 見て!」
あきらは思わずつられて、サメの方を振り返りました。
そこで見たのは、何という光景だったでしょう。そこにいたたくさんの子どもたちの大切な泡が、サメの口元に吸い込まれていくのです。サメが、水を物凄いいきおいで吸い込んでいるからです。
「ボクの泡が!」
マグロの子が、泡を追いかけてサメの口元へ泳いでいこうとしました。それをお母さんが、必死で引き止めています。
「ひどい、ひどい」
みおは泣き出しました。「あたしたちみんなを、食べるつもりなんだわ」
子どもたちをおびき出すために、泡を吸い込んでいるのでしょう。泣きながら泡を取り戻そうと泳ぐ子どもたちがたくさんいます。サメは、もうにんまりと笑っているのです。
あきらは決心しました。
「みお、ここにいるんだよ」
そう言い置いて、あきらは、サメの後ろへ回りました。そして、サメの尻尾を8本の足でぎゅっとつかみ、力の限り引っ張りました。
「こいつめ、何をしやがる」
サメは怒って、あきらをふりおとそうともがきました。あきらはサメに全身ぴったりくっついて、落とされまいとしました。
「皆! 今のうちに、逃げるんだ! 泡は、後で必ず取り返すから!」
叫ぶあきらのそばに、みおが泳いできました。あきらは驚きます。
「みお! 逃げなきゃダメだよ」
「ううん、あたしも手伝う!」
そう言うなりみおは、やっぱりサメにくっつき、ふんばりました。
「ぎゃっ!」
サメは驚きました。ほんのちょっぴりの電気が、びりびりと体を流れたのです。動きが止まったのも一瞬、すぐに気を取り直し、生意気な小僧どもを食べてやろうと暴れ出しました。
けれど、カニがサメの鼻面をはさみ、邪魔をしました。たくさんの親魚たちが、サメの腹を押しまくりました。なまこがサメの目をふさぎました。
「泡を返せ!」
子どもたちの大合唱が始まりました。みおも、あきらもそれに加わります。サメの口から、いくつかの泡がこぼれ落ちました。けれど、サメはすぐにぴったりと口を閉じてしまいました。
「泡がほしけりゃ、100匹は食べさせろ!」
なんて恐ろしい交換条件でしょう。みおはすっかり怯えてしまいました。サメは勝ち誇って、その場で悠然としています。我慢比べが始まったのです。サメがずっと口を開けさえしなければ、魚たちは仲間割れを始め、誰を差し出すのか相談するでしょう。
みおが泣きだしました。あきらも、泣きたくなりました。みおのあかね色の涙が、子どもたちのトパーズ色、すみれ色、星色、ルリカケス色の涙がその場をすっかり染めてしまいました。
勝ち誇るサメの耳に、雷のように轟く声が聞こえました。
『私の子どもを泣かせているのは、誰?』
サメは身震いして、上を見ました。平べったく、白い奇妙な魚が、サメの上に漂っていました。笑っているような口元が、怒りでゆっくり震えています。
みおがあっと息を呑んで、泣くのをやめました。
『お前が悪さをしているのね』
その声に、他の魚たちもすっかり怖くなってしまいました。
けれど、みおだけは笑っています。
「お母さん!」
それは、巨大なシビレエイでした。みおをずっと探していたのです。
サメは逃げようとしました。けれど、あきらはサメを引っ張り続け、シビレエイの前にサメを突き出しました。
シビレエイは、あっという間にサメを包み込み、(みおが慌ててあきらを逃がしました)かつて見たことないほどの電撃をお見舞いしてやりました。
すっかりしびれたサメは、しょんぼりとうなだれながら帰っていきました。
その後には、何百もの泡が残されました。皆、歓声を上げながら自分の泡を探します。
あきらも、そのお手伝いをしました。海上に昇っていこうとする泡を、たくさんある足でちょんとつついて下にやるのです。そして、とうとうあきらは、あかね色の泡を見つけました。
宝物をみおに返すと、みおは大喜びしました。
『この子を助けてくれて、ありがとう』
シビレエイのお母さんも、嬉しそうにお礼を言いました。
お別れする時に、みおはあきらのほっぺたにキスをしました。あきらの顔はあかね色になりました。
みおとお母さんに手を振りながら、あきらは自分のお家に帰っていきました。