愛に咲くー6 アルターの語り
アルターがマントン寄宿学校の二回生の時に、季節外れの入学生がやってきた。寮の部屋は二人一部屋でもうすでに満杯、唯一アルターの部屋だけがかろうじて空いていた。それは先日、家の都合で退学した学生がいたから。
校長室に呼ばれたアルターの前で自己紹介を始めた一回生は、自分を愛称『オル』と呼んでくれと言ってきかなかった。半ば呆れたアルターは、そんなオルの面倒をみようと決めた。
そいつはやけに表情が暗いし、頑固だし、なんかあるなと・・・アルターは優しく受け入れてやろうと気を配った。その心が届いたのか、オルは少しずつ自分のことを話してくれるようになったことは、アルターにとって予想外のことだった。時間をかけて話をするたびに、オルの心の中の澱は発散されていくようで、少しずつだが明るさを取り戻していった。
オルには憧れてやまない初恋の相手がいた。
出会いは6歳になったばかりの誕生日だ。その日、オルが年の離れた兄からプレゼントされたものは、木馬だった。と言っても木の棒に、彫刻された馬の頭がついただけのものだが、オルにとってはそれに跨って遊ぶだけで、少し大人の男になった気がした。村の友だちに、ついつい自慢したくなるのも致し方ない。それを快く思わなかった一人が、オルから木馬を取り上げ、橋の上から川へ、その木馬を投げ入れてしまった。ちょうど橋の上を通りかかった二人の少女の内の華奢な子が走り出し、ドレスを捲り上げ川の中へ入って行った。木馬を拾い上げると川からあがり、オルの前に来て、びしょ濡れになりながらも笑って差し出した。その時、オルの目には水滴が真珠に、少女の顔が光り輝く女神に見え、オルの心臓はときめいた!僕の大切な心の音、この恋の音は誰にも秘密だ。
その後はクリスマスミサで美しく着飾った彼女を見て、収穫祭のダンスパーティーでは自由気ままに踊る陽気な彼女を見ていた。早く大人になりたい、誰の目も気にせずに堂々と一緒に過ごしたい。オルの気持ちと欲はどんどん膨らんでいった。しかし話しかけることもできず、名前も知らない彼女の周りを意味もなく行ったり来たり、友だちとふざけている振りをして、わざとぶつかったこともある。だが、それが彼女の目に個体として意識されていたかは怪しい。悲しいかな・・・たぶん子どもたちの悪戯としかみえていなかったであろう。
そんなささやかな幸せも、突如起こった戦争によって、一気に失われる。各々が食べていくことだけで精一杯、遠くから恋しい相手が見えれば幸運、相手の無事を祈ることが日常の日々。だれにとっても長い10年間だった。戦争が終息し、村全体が落ち着いてきた頃、オルは両親に心の内を話し、結婚を申し込もうと思っていた。だが、人生というものはなかなかに思い通りにはいかないものである。オルは詳しい事情は話さなかったが、決意をもって、このマントン寄宿学校に来たらしい。
「で、その恋はどうなったの?」
食べ終わり、血色のよくなったヴィクトリアが尋ねた。
「うーん、それがね・・・悲惨なことになってね・・・」
「え?」
「いや、その初恋の子は関係ないんだよ。悪いのは俺なんだよ」
アルターの話は続いた。