愛に咲くー7 アルターの初恋
初夏の頃、マントン寄宿学校の遠足があった。
お昼の時間にアルターはオルと二人で近くの城壁に上り、自分にも恋の相手がいることを告白した。そうして、城壁の下で遊ぶ学生を見わたし、ひとりの少女を指差した。彼女は尊い家系の子らしくてね、気がとても強い、だけどあの可愛らしい顔を見たら、そんなのどうでもよくなるよねと説明した。オルは今までになく破顔大笑し、アルターも笑った。
真面目なオルは、ここにきて彼女ユリンを友だちの想い人と認識し、気にかけるようになる。ユリンが困っていたら、それとなく助けにはいったり、アルターを誘って一緒に図書館へ行くことも度々だった。
そうなってくると、ユリンの気持ちも周りの友だちの反応も微妙に違ってくる。ユリンの友だちは、『オルはユリンを好きなのよ』と騒ぎ始め、そう言われてみると当のユリンも背が高くハンサムなオルに心が傾いてゆく。オルが期待した方向とは全く逆の方へと、事態は進んでいった。それはさもありなん!目立つ存在のオルだが物静かで付け入るスキなど、これまで見当たらなかった。そんなオルに付け入るスキができた訳だ、あっという間に、学校中の噂の的になるのは至極当然な流れだったといえよう。慌てたのはアルターだった。
とうとう寮の部屋で、オルに詰寄るアルターがいた。
「いったいどういうことだよ?俺の気持ち知ってて、やってんの?」
オルの胸ぐらを掴み、顔は蒸気して頭から湯気が上っているようにみえる。
「違う、アルター、聞いてくれよ。僕はただ、君の大切な人だから優しくしただけなのに・・・周りがこんなに盛り上がってくるなんて、思いもしなかったよ。きちんと話をするよ、みんなに」
「今更さ、どういう風に話すんだよ?」
「だから、僕の気持ちはユリンにはない。僕には想い人がいるんだって!」
「ここまで広まってて、お前がそれを言ったら、ユリンが傷つくんじゃないか?」
「じゃあ、どうしろっていうんだよ!」
「とにかくユリンが苦しまないようにしてくれ・・・そうしてくれたらいいよ。ユリンの泣く姿は見たくないんだよ。わかるだろう?」
「わかった、考えてみる」
そう答えたオルを残して、アルターは荒々しく部屋を出て行った。その日、部屋には帰ってこなかった。ひとり・・・オルはずっと考えていた。そうだ、これしかない、ユリンとの接点を減らしていこう、すこしずつ分からないように離れていこうと思った。
数日すると、アルターが部屋に帰って眠るようになった。だが、彼ら二人に会話はない。気まずい沈黙が流れていた。その間、アルターはユリンに近づき、オルは避ける日々が過ぎていった。
ユリンは、ひとりで青い空と白い雲を見ていた。
こんなことは初めてだ。生まれた時から、王族の血を引き、両親や親類みなから祝福された。周りから可愛く美しいとチヤホヤされ、甘やかされて育った。欲しいもので手に入らないものはなく、自分に意見する者もいなかった。寄宿学校に入学してからも、先生方・友だち・先輩・後輩と誰もが私を丁重に扱った。でもよ・・・ここにきて・・・分からない存在が現れた。
「なんでだろ?オルは私を避けていると思う。私、何か気に障ることした?」
避けられれば、非常に気になる。追われれば、どうにかして避けたくなる。人の心の動きというものは、本当に複雑で抗い難いもの。自分の行動によって相手がどう思いどう反応するかなんて、その時に的確に推測できるようなものではない。その立場になって分かることの方が多い。
「というか、最近のアルターは・・・ちょっとしつこくない?あああーー、これがオルだったら、大歓迎なのに・・・。はっきり言ってすっきりしょうかなあ、ぐじぐじするなんて私の性に合わないわ!」
ユリンが呼び出したのは、アルターだった。人気のない学校裏のブナ林は、とても静かだ。
「はっきり言うわね、アルター。私はオルが好きで、あなたのことは何とも思っていないの。だから、つきまとわないでもらえる?」
「・・・・・・」
現実をつきつけられたアルターは、言葉がでなかった。うすうすは分かっていたこととはいえ、こうもはっきりと面と向かって言われると、胸がズキズキと痛んだ。
「じゃあ、それだけよ。私は行くわね!」
立ち去ろうとするユリンの手を思わず掴んだアルター。驚いたユリンは、パッと振り払った。
「やめて!私に触らないで!」
ここまでされると、アルターにも沸々と胸から込み上げるものがある。これを出してしまわないと、俺の心は張り裂けてしまう。
「オルには・・・好きな人がいるんだ。それでもオルのもとへ行くというのか?」
「・・・・・・・。あなたには関係ないでしょ!私はオルを振り向かせてみせる。絶対に手に入れてみせるわ!」
「あいつがこの学校に来た理由が、その初恋の相手が原因だとしても?」
「え?どんなことがあったの?」
「詳しくは知らないんだ、だけど、絶対にそうだと思ってる。俺には確信があるんだ」
「分かった、私、直接聞く。例えどんなことであろうとも、越えて、オルと結婚する!」
アルターは、ユリンの発した言葉が信じられなかった。どれだけの情熱をもって、オルに向かっていくのだろうと。足早に去ってゆくユリンの後ろ姿を目で追いながら、アルターは膝をつき、そして肩を落とし、突っ伏した。渇いた土の上に、涙が零れて止まらなかった。
しばらくして、やっと立ち上がる気力が出たアルターは、寮への道をとぼとぼと歩いた。寮の玄関を入り、部屋の扉を開ける時は・・・手が震えた。ギイッと音がして、部屋の中が見えた。
「これは、いったいどういうこと?」
アルターの声が部屋中に響き渡った。