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生きた花たち  作者: 雪の花
8/21

愛に咲くー8 アルターの心

そこには・・・今まで誰も存在()なかったように、ガランとした虚無な空間があるだけ・・・。

オルの机の上、はたまたは開け放たれた洋服タンスや床の上に積み上げられた何冊もの分厚い本、仕立ての良い洋服、洒落たランプ、趣味のものなど荷物は全てなくなり、ベッドも綺麗に整理されていた。アルターは急いで校長室へ向かった。と、廊下で担当教官に出会った。彼はアルターを呼び止めた。

「あ、アルター。今、君の所へ行く所だった。急な話だけどね、スコット君は退学したよ。詳しい事情が聞きたければ、ここへ手紙を書きなさい」

一枚のメモを手渡されたアルターは、今日一日で色んな事があり過ぎて、「あ・・・う・・・はい・・・」そんな生返事で教官と別れ、部屋に戻るとベッドにゴロリと転がった。すでに涙は乾き、もやもやした胸の中をただ見つめていた。

真冬の風が老朽化した窓ガラスをカタカタと震わせ、冷気が白く張り付いている。

「この時期の旅は大変だな」と、アルターは口にしていた。


それからはユリンとも友達とも先生とも距離を置き、「周りからは近寄りがたい」と言われるようになる。そうなると、自分を分かってもらおうなんて気力は失せ、更に自分の殻にとじ籠ってしまう。

オルが許せなかった。黙っていなくなったオルが・・・。何が言いたいと言うわけでもない、しかし何か彼と言葉のやり取りがしたかった。オルの口から彼の事情、本心何でもいい、何か自分に対する言葉を聞きたかった。オルからの連絡を待っていたアルターだったが、それがくることはなかった。なぜか全てが空しく、砂をかむような日々だった。

それから卒業を迎え、自分の故郷に帰ってきた。アルターは実家に身を寄せ、家業の酪農を手伝い、考える(いとま)などないほど夢中で働いた。毎日帰宅すれば体はクタクタで、眠ること食べること家族のことだけに集中できた。ほどなくして彼の働きぶりが村中で知らぬ者がいないほどになると、役所から手紙が届いた。

アルターが身なりを整え、役所に出向くと、牛乳配達という重要な役目をお願いしたい旨の申し出があった。もちろん、賃金も支払われるため、貯金も家から独立することも可能となる。またとない条件の申し出だったため、アルターは即決し、生活は良い方へ変化していった。

責任感を持って真面目に働くアルターは、酪農関係者の信頼を得、取引先のお気に入りとなり、友だちもたくさんできた。そんな中で色んな人と多種多様な話をし、人生経験を見聞きし、他人から信頼を寄せられるという経験をしたアルターの人生観は半年ほどで一変した。元来のおしゃべり好きで、人懐っこい性分が呼び戻され、それが功を奏したとも言える。しかしそんなアルターの心の中は、オルのことユリンのことがどこか奥底で引っ掛かっていた。

オルに手紙を書いたのは彼と別れて随分経ってから、そしてオルから手紙が来たのは最近のことだと、アルターはヴィクトリアに話した。


「その手紙の内容が重要なのね」

アルターの話をじっと聞いていたヴィクトリアが、彼の肩に優しく手を置いた。

「そうなんだ、結果から言うと・・・ユリンは亡くなった・・・」

「それは・・・」

「俺のせいなんだ、俺があの時、オルの初恋のこと言わなきゃよかったんだ。余計なことを口走らなきゃ・・・こんなことにはならなかったんだ」

「でも、オル君は退学したんでしょ?」

「それが・・・ユリンはオルを追っていったみたいなんだ。オルの故郷まで訪ねて行って、オルと話したらしい。ごめん、続きはまたにしょう。夜半だから、もう一晩泊まっていきな、長話をした俺のせいだしさ」

確かにヴィクトリアは精神的にも身体的にもそうとう疲れていた。

「そんな時間なの?お話に引き込まれて、時間の感覚がなくなっていたわ。アルター大丈夫?」

「俺は・・・そうだな・・・久しぶりにあの時のことを思い出したから・・・」

「私から一言だけ言わせてね。その後ね、オルとユリンの間に何が起きてどうなろうとも、アルターは悪くないし、負い目を感じることはないと思う。じゃあ、お言葉にあまえるわ、おやすみなさい」

「おやすみ・・・」

ヴィクトリアは、ああ言ってくれたけど、本当にそうなんだろうか?俺があの時、何も言わなければ、現在(いま)は違っていたんじゃないだろうか・・・。ヴィクトリアはオルからの悲痛な手紙を読んでいない。あの手紙を読んでも、果たしてそう言えるのだろうか・・・。当時のことがフラッシュバックされて、なかなか寝付けないアルターだった。



翌朝、アルターは起きてこないヴィクトリアを心配して、彼女の様子を見に行くと、ヴィクトリアはベッドの上でうなされていた。額に手を当てると、熱がある。

村の医者を呼びに行き、薬草をもらって飲ませると、ヴィクトリアの様子は少し落ち着いた。だが、妊娠している彼女は余談を許さない状況は変わらなった。

回復したと言えるまで、三週間ほどかかった。アルターは親身に介抱し、ヴィクトリアに何とも言えない親近感を覚えるまでになっていた。

小さな村だから、アルターの家に女性がいることは村中が知ることとなった。アルターが嫁をもらうのではないかと、アルターの家族に言いにくるものが多くいた。そうなるとアルターの両親も、それを無視することは出来なくなり、息子を呼び出し事情を聞くことになる。


両親の寝室に呼ばれたアルターは、包み隠さず言おうと思っていた。

「女性が住んでいると言うのは本当なのね?」

「はい、母上。でも彼女は身重で病気だったんです」

「それはあなたの子どもなの?」

「違います、ですが・・・看病する間に俺の彼女に対する気持ちは変わっていきました。頼れる者がいない彼女を俺が支えていこうと、今は思っています」

「それは同情ではない?」

「彼女は真っすぐで美し人(うましひと)なんです。俺が今まで出会った女性の中で、一番美しいと言えます」

「そうなのね・・・あなたの気持ちは分かったわ。彼女の気持ちは確かめてみたの?」

「まだです。母上は反対ですか?」

「反対ではないわ、(うち)は男の兄弟ばかり四人。長男を筆頭に末っ子のお前まで、誰も結婚していない。私とお父さんは、これからどうやってこの家を守っていこうかと思っていた所よ。村の仲人さんにお願いしても、なしのつぶて。お前に嫁がきて、それに加えて子どもまで生まれるなら、こんなに嬉しいことはない。ね、お父さん?」

それまで黙って二人のやりとりをきいていた父親が微笑んだ。

「これも運命じゃて、おまえとその娘さんが良ければ喜んで迎え入れよう。さてさて、式の準備でもはじめようかね?な、かあさん!」

アルターは両親の気持ちを聞いて、正直ほっとした。協力者を得たことは、アルターにとってとても心強いものだった。前とは違う、心から俺を応援援護してくれる存在はアルターの決心を後押しした。


『運命、うんめいかあ。今度こそは、つかみ取りたい。俺にとって、最高の!最後のチャンスかもしれない』

そう心の中で幾度も呟きながら、家路についた。








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